078:取引

 黒衣の料理を食べ終えた俺たちは、ソファーに座りながら食後のコーヒーを飲んでいる。

 ハムハムさんとショウさんに関しては、お腹をパンパンに膨らませて大の字になって床に寝そべっていた。



「ぶふぅ〜。黒衣の料理は最高だな……」


「えぇ、本当に素晴らしかったです」


「これはもう我がクランに入ってもらうしかないな」


「そうですね。こんな素晴らしい人材を手に入れないなんて、我々にとって損失でしかありません」



 黒衣が現在所属してるクランのリーダーの目の前で、なんてことを言い出すんだ、この人たちは?



「流石に黒衣を移籍させるなんてできませんよ」


「いや、黒衣だって我々のプレゼンを聞いたら心が傾くはずだよ」


「私は詩庵様から離れることはないので、『悪食』への移籍はあり得ません」



 洗い物をしていた黒衣がキッチンから顔を出したと思ったら、その一言だけを残してまた奥へ戻っていく。



「ま、まぁ、流石に黒衣を引き抜くなんて冗談だがな」


「本当ですか?」


「も、もちろんじゃないか! そもそも黒衣の実力は私よりも上だしな。黒衣がうちに来たらリーダーが変わっちゃうよ」とハムハムさんはワタワタと手を振り回しながら誤魔化した。



 ショウさんはそんなハムハムさんを横目で見て肩を竦めながら、「それにしても貴方たちのクランは凄いですね。4人しかいないのに、そのうちの3人がSランクに認定されてるんですから」と若干引き気味にそう言った。



 ショウさんが言うように、嚥獄ダイブ以前は個人でSランクハンターだったのは俺だけだったのだが、先のダイブを受けて、黒衣と瀬那もSランクハンターに認定されたのだ。

 以前から活躍しているSランクパーティの『天上天下』ですら、Sランクハンターは龍二さんだけで、他のメンバーはAランクだったと記憶している。



「嚥獄ではお前たちの実力を見誤って、無理するなとか偉そうなことを言ってごめんな」とハムハムさんとショウさんは頭を下げた。まさかそんなことで謝罪されるとは思っていなかった俺たちは逆に慌ててしまい「気にしないでください。先輩として当然の助言だったと思うので」となんとか2人の頭を上げてもらう。


「だけど、お前たちが羨ましいよ。私たちは今のところ22階層目まで行くのが限界だからな」


「そのことなんですが、黒衣が戻ってきたらお話ししたいことがあるんです」


「ん? そういえば食事以外にも相談したいことがあるって言ってたよな。内容は分からないけど、お前たちの提案は楽しそうだからな。期待して待ってることにしよう」



 その後は23階層目以降の説明をしたり、今後俺たちがどういう活動をしていくのか色々と話して楽しい時間を過ごした。そんな他愛のない雑談を始めてから10分そどすると、黒衣がリビングに戻ってくる。

 あの量を洗い終えるのは、どう考えてももう少し時間が掛かりそうだが意外と早く戻ってきたな。そんな俺の考えを見透かしたように黒衣から、『ミカがやってきて、洗い物は後ほど彼女たちがやってくれることになりました』とコネクトで伝えてきた。


 ミカたちは人型になったことで、細かい作業もできるようになってきたので、屋敷や庭園の手入れだけではなく洗い物などの家事もやってくれるようになっていたのだ。彼女たちがいなかったら、この敷地を管理するだけで黒衣は手一杯になり、本来の仕事をすることができなくなっていたかも知れない。それを考えると本当に彼女たちがいてくれて助かったと思ってしまう。



「おっ、黒衣が帰ってきたな! じゃあ、相談っていうのを聞かせてもらおうかな?」と、先ほどまでの人懐っこい表情ではなく、どこか強かな雰囲気を漂わせて俺たちを見つめてくる。これがSランククラン『悪食』のリーダーとしての顔なのか……。単純な強さとは違う迫力をハムハムさんから感じた。



「ここからは私が説明させて頂きます」とハムハムさんに向かって凛音が言う。


「率直にお伝えします。私たち『清澄の波紋』はSランクハンター『悪食』と取引をしたいと考えています」



 凛音は周りくどいことをせずに、ハムハムさんに直球で目的を伝える。

 人のことを分析することに長けている凛音のことだ。ハムハムさんを相手にするにあたって、回りくどく言うよりも直球勝負が最善だと判断したのだろう。



「取引?」


「はい。先ほどハムハムさんも言ってましたが、『悪食』は嚥獄の22階層目までしか進むことができていません。『青龍』に関しても26階層目が限界です。――ですが、我々は31階層目まで進むことができます。もちろん、それ以上の階層にも進むつもりでいます」



 ハムハムさんは凛音の話に口を挟まずに静かに聞いていた。

 しかし、その目は凛音を真正面から見据えて、表面上の言葉だけではない心の奥底を見ようとしているようだった。

 その隣に座っているショウさんも、目を瞑って静かに話を聞いていた。



「まずこちらを見てください」と凛音がそう言うと、俺に目線を送ってきた。俺は小さく頷くと、ロックアップから一体の魔獣を取り出した。その魔獣は、オオトカゲのようだが、そのサイズは数倍以上もの開きがあった。



「な、なんだ、その魔獣は!?」


「私も見たことがありませんね……」



 目の前に置かれた魔獣を見て、『悪食』の2人は驚きで目を見開いている。



「これは嚥獄31階層目に現れる魔獣です。前回の嚥獄ダイブで配信を切ったあとに、しぃくんたちにちょっとだけ魔獣を狩ってもらったんですよ」


「な、なるほど。私たちが見たことないはずだ。嚥獄の31階層目の魔獣なんてお前たち以外に見たことがあるやついないんだから」


「はい。それで取引の内容ですが、私たちが倒した魔獣を『悪食』に買い取ってもらいたいんです」と凛音は告げる。



 俺たちはハムハムさんたちが、青龍たちがハンター協会に卸した魔獣を高額で買い取っていることを知っている。

 彼女たちにとってのプライドは、自分たちが狩った魔獣だけを食すとかではなく、自分たちが知る限りの全ての食材を食すことなのだ。だから、誰が狩ったというのはそこまで重要ではない。



「それはありがたい話だが、ハンター協会の何倍出せば私たちに買い取らせてくれるんだ?」


「それに関してはハンター協会と同じ卸値で大丈夫です」とハムハムさんの問いに答えた凛音の言葉に反応したショウさんは「それでは貴方たちのメリットはなんですか?」と当然の質問をしてくる。


「私たちが求めるのは、『悪食』とのパートナーシップです。私たちは少人数ですし、仲間も少ないのが現状です。なので、私たちは味方が欲しい。ひょっとしたら理不尽なことが我々に起きるかも知れません。そんな時に力になって欲しいのです」



 俺たちは純粋な戦う力を欲しているのではない。Sランククランの『悪食』とパートナーシップを結んでいるという事実が欲しいのだ。

 特にやってもらいたいことも現時点ではないが、俺たちには他のSランククランが仲間にいるぞってだけでも、俺たちに敵対しそうなヤツらへの抑止力になると考えている。



「それだけでいいのか? 私たちにメリットが多すぎると思うのだが……」


「はい。それだけで大丈夫です。俺たちは『悪食』とこれからも仲良くしたいんです」と俺は『清澄の波紋』のリーダーとしてハムハムさんに伝える。



 それを聞いたハムハムさんは少し悩んでいると「うん、分かった。私たちにとってはありがたい提案だしな。ショウはどう思う?」と隣で黙っていたショウさんに意見を聞く。



「私も問題ないと思います。『清澄の波紋』は我々との繋がりを得て、周りへの抑止力としたいのだと思いますが、こちらの方が圧倒的にメリットが大きいですからね」



 ショウさんには俺たちの思惑なんてお見通しだったようだ。

 そして、ショウさんがいうように、俺たちから魔獣を買い取ったとしても、彼女たちはその魔獣を料理店に卸したり、自分たちが経営する飲食店に提供することができる。

 そのため俺たちから魔獣を高額で購入したとしても、それ以上の売り上げを出すことが可能になるのだ。



「そうだな。だけどこの条件では流石に私たちにメリットが大きすぎる」とハムハムさんは何かを考え始めると「うーん。じゃあ、『天上天下』でも紹介しようか?」と言ってきた。



 ハムハムさんと『天上天下』のリーダー龍二さんは、とても仲良しだと有名だった。

 というか、龍二さんがハムハムさんのことが大好きで、昔から猛アタックしているらしい。

 どうやら付き合ってはいないようなのだが、関係性は良好だということを掲示板で見たことがある。

 まぁ、どこまで本当なのか分からないけどね、掲示板情報だし……。

 しかし、『天上天下』も俺たちと仲良くしてもらえるなら、こちらとしても大歓迎だった。

 なので、俺たちはハムハムさんの提案を「お願いします」二つ返事で答えた。



「うん。じゃあ、これで話は終わりだな! なんか難しい話をしてたらお腹が空いてきたぞ。今度は私たちの料理でも食べてくれ!」とロックアップから、『悪食』の料理をテーブルに並び始めた。その光景に、俺たちは引きまくって、ショウさんはヤレヤレという表情を浮かべるのだった。

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