070:変化の兆し

「そろそろ地上に出れそうだな」


「嚥獄のダイブも結構楽しかったわね」


「はい。今まで私たちだけでこんなにも長くダンジョンに潜ったことはありませんでしたしね」


「あぁ、そうだな。目標は達成できたし凛音のこともダンジョンに連れて行くことができたしな。今回のダイブは大成功って言ってもいいだろ」


「だね。私と詩庵はレベルも上がったし!」



 今回もバジリスクを討伐したときに、俺はレベルが21に上がって瀬那は48になった。

 嚥獄にいたバジリスクも、虚無と同様に霊装を纏っていたので、得られる魂の量が多かったのだろう。

 バジリスクから得られる魂が、怪よりも上質だったことに関しては、帰りのキャンプでみんなで議論をした。


 まず、霊装を纏っているので、魔獣の魂が神魂、もしくは怪魂になっているのは間違いない。

 怪や霊獣は傷を負うと霊装が消費されてしまうが、肉体があるとダメージを負っても霊装を消費することがないので、最終的に得られる魂の量も上質になるのだろうという仮説を立てたのだ。

 それでも黒衣曰く、1等級の怪には及ばないだろうということだった。


 今後に関してだが、クランメンバー全員一致で、当面は嚥獄の下層を目指そうということになった。

 というのも、霊装を纏っている魔獣はバジリスクだけではないと予想しているからだ。

 恐らく30階層よりも下に行くと霊装を纏った魔獣がたくさん出てくるかもしれない。

 ひょっとしたら、ボス以外の魔獣も霊装を纏っている可能性もあるのだ。

 そうなると、低等級の怪を倒すよりも効率良くレベル上げをすることができる。

 俺たちには、魔獣や怪以外にも滅怪という組織に狙われている。

 彼らの組織力に負けないためにも、俺たちの力を上げる必要があるのだ。



「おっ、出口が見えてきたぞ」


「とりあえず、家のベッドで横になりたいわ。キャンプも悪くはないけど、自分のベッドがやっぱり一番よね」


「その気持ち分かるわ。やっぱり家って最高だよな」



 のほほんとそんな会話をしながら地上に出ると、突然「うおおおおおお!!!!」という歓声が湧き上がった。



「な、なんだ?」



 突然のことに俺たちが動揺していると、マイクを持った大勢の人たちが俺たちを一斉に囲んでくる。



「嚥獄の最高攻略地点の更新おめでとうございます! 神楽詩庵さん今のお気持ちを!」


「神楽瀬那さんと黒衣さんは姉妹で、詩庵さんとは従姉妹なんですよね?」


「神楽さんは以前までレベルが上がらなかったとお聞きしました! 突然強くなったのはレベルが上がったからなんでしょうか?」



 一斉に大勢に囲まれて質問されるなんて正直恐怖しかない。

 しかもそこらかしこからフラッシュが焚かれ、目がチカチカとしてしまう。

 この人たちが質問している内容からしても、嚥獄での攻略記録を塗り替えたことで集まってきたマスコミの方々だろう。

 なるほど、これが囲み取材ってやつなのか……。

 なんとなく状況は掴めたものの、10分前まで取材とは縁遠い生活をしていた俺たちが器用に対応できるわけもなく「あっ、はい」と返すので精一杯になっていた。


 マスコミの方々もにこやかな表情を浮かべてはいるが、一向にまともな返事をしない俺たちを畳み込むようにさらに激しく質問を繰り返してくる。

 すると、マスコミの奥の方から大きな声が聞こえてきた。



「お前ら嚥獄から戻ってきたやつに何してるんだよ!」



 マスコミを掻き分けて俺たちの方に来たのは、合同パーティでお世話になった『紅蓮』の炎夏さんと『猪突猛進』の猪新さんだった。



「炎夏さんと猪新さん!」


「おっす、久しぶりだな」



 炎夏さんと猪新さんは、マスコミをシッシッと追い払いながら、俺たちの顔を見るとニカっと笑い挨拶をしてくる。

 それにしてもなんというタイミングで来てくれるんだろうか。

 ひょっとしたらこの人たちはヒーローなのかもしれない。

 俺が女の子だったら惚れちゃうね、間違いなく!



「お前たちの配信はずっと見てたからな。こうなるって分かってたから助けに来たんだよ」


「つか、お前たち本当に凄いな! 嚥獄をあんなにサクサク攻略できるほど強かったなんてよ」


「ありがとうございます。本当に助かりました」



 とりあえず挨拶だけを終わらせて、早めにここから脱出しようと炎夏さんたちが道を作ってくれたので、俺たちはその後ろについて行かせてもらう。

 そして、なんとか人混みを越えると炎夏さんがマスコミの方に顔を向ける。



「こいつらの取材をしたいなら、正式にクランに取材依頼を出すんだな。あと、恐らくハンター協会から記者発表の連絡も行くと思うから、そこで質問をするようにしてくれ。嚥獄帰りなんだから、ちょっとは休ませてやってくれ」



 そういうと炎夏さんと猪新さんは俺たちの顔を見て「よっし、じゃあ帰るか」と颯爽と帰り道を進んでいく。


 うおおおぉぉ!

 カッケェ!


 これが頼れる男の背中ってやつなのか!

 この人たちと合同パーティ組めて本当によかった!

 黒衣と瀬那も感謝しているのか、2人に対して「ありがとうございます」と感謝の言葉を伝えている。



「俺たち車で来てるから乗ってけよ。8人乗りだからそんなに狭くないしよ」


「え? いいんですか?」


「あぁ、もちろんだ。その代わり、嚥獄の話をたくさん聞かせてくれよ!」


「はい。それくらいならもちろんです! 何から何までありがとうございます」


「いいんだよ。嚥獄は都内だしそんなに時間も掛からないからな」



 俺たちは炎夏さんの好意に甘えて、車に乗らせてもらうことにした。

 すると、ハンターギルドにハンター協会から招集のメッセージが届く。

 近日中にハンター協会まで来てもらいたいということだったのだが、まだ日中だし俺たちもそこまで疲れていないのでさっさと用件を済ませてしまおうと思い、家に帰る前に立ち寄ることに決めた。

 猪新さんが「体力モンスターかよ」と若干呆れ顔だったが、「まぁ、自分たちの物差しでお前たちは測れないよな」と自分で納得してしまったようだ。



「じゃあ、俺たちはここで別れるわ」



 ハンター協会で俺たちを降ろすと、2人はこれから合同練習があるとのことで颯爽と行ってしまった。

 2人には大きな借りが出来てしまったので、いつかしっかりと返そうと心に誓って、車に向かって一礼をしてからハンター協会へ向かう。


 ハンター協会に入ると、ハンター協会本部長の駒澤さんが補佐の明神さんと一緒に受付から出てくるのが見えた。

 2人の隣には、俺たちの専属受付になってくれた、秋瀬百合あきせゆりさんが丁寧なお辞儀をして出迎えてくれている。



「嚥獄から出てきたばかりなのに、わざわざ来てくれてありがとな。それと、最高攻略階層の更新本当におめでとう。そして、俺たちの悲願を果たしてくれてありがとうな」


「ありがとうございます。覇道のリーダーだった駒澤さんにそう言ってもらえるのが一番嬉しいです」



 そう言うと駒澤さんは「生意気言いやがって」と言いながら、頭をワシャワシャと撫でてくる。

 頭がグチャグチャになってしまうが、中1の頃に亡くなってしまった父さんのことを思い出してちょっと懐かしい気持ちになった。



「では、清澄の波紋の皆様。瑞然ずいぜん会長がお待ちです」



 え?

 ハンター協会の会長が突然の来訪にも関わらず時間を取ったのか?

 俺が驚いていると駒澤さんが「お前たちはそれだけのことをしたってことだよ」と言葉を掛けてきた。

 瑞然会長にはSランクに昇格したときも会ったけど、貫禄があって偉い人オーラが半端なかったのを覚えている。

 そんな人と今から話すとか、はっきり言って嚥獄にダイブするよりも地獄のように感じる。

 それは黒衣と瀬那も同様のようで、あまり気乗りしない表情を浮かべていた。




 ―



「あぁ、疲れた。嚥獄のダイブよりガチで疲れた」


「本当よね。お偉いさんとの会話って本当に疲れるわ……」


「私もあのような席はちょっと苦手です……」



 家に着いた俺たちがグダグダとしていると、凛音が「みんなお疲れ様」と言いながら料理が乗ったお皿をテーブルに並べている。

 嚥獄から戻ってきたので、今日はせっかくだからパーティーをしようということになっているのだ。

 本当は黒衣の手料理を食べたいところだが、流石に面倒を掛けすぎなのでデパ地下でお惣菜を大量に購入してきたので、見た目は結構華やかな感じになりそうだった。



「それにしてもハンター協会の会長様が直々に呼ぶとはビックリだよね」


「事前アポがないのに、会ってくれたってことは色々と融通してくれたんだろうな」


「ありがたいけど、嬉しいことではないけどね」



 瀬那は生ハムのサラダを食べながら、ゲンナリとした表情を浮かべて愚痴をこぼす。

 それを見た凛音は「その場にいなくて本当に良かった」と苦笑混じりの表情を浮かべている。



「ところでどんな用事だったの?」と話の内容が気になった凛音は言葉を続けたので、俺はあの時のことを思い出しながら口を開く。




 ―




「まずは嚥獄の最高攻略階層の突破おめでとう」



 お偉いさんの打ち合わせとかで使われそうな、豪華な応接間で悠々とソファに座っている瑞然会長は、貫禄たっぷりに今回のダイブを労ってくれた。



「まさか駒澤がかつて率いていた『覇道』ですら成し遂げられなかった、バジリスクをいとも簡単に仕留めてしまうとはな」



 瑞然会長は駒澤さんに目線を移してから、俺たちの方を向いてガハハと豪快に笑っている。

 駒澤さんも「これで嚥獄踏破の夢も一歩近づきました!」と嬉しそうに声を出して笑っていた。

 偉そうなおっちゃんが2人して破顔している姿を見て、俺たちが若干引いてしまったのは仕方ないことだと思うんだ。



「これから『清澄の波紋』はハンターの中心的存在になることは間違いない。――で、だ。我が日国にダンジョンが出現してから30年経つが、そこで見つかる鉱石や魔獣を海外へ輸出することで日国の価値が上がったことは君たちも知っているだろう」



 そう。

 瑞然会長が言うように、ダンジョンが出現してからそこから採取できる鉱石は新しいエネルギーとして注目され、高値で国家間売買をされているというニュースは聞いたことがあった。

 それに、魔獣に関しても少量ながら高級食材として輸出されていた。


 なぜこのようなことになっているのか。

 それは、日国がダンジョン大国だからに他ならない。

 一応外国にもダンジョンはあるのだが、Sランクのダンジョンは存在していないのだ。

 それどころか、海外で現在確認されている難易度のダンジョンはEランクである。

 そのため、Dランク以上のダンジョンを何個も抱えている日国が、ダンジョンからの恩恵を一番受けているということになる。



「嚥獄のさらに奥へ行けるということは、日国の可能性が今よりも広がるということになる。つまりだ、『清澄の波紋』のこれからの活動次第で日国がさらに成長するかどうかが決まると言っても過言ではないだろう」


「えっ……。いきなり日国の成長と言われてもちょっと規模感が……」


「いや、すまん。君たちは今まで通りダンジョンに集中してくれればいいんだ。我々は君たちのバックアップを今まで以上にやらせてもらおう」


「あっ、そういうことでしたら、これからも嚥獄にはダイブする予定なので安心してください」



 俺たちがこれからも嚥獄にダイブすることを伝えると、瑞然会長は満足したように一つ頷いて「ところで……」と話を続ける。



「ダイブ3日目から君たちが持っていたガジェットは何か教えてもらうことはできるか? 私たちの予想が間違っていなければ、あれは階層の階段を見つけるものではないかと思っているのだが」



 瑞然会長の言葉を聞いて、やっぱり来たかと思った。

 凛音から『探るんだ君』を受け取った翌日の3日目のダイブから、俺たちの階層突破の速度は明らかに速くなったのは配信を見ていたらすぐに分かったことだろう。

 これについては、凛音と前日から話し合っていたので俺は臆することなく説明をする。



「瑞然会長のお考えの通りです。あれは私たちのクランにいるメンバーの一人が開発をしました」



 瑞然会長の質問を認めると、応接間にいる面々が「おぉ」と感嘆の声を上げる。



「私たちはこのガジェットを自分たちだけのものにする予定はありません。特許を取って使用料は頂きますが、ハンターグッズを作っているメーカーにも技術提供を行う予定です」



 この技術を独占して、他のクランやパーティに売るのも良いが、そうなるとそちらが忙しくなりハンターとしての活動や怪との戦いが疎かになる可能性があった。

 それだったら、メーカーと契約をして技術提供をする代わりに、製造販売などを依頼して売上のパーセンテージをもらうようにした方がこちらとしてもありがたいのだ。

 この契約を取るために、これからメーカーにアポを取って自分たちで営業をしようと思ったのだが、瑞然会長からこの話を振ってくれたことだし、ちょっと試しにお願いをしてみることにしようと思った。



「そこで瑞然会長。もしよろしければ、メーカーの担当者さんを紹介してもらえないでしょうか? そちらと契約を結んで量産することができたら、これからダンジョンの踏破速度も上がるでしょうし、それに諸外国にも輸出することができますしね」



 俺がそういうと瑞然会長は「さすが英明学園の生徒だな。そこまで考えていたとは思わなかったよ」と言いながら驚いた表情を浮かべる。



「――分かった。それでは後日日国のハンターグッズを作っている大手メーカー3社を紹介しよう。1社だけにするか、3社と契約するかは君たちに任せる。この件のやり取りは駒澤に任せたいと思う。――やってくれるな?」


「はい。お任せください」



 瑞然会長に直接依頼された駒澤さんは、二つ返事で了承をする。

 そしてこちらを見て「ということだ。このことについては後日連絡をする」と言ってきた。



「ありがとうございます、瑞然会長。そして、駒澤さんよろしくお願いします」



 それからは嚥獄の26階層以降について少し会話をして、やっと解放されることになったのだ。

 それと、今後マスコミからオファーが多くなると思うが、それに関しては専属受付の秋瀬さんが全て窓口になってくれることになった。

 ハンター協会の専属受付の方々は、マネージャー的なことも業務内容に最初から入っているので気にしなくても良いとのことだった。




 ―




 ハンター協会での会話を凛音に説明をすると「これから大変そうだね」とちょっとげんなりした表情を浮かべていたが、「けどSランクだもんね、仕方ないか」とすぐに開き直っていた。

 そして、何かを思い出したように「あっ」と小さな声を出すと、手をモジモジとさせたと思ったら、何かを言いたそうに俺の方をチラチラと目線を送ってくる。



「どうした?」と気になった俺は聞いてみる。


「えっと……、明日から私たち学校に行くでしょ? ひょっとしたらちょっと面倒なことになるかも」



 何が面倒になるのか分からなかった俺は、嚥獄にダイブしていたときにマスコミにインタビューされていたクラスメイトたちの発言を聞いて辟易としてしまった。

 あいつら華麗に手のひら返しやがったな……。

 しかし、俺は忘れてはいない。

 あいつらが俺に今までなんて言ってきたのか。

 そして、凛音に対してもどう接してきたのか。


 まぁ、マスコミに向かっていい顔しただけの可能性もあるし、あいつらが何か言ってこない限りはスルーでいいだろう。

 今日はせっかくの記念日だ。

 俺たちは気を取り直して、拠点のことや嚥獄ダイブをどうするかなど、楽しい話をして夜遅くまで盛り上がるのであった。





★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 第五章の嚥獄編はこれで終わりです。

 早速第六章と行きたいのですが、実はストックが完全に枯渇しまして……。

 ちょっとストックがまとまるまで一旦更新をストップしたいと思います。

 一ヶ月以内には再開できるように頑張りますので、少々お時間を頂けたら嬉しいです。

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