第13話 はじめての解散!
「スマイリーMの”M”が何かって、結局解散まで謎のままだったね」
アカリがぽつりと洩らした。思い思いにくつろいでいたナナ、アイコ、キリエの3人は、振り返ってアカリの方をみる。
「あたしはMagic(魔法)と思ってたなー!」
ナナはベッドで起き上がった。あのあと結局打ち合わせが長引いた彼女たちは、都内のビジネスホテルに宿泊していた。なるたけ経費節約のため都合4人で一部屋である。
「”笑顔の魔法”って素敵な言葉ね」
そういって微笑むキリエはテレビモニターを見ながら少し落ち込んでいるようにも見える、微妙な変化を湛えていた。
「待ってよナナ、スマイリーMaiden(乙女たち)じゃないの」
アイコは主張した。アイコはナナとは対岸のベッド、アカリのすぐ隣りに座っている。2人部屋でベッドはシングルサイズ2つしかない。
「メイデンって拷問器具ってコト?」
すぐ傍にいたアカリが疑問を呈した。
「いやそれアイアンメイデン! ……キリエはどう思う?」
「え……Mは、Mかなと」
アイコに振られて、キリエは口籠りながら答える。
「いやいや……」
「えっち……」
「あたし”は”Mっ気ないじゃん……」
ほうぼうから否定され、キリエは弁解した。
「ちがいます!! その、Mからはじまる言葉が思いつかないの……」
「”ま”から始まるカタカナ言葉はだいたい
今度はアイコが助け舟を出す。
「そ、そうなの。……ならマクドナルドも?」
「ちょっと商号はまずいけど!」
アイコはあわてて止める。
「はいはーい、あたしはMind(マインド-精神)説を提唱するよ!」
「あ、それもあり!」
とナナ。
「色々あるね」
とアイコ。
「………でも、失くなってしまうんですね。スマイリーMというグループ名は、少なくとも」
キリエが哀しそうに切り出した。残りのメンバーも、そのあとしばし顔を見合わせる。深い溜息。ナナがその陰気を吹き飛ばすかのように言った。
「でも新しいユニット組めるって傘山さんいってた。それに今度はマヤちゃんも入ってくれるって!」
「「…‥‥‥…」」
「……決まったわけじゃない。本人が受けてくれなきゃ」
アイコが現実を指摘し、そこでまたメンバーたちは顔を見合わせた。
隻眼のマネージャー傘山が持ってきた話はこうだった。
具体的には、学業と両立させながら数ヶ月のレッスンを続け、4人と一緒にステージデビューさせるという計画である。ただしそのためにはマヤが会社(エシックプロダクション)の課した独自の編入試験をクリアしなければならない。
マヤが試験に合格すれば新成5人組グループとして元スマイリーMは復活するが、落ちればスマイリーMごと空中分解する。ナナたちはいつにもなく絶体絶命の状況だった。
「レッスン、受けてくれるかなー」
とナナ。
「あの子の性格なら、1回は断られるね。カラオケでみたとき歌は巧かったから問題ないけど、ダンスは……」
アイコが濁した。マヤの体力の無さについてはことさら俎上にのせるまでもない、口にするのも憚られる程である。
「マヤちゃんとアイコってどっちが歌うまいの?」
ナナは訊いた。
「それは……あたし。でもトレーニングを受けたら、わからない」
「えっ!? アイコに勝てるかもしれないなんてマヤちゃんすご!!!」
「いやナナ、あたしはそんな……」
「だって世界一歌うまいでしょアイコは!」
「や、やめてよ……。マヤちゃんは声質が恵まれてて、あたしは多少レッスンしただけで……」
ナナに誉められてもじもじと赤面するアイコ。アカリがそこに割り込んだ。
「でも待って。マヤちゃんってたしか声も放送に乗らなかったはず……? 声出しNGだから変声してたよね。どうして顔も声も非公開なのにあんな人気が出たんだろ?」
アイコとナナは答えを期してお互いを見つめ合う。
「それはきっと私たちに華がなさすぎるから……でしょう」
キリエが陰鬱なトーンでそう零した。
「コラー! ネガティブ禁止!」
ナナが枕を投げる。それはキリエに直撃した。
「とにかくマヤちゃんはすごい逸材ってことだね、5人でデビューできればきっと
アイコはベッドの上で勢いよく立ち上がった。まだ見ぬステージ上で、武道館に立つ日を夢見て。
米
マヤです。ひきこもりあけ生活の3日目。本日は晴天。富士は晴れたり日本晴れな一日でした。楽しかったです。合唱コンクールの練習と体育の日さえなければ学校へ行くのなんてへいちゃら、とっても楽勝です。
ほんとうに憂鬱なのはいま言った2つだけです。学校は勉学が本分なのに、ひきこもりになった原因はもしかするとこれだったかもしれません。というのも、うちの学校には行事が多すぎます。どこも同じかもしれませんけど。
とにかくわたしは合唱の
さて寄り道もせず家に帰ると、門のところで待ちぼうけていた白髪交じりの男性から名刺を差し出されました。それは今まで見たことのない、存在しないとすら思い込んでいた”スマイリーM マネージャー”の肩書きが印刷された名刺でした。
「あの………」
男性は眼帯をつけていて、添えた左手は義指でした。そしてあからさまに右の足は義足でした。関節部分は機械っぽい機構です。無表情なその顔からはそれでいっかな感情も読み取れません。このシチュエーションはたいへん対応に迷います。
「こういう者です」
どういう者なんですか!? と本心では戸惑いましたとも。名刺を差し出しながら投げかけられる口上としては通常ですが。
「…………」
「…………」
「……ベトナムですか?」
「えっ」
「すすす済みませんっ! とりあえず中へおあがりください! あっ、わざわざ帰るまで待ってくださってどうもありがとうございますっ!」
わたしは急いでおうちへ誘導します。バッグから自宅のカギを取り出して、しかるべき位置まで挿し込んで捩りました。
「……バグダッド」
「え?」
玄関のドアを開けるため後ろを向いていたとき、ふとそんな言葉が風に乗ったような気がしました。
米
「傘山さん。きょうははるばるご足労いただいて、エシックプロダクションのアイドルレッスンプランのお話までしていただいて、大変ありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでで」
「通常なら何十万円もかかるところを、無料でレッスンを受けられるなんてとても豪華ですね」
「気に入って貰えましたか」
「でもお断りします。エクセルシオール計画?…でしたっけ。セカンドシーズンにはつきあえません。学校でカメラを回すのもやめてもらうようお願いしているところなんです。デビューなんてもっての他ですよ」
精確にはデビューできると決まったわけではありません。数ヶ月の継続レッスンを経て、試験に通ったらですが、通ったらそれこそ最悪です。デビューしてしまいます。だからこのお話は突き返すことにしました。 えいっ(話を放り投げる音)
「だがこちらとしても手ぶらで帰るわけには……」
傘山さんは腰を据えてひたすら粘ります。いままでのパターンからいって、わたし抜きにもうあらかた話は決定していて、このまま強引に押し通されてしまいかねません。ところがどっこい、です。今までわたしはひきこもりだったという負い目がありました。今のわたしはちゃんと学校に行っています。断れるのです。『乙女よアイドルになれ』なんて
「お断りします。実力も伴っていませんし、忙しいんです」
「だ、だが……マヤくん頼む!!」
「できませ……」
「頼む!!!!!!!!!!!!」
バン。
万万了承する気もなしに、傘山さんは額を床につけて必死に懇願しました。考えようによっては、スマイリーM思いなマネージャーさんかもしれません。
「頼むぅぅぅ!!!!!!!!」
「うるさいですね……」
なんだか、ものすごく嫌な予感がしました。いかにせよ、この先大きな流れに抗えないパターンになってしまうかも。という予感です。
「この件にはスマイリーMの解散がかかってるんだ! 頼む!」
と傘山さん。これもしわたしが断ったら、スマイリーMの皆さん絶対説得に押しかけてきますよね。わかりきっていますよ。
「一緒にアイドルになろう!」なんて気軽に人を誘える属性、ひとの履歴書を勝手に事務所に送りつけるような民族、それが
マネージャーの傘山さんはさらに続けます。
「番組でも君の人気が一番だった。顔も声も出していないのに、あんなにも人気を集めた。君にはアイドルの才能があると言える。全国の視聴者ががんばりを見守って一体となってあれほど応援したんだ。どうか応えてくれないか」
「学校行ったじゃないですか」
「学校なんて誰でも行く! アイドルを目指すんだ!」
はい、そうでした。学校なんて誰でも行きますよね。餓鬼の断食(注:餓鬼が断食をするように、やって当たり前のことをことさら言い立てること、諺)ここにあり。どうも調子に乗ってごめんなさい。
「でも今日はほんとうに帰ってください。わたしの意向はおいて、両親もきっと反対するでしょうから」
この言葉が決定的となり、傘山さんはひとまずは引き揚げてゆきました。次回は両親同席の場で話し合うことになるかもしれませんが。
もっとも、アイドル候補生なんて絶対に許さないでしょう、普通の保護者なら。私は残った湯呑茶碗を台所にもってゆきながら、アイドルがどれだけ遠くて近い存在かについて思い馳せました。「自分がアイドルになった」と想像してみることだけならちょっと楽しいですが、本当になるなんてとんでも有りません。
( はじめてのレッスン! に続く)
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