第33話 重み
「もしもし、森本さんですか」
瀬能さんの家に向かって走りながら、俺は森本さんに電話をする。
「ああ。辻星くんか」
瀬能さんを救うためには、森本さんだって必要だ。
父親として、森本さんが瀬能さんに愛を注ぐ瞬間をずっと見てきたから。
だからこそ俺は、森本さんと一緒に救いたいと思った。
「あの、俺はいま、あなたの大切な娘のもとに向かってます」
「え?」
「俺は、瀬能さんのことが好きです。だから救いたいです。森本さんにも来てほしいんです」
なんか余計なことまで伝えた気がしなくもないが、決意をストレートに伝えると、スマホの向こうから湿っぽい息が聞こえてきた。
「私はいいんだ。もう」
「どうしてですか?」
「娘が選んだんだ」
諦めたように笑う森本さんが目に浮かぶ。
「それを私は、尊重するよ」
それは違う。
森本さんがやっているのは、尊重なんかじゃなくて。
「あんたは逃げてるだけだ!」
俺は叫んだ。
素直に、心のままに森本さんに抱いてきた思いを伝える。
「俺もずっと逃げてきたからわかるんです! でも俺は、あなたに出会えて嬉しかった!」
「辻星くん? いきなりなにを」
「俺は男なんて、父親なんて、大嫌いだった。最低なやつだってずっと思ってきた」
あの日の父親の姿が脳裏に浮かぶ。
俺を邪魔者のように扱い、明確に拒絶した、最低の父親。
鍵がガチャリと閉まる音は、呪いだった。
「でも、俺はあなたみたいな父親になりたいって、そう思ったんです。あなたに瀬能さんの父親になってほしいって思ったんです。娘との約束を二度も破るのは、親のすることじゃないんですよね?」
「それは……」
「だから、俺は待ってます。あなたが来るのを」
俺は、電話を切って、さらにスピードを上げる。
俺の体に巻きついたいくつものしがらみを、過去を、言葉を、置き去りにして。
いろんなものを信じて、いろんなものに支えられて、いろんな人と関わって生きていく中で生まれた暖かな感情をエネルギーにして。
夜道を切り裂いていく。
瀬能さんの家までもうすぐ。
右に曲がると、そこには昨日と同じように森本さんの黒い車が止まっていた。
「辻星くん」
車から飛び出してきた森本さんはジャージ姿だった。
それでも、そこには俺のあこがれた、なりたいと思った男の姿があった。
「森本さん。来てっ、くれたんですねっ。あり、がとうございますっ!」
膝に手をついて息を整える。
待っているといったのに、森本さんの方が早く着いているなんて。
もしかして瀬能さんちの近くをうろうろしていたのだろうか。
もういいんだとか尊重するとか言ってたくせに、とんだうそつきストーカーだな。
「いいや。こちらこそありがとう。君のおかげで私は、最後まで、本当に、父親として生きる覚悟ができたよ」
肩で息をしながら、森本さんの言葉を聞く。
しっとりと胸に染み入るような、丁寧で柔らかな声だった。
「私はダメな大人だった。大人になればなんでもできるような気がしたけど、結局この歳まで何者にもなれなかった。今回だって、君が動いてくれたから、勇気を分け与えてくれたから、私はここに来られた」
ちらりと顔を上げる。
森本さんは穏やかに笑っていた。
「でも、だからこそ、私を信頼してくれる誰かが抱いた憧れには、全力で応えたいと思った」
森本さんが、俺に手を伸ばす。
「それが大人なのかもしれないって、ようやく思えたんだ」
「森本さん」
「行こう。彰くん。響子を救いに」
「はい」
森本さんの手をガシッと握る。
「って、なんだか私が最後のお株だけ奪う形になっちゃったね」
「そんなことないですよ。あなたは俺の憧れですから」
「くすぐったくて、重みのある言葉だね」
森本さんは頬を赤くしながら、恥ずかしそうに笑った。
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