059:連携
テントで寝ていると黒衣が「そろそろ朝食ができますので、朝の準備をしてください」と起こしに来た。
俺は「うぅ〜ん」と眠気眼を擦りながら体を持ち上げる。
両隣を見ると、俺と同じように凛音と瀬那が目を擦っていた。
「おはよ、しぃくん」
「おはよう。今日も頑張ろうね、詩庵」
俺はあまり意識しないように「おはよう」と返すが実際はドキドキが止まらなかった。
そりゃそうだろ?
だってこんな可愛い女の子が両隣で寝てたんだよ?
しかも、8人が横になっても余裕あるくらい大きなテントなのに、何故かほぼゼロ距離で寝袋をくっつけてくるんだよ?
こんなのドキドキしないわけないでしょ?
しかも、2人とも寝起きだからかいつもとちょっと違って惚けてる感じなんだよ!
それが可愛いわ、なんか色っぽいわで俺の理性はどこかに行ってしまいそうなんだよ!
頭の中で一人でギャーギャー騒いでいると、2人が顔を覗いてきて「どうしたの?」と小首を傾げて聞いてくる。
「……っ………! いや、なんでもないよ。さぁ、準備しようぜ」
俺は動揺を悟られないように、わざと元気な声を出して歯を磨きに行った。
2人は挙動不審な俺を不思議そうな顔で見ていたが、後についてきて朝の準備を始める。
それにしても、今日の瀬那はなんか昨日よりもメイクに気合い入れてないか?
黙って瀬那のことを眺めていると言いたいことを察したのか「だ、だって凛音ちゃんからたくさんの人が見てるって言ってたから……」と顔を伏せながら小声で説明をしてきた。
すると朝食の手伝いをしていた凛音が、頬を膨らませながら俺のところにやってきた。
「ダメだよ、しぃくん! 女の子の朝の準備をジッと見るのはマナー違反なんだからね!」
凛音は俺の胸に指をグリグリさせながら、デリカシーのなさを指摘してくる。
その光景を見た瀬那は「べ、別に大丈夫だけど……」と小声で呟いていたが、女性のメイクしているところを凝視するのは普通に良くないことだろう。
俺以外のメンバーは全員女の子なんだし、ちゃんとここら辺のマナーは弁えないとダメだよな。
今は俺がデリカシーないことしても許してくれるけど、今後これが続いたらみんなから嫌われてしまうかも知れない。
おぉ、考えるだけで恐ろしい……。
言いたいことが言えない関係はクランとして破綻していると思うが、だからと言って女性陣が嫌がることをしてしまい信頼を落とすようなことは控えよう。
改めてこのクランでの俺の在り方を再確認していると、朝食の準備が終わったと黒衣が呼びにきた。
凛音は朝食を食べたら家に帰り、またダンプレの配信設定をしたりと内部的なことをする予定だ。
他にも、ハンター御用達アプリのハンターギルドの最高機密情報を閲覧できるようになったので、それを閲覧しつつアタックしてみたり、俺たちが今抱える悩みを解決してくれることを解消するために動いてくれることになっている。
凛音がしていることは、ぶっちゃけ俺にはよく分からなので基本的に一任している。
凛音なら下手なことはしないだろう。
彼女が俺を信頼してくれているように、俺も同じくらい凛音のことを信頼しているのだ。
―
「さて、今日も頑張りますか」
家に帰った凛音から、配信が出来る状態になったと連絡をもらって、俺はドローンの撮るんだ君の電源を入れる。
撮るんだ君は音を立てずに宙を舞い、俺たちの目線で動きを止めた。
「今日は嚥獄ダイブの2日目です。10階層目のボスを攻略したら、11階層目からは俺と瀬那の2人がメインに戦う感じになります。今日の目標は19階層目に行くことなんですが、さすがに簡単ではないと思うので、2日くらいかけて行けたら良いなって感じです」
俺は瀬那と黒衣の方を向いて「じゃあ、ボス戦頼めるかな?」と聞くと、2人は笑顔で首肯した。
「2人の準備も大丈夫らしいので、早速10階層目のボス戦に挑みたいと思います。それでは、応援お願いします」
ドローンを追従モードに変更した俺は、10階層目に繋がる階段を下っていく。
徐々に魔素が濃くなってきて、圧迫感が増してきた。
ダンジョンは不思議なのだが、ボスがいる階層は通常の階層よりも魔素が濃くなることが多い。
低レベルのダンジョンはそこまで差を感じることはないのだが、嚥獄ともなるとその差は歴然としていた。
『10階層目のボスはヨルムンガンドだったな』
俺はコネクトを使用して、瀬那と黒衣に話しかける。
『はい。ハンターギルドの魔獣一覧ではそのように紹介されていましたね』
『確かSランクの魔獣だよね。大きな蛇みたいな魔獣なんだっけ?』
『あぁ、毒を撒き散らすらしいから、そこは注意しないとな。――それよりも気になるのは、ヨルムンガンドが霊装を纏っているか、だよな』
そう。
俺たちが今一番危惧しているのは、嚥獄のボスが霊装を纏っている可能性だった。
虚無の20階層目にいたバジリスクは霊装を纏っていたが、嚥獄の30階層目にいるバジリスクも霊装を纏っているのかはまだ分からない。
10階層目と20階層目のボスに関しては、霊装を纏っていないハンターでも突破することができているので、恐らく霊装を纏っていないと思われるが実際にこの目で見ない限り油断は大敵だ。
『よし。そろそろ10階層目に到着するな。昨日MTGした通り、コネクトは接続したまま戦ってみよう。コネクトを使った方が意思疎通は確実だしな』
『はい。私と瀬那さんで実際にやってみて、どっちの方が良いか試してみますね』
『あぁ、任せた』
10階層目は鬱蒼としたジャングルだった。
この階層に足を踏み入れた瞬間に、ムワッとした重苦しい空気が纏わりつく。
魔素量もそうなのだが、それ以上に厄介なのは気温と湿度の高さだった。
「このジメジメした空気はキツイわね……」
そういう瀬那のおでこには球のような汗が流れていた。
朝に頑張ってメイクをしていたのだが、汗と一緒に流れ落ちているようで「あぁ……」と悲しそうな顔をしていたが、なんて言えば良いか分からないのでスルーをしておく。
「みんな油断するなよ。ボスは通常の階層に出てくる魔獣よりも好戦的だ。いつ襲い掛かってくるか分からないからな」
俺がそう言い終わったくらいのタイミングで、階層の奥の方から大きな土煙が上がって「シャーッ」という奇声が聞こえてきた。
「瀬那、黒衣! ヨルムンガンドが来るぞ! やつの体長は50mくらいあるって話だ。油断はするなよ」
「「はい!」」
瀬那と黒衣は武器を構えてヨルムンガンドに向かって走り出す。
『瀬那さん。私はこのまま直線で進みます。瀬那さんは迂回して後方に回ってください』
『分かったわ。黒衣ちゃん気を付けてね』
『はい。瀬那さんも』
2人はお互いの目をチラッと見ると、軽く頷いて二手に分かれた。
それから5分ほど全力で走ると、ヨルムンガンドが黒衣に向かって歯から紫色をした液体を噴き出した。
これがヨルムンガンドの毒液だろう。
バジリスクも毒液を口から噴出していたが、ヨルムンガンドのは水圧が強くまるでレーザーのような勢いだった。
黒衣は毒液を躱すと、勢いを殺すことなくヨルムンガンドに肉薄した。
黒衣は
ヨルムンガンドはその攻撃を嫌ったのか、鎌首をもたげたと思ったら黒衣に向かって突っ込んできた。
流石の黒衣でも真正面から受け止めることはできなかったのか、大きく横に飛び退いた。
『瀬那さんどうですか?』
『ヨルムンガンドの背後についたよ!』
『分かりました。私が引き付けるので、後方から一気に首を刎ねてください』
『分かった!』
黒衣は瀬那に指示を出すと、ヨルムンガンドの攻撃をヒラリヒラリと躱しながら傷を与えていく。
すると、ヨルムンガンドの首に向かって跳ぶ瀬那の姿が視界に入った。
瀬那が刀を振るって地面に着地をすると、それと同時にヨルムンガンドの首も地面に落ちた。
瀬那は一刀でヨルムンガンドの首を切り落としたのだ。
しかし、さすが嚥獄の魔獣である。
首だけの状態にも関わらず地を這って黒衣の方に突っ込んでくる。
かなりホラーな感じだが、黒衣は慌てることなく鉄扇を振るうと、ヨルムンガンドの上下を両断してしまう。
「活動の停止を確認しました」
「やったね、黒衣ちゃん!」
黒衣と瀬那はハイタッチを交わすと、詩庵の方に近付いてくる。
その表情は「褒めて褒めて」と訴えていたので、2人の頭を撫でて「さすがだな」と賛辞の言葉を伝えると、2人は嬉しそうに「えへへ」と笑った。
「それにしても連携凄かったな!」
俺は2人の見事な連携に「驚いたよ」と伝えると、「詩庵様が凛音さんとデートした時に、2人で色々と連携を試してたんです」と説明をしてくれた。
デートした時にの言葉にちょっと棘を感じたのは気のせいだろう。多分。
「結構良かったでしょ?」
「あぁ、本当に驚いたよ。あと、瀬那の気配の消し方がとにかく凄かった! ヨルムンガンドの首を斬るちょっと前まで気付かなかったわ」
「それ言ってくれるの待ってたの。黒衣ちゃんにたくさん鍛えてもらったんだから」
瀬那が黒衣と一緒に俺の影の中に入って何かをしていたのは気付いていたが、まさかこんな特訓をしていたとは思わなかった。
俺は瀬那の頭を改めて撫でると、目を細めて「やった」と小さくガッツポーズをする。
次の階層からは俺も戦うし2人に負けられないな。
改めて気を引き締めると、俺は2人に目線を送りちょっと休憩するかと聞くがダメージも疲れもないから大丈夫ということだったので、早速11階層目に進むことにしたのだが、次の階層の階段を見つけるのに30分以上使ってしまった。
マジで嚥獄広すぎでしょ……。
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