054:放心

 滅怪めっけ以外で怪と戦う者がいるという噂が流れたのは、今年の2月くらいから。

 その噂を教えてくれたのは陽春くんだった。

 その日は、滅怪総本部で訓練してから、万歌那や陽春くん、そして雄馬くんと一緒に夕食を食べに寄り道をしたのだ。


 ちなみに、この和食店は滅怪が経営しているので、私たちが行くと一般のお客様とは別の部屋に通される。

 このようなお店じゃないと、外で滅怪のことを話すことは一切できないので、全国に滅怪が経営している飲食店が点在しているのだった。



「有り得ん話だな」



 陽春くんの話を聞いてバッサリと否定したのは、私と同じ隊に所属する雄馬くんだ。

 言い方は冷たかったが、私も滅怪以外に怪と戦える人間がいるとは思えなかった。



「滅怪から抜けた逸れ者って噂もあるんだぜ? それならワンチャンありそじゃね?」



 陽春くんは雄馬くんに一刀両断されたにも関わらず、めげずに話を広げようとする。

 しかし、それも有り得ない仮説だった。

 我々滅怪が神魂を維持するためには、最低でも月に一度は神域に赴いて高濃度の魔素を浴びる必要があるからだ。

 怪の出す隠世の中もかなりの魔素量ではあるが、神域に比べると若干薄いと感じてしまう。


 これは本当に僅かの違いしかないので、気付かない人ももちろんいる。

 しかし、私には魔素の量を感知することが出来る魔知眼まちがんがあるため、その僅かな違いに気付くことが出来るのだ。


 滅怪では私の魔知眼を使って、神魂が発動しなかったがオーラが強い者を選別して、ハンターとして活動をさせている。

 滅怪がハンター活動する理由に、ダンジョンの調査があるらしい。

 幼少より鍛えていたこともあって、隊士になることはできなかったが、ハンターとしてはBランクまで上がっているパーティもいると聞いたことがある。

 陽春くんは雄馬くんを始めとする滅怪の隊士のほとんどは、Aランクハンターになれない仲間を馬鹿にする傾向があった。

 霊装も同様なのだが、自分の努力ではどうすることもできないオーラの総量で優劣が決まってしまう。


 私たち4人に関しては、今のところ神魂の融合率も上がり続けている。

 それに比例するように霊装の出力も上がっているので、まだまだ強くなることはできるだろう。

 しかし、私はそれに自惚れることはない。

 才能はなくても頑張り続けている人を私は知っているから。

 本当は彼のような人が報われて欲しいと願ってしまうのだが、そうはならないこの世の中は本当に残酷だと思う。



「逸れ者は確かにいますが、怪と単身で戦って勝利を収められる者がいたとは私には思えません」


「万歌那まで速攻で否定かよ。まぁ、俺もぶっちゃけそんな奴がいるとは思ってないんだけどな」


「けど、そんな人がもし本当にいるとしたら、滅怪以外にも怪と戦える人がいるってことだよね?」


「そんなことは認めんよ。俺たち以外にも怪と戦える奴がいる訳がない」



 雄馬くんが静かに、だけど重みのある声を発した。

 その言葉の中には、若干の殺気が含まれている。

 雄馬くんは幼い頃から滅怪であることに誇りを持っていた。

 そして滅怪の隊士になるために血が滲むような努力をしてきたことも知っている。

 だがそれは滅怪の一族に生まれたのなら誰でも同様である。

 万歌那や陽春くん、そして私も滅怪の隊士になるために幼少の頃から頑張ってきたのだ。

 だからこそ雄馬くんの怒りの理由を、ここにいる全員が理解することができた。




 ―





 滅怪以外に怪と戦っている者がいる。

 そして、怪との戦いに勝利している。

 そんな噂話はすぐに消えると思っていたが、時が経つにつれて「本当にいるのでは?」という声が大きくなってきた。


 それもそのはずだ。

 怪が現れたと知らされて現場に行くも、怪の存在はすでに消えているといるという報告が日に日に増えていくのだから。

 もちろん私もその経験が何度もある。

 雄馬くんは現場に行って怪がいないと鬼のような表情をしながら空を見て、いるかどうかも分からない人物を睨んでいるようだった。


 3月下旬になった頃、滅怪中に激震が走った。

 ついに噂の主が、実在していたことが判明したのだ。

 しかも、報告によると2等級の怪を単身で屠るほどの力があるのだという。

 その男は全身真っ黒で、持つ刀も黒刀だったため『黒』と呼ばれるようになった。


 私はその報告を聞いたときに『有り得ない』と思ったのが正直なところだ。

 その報告をしたのは、万歌那と陽春くんが所属している漆番隊だったので、私は万歌那たちに直接話を聞いてみると、確かに黒は隠世から出てきて、滅怪の包囲網を抜けて逃げることに成功したのだという。

 そして、身に纏う霊装の強さからも、只者ではないと感じたらしい。



「お前たちが戦って勝てそうなのか?」


「負けねぇよ! 俺たち滅怪の隊士が負けるわけないだろ!」


「ですが……その男は単身で2等級の怪に勝ったのです。果たして本当に勝てるのでしょうか……」


「どうせ鈴が壊れてたんだって! 2等級の怪を1人で倒せるやつがいるわけないだろ。どうせ7等級の雑魚だったんだろうよ」



 陽春くんはそう言うが、怪を探知する鈴が誤作動を起こしたことなんて今までにないことだった。

 だが、2等級の怪を単身で屠れる者がいるなんて信じることも出来ない。



「だが、滅怪以外に怪と戦う奴が実在するって周知になったんだ。恐らく滅怪の威信にかけても、黒を捕獲することになるだろうな」



 雄馬くんの言う通りになるだろう。

 黒が単独で動いているとは思えないので、滅怪と同じくらいの組織があると考えるのが自然だ。

 そのためにも、黒を捕獲して色々と聞かなくてはならない。

 恐らく上層部はそう考えているだろう。

 しかし、2等級の怪を屠ることができる相手だ。

 そう簡単には捕獲することは出来ないと思う。


 それから1ヶ月が過ぎた頃に、滅怪の諜報部の隠の者から黒を発見したとの知らせが滅怪総本部に届いた。

 そのとき総本部に待機していたのは私と雄馬くんが所属している弐番隊と、万歌那と陽春くんが所属している漆番隊だった。

 私たちはすぐに黒を捕獲するために移動をした。


 隠の者の報告によると、この先にある駐車場に黒はいるはずだった。

 隊長の指示により霊装を抑えて黒のことを包囲する。

 それにしても、こんなところで黒は一体何をしているのだろうか?

 こちらの方に怪が現れたという報告は知らされていないのに……。


 私が疑問に思っているうちに、黒への包囲網は完了していた。

 そして、我々は隊長の指示により黒の前に一斉に姿を現すが、黒は取り乱すことなく、冷静に状況判断をしようと試みていた。



「君が噂の黒くんか。どうも初めまして。別に喧嘩をしに来たわけじゃないんだけどさ、ちょっと俺たちの本部まで来てもらうことは出来ないかな? そこで素顔も見せてくれると嬉しいな」


「私とは2回目だな。あのときはまんまと逃げられたが、今日はそうはいかんぞ?」



 弐番隊の秋篠夏樹隊長と、漆番隊の丹羽柚羽隊長が黒に向かって話し掛けると、黒はこちらの方に顔を向けた。

 すると先ほどまで冷静だった黒が驚きの表情を見せたのだ。

 しかも何故か私や雄馬くんたちの方を見て。


 だが黒が見せた動揺は一瞬のみで、すぐに隊長たちに向かって刀を向けてきたのだ。

 柚羽隊長が「どういうつもりだ?」と問いかけると、黒は我々と一緒に総本部に行くことを拒んで戦う意志を伝えてきた。


 我々は葬送を唱えて武器を解放し、神魂をブーストさせて霊装を高めると、黒と隊長2人の戦いが始まった。

 その戦いを見て、私は驚きが隠せなかった。

 だって、2人は本気で戦っているにも関わらず、攻撃を悉く躱しているのだから。

 しまいには夏樹隊長の炎天紅葉えんてんくれはまで躱されてしまう始末だ。

 だが私にはあの体捌きをどこかで見たことがあった。

 私が今も尚大切に想っている、あの時間の中で見た体捌きだ。



(まさか、ね……)



 私は自分が有り得ない想像をしていることに気が付き、戦いに集中しようと思ったそのときだった。

 黒が上空を見上げたと思ったら、腰にぶら下げた鈴が鳴り始めたのだ。

 しかも、6回も。

 そして黒が見上げた先では、空間が歪んでゆっくりと2等級の怪が姿を現して隠世を展開した。


 それと同じタイミングで、柚羽さんから隊列を組むよう指示が出される。

 その号令に従って素早く隊列を組むも、全員が浮き足立っているのが見て取れる。

 それは私も同様だった。

 黒と戦っていた場所に2等級の怪が現れるなんて思いもしなかったのだから。



「集中しろ、美湖」


「ご、ごめん、雄馬くん。まさか2等級の怪が来るなんて思わなくて……」


「それは全員同じだよ」



 雄馬くんの言葉により我に返った私は、改めて2等級の怪から発せられる霊装の圧に気圧されそうになってしまう。

 4等級までだったら私一人でも余裕で倒すことが出来るし、3等級もなんとかなるかもしれない。

 しかし、今目の前にいる芽姫と名乗った怪には勝てるイメージが全然湧かなかった。


 そんな相手と私たちは戦わなくてはいけない。

 下手したら死んでしまう可能性もあるだろう。

 だが、死が恐ろしいわけではない。

 それが私たちの使命だから――そして、私にはもう……。




 ―




 私たちが隊列を組み終わると、芽姫めきは苛々したように地面を踏み鳴らし「質問に答えろ」と言ってきた。

 私たちは怪の国で暴れている人間なんて知らない。

 だが、思い当たる人物なら一人だけ知っていた。

 恐らく全員の頭の中に黒が浮かんでいたと思う。

 それでも私たちはそれを口にすることが出来ずに、いつ芽姫が襲い掛かってきても対応できるように構えていると後方から「俺だよ」という声が聞こえてきた。


 その返事を聞いた芽姫は、「あはっ」ととても嬉しそうな笑顔を浮かべると両手を徐に広げた。

 次の瞬間私たちに激しい衝撃波が襲ってきて、私たちは左右に吹き飛ばされてしまう。

 そして、モーゼの十戒のように割れた私たちの間を芽姫は歩いて黒の元へ向かった。


 そんな芽姫に向かって飛びかかろうとする隊士もいたが、夏樹隊長の「今は待機だ!」という命令に従っている。

 みんな悔しいのだ。

 滅怪の隊士は、大なり小なり何かを犠牲にしている。

 それは私も同様だった。

 それなのに、目の前に2等級の怪がいるというのに、滅怪ではない何者かに戦いを譲らなくてはいけないのだから。


 そんな私たちを尻目に、黒と芽姫の戦いは始まった。

 そして戦いが進むにつれて、私のプライドは音を立てて崩れ落ちるのが分かった。

 黒は芽姫の嵐のような攻撃を真正面から受けて、さらに攻撃まで与えてしまったのだから。


 正直私にあの攻撃を耐えられる自信はない。

 それどころか最初の一振りで私の身体は両断されてしまうだろう。


 しかし、ハルバートを2本に増やして攻撃をし始めた芽姫に黒は徐々に押され始めてしまった。

 先ほどまでは完全に見切っているように見えていたが、今は攻撃の反応が遅れて至る所に傷を負っている。

 この展開を避けたいと思ったのか、黒が芽姫との距離を取るように後方へ下がった。



「失策だな、これは」



 隣にいた雄馬くんがボソリと呟いた。

 私もそう思う。

 ハルバートよりも長さで劣る刀では、距離を開けるのではなく懐に潜り込まなくてはならないからだ。

 更に芽姫は疲れるどころか、ハルバートを振り回した分だけ遠心力が加わって速度も破壊力も上がっているようだった。

 芽姫に勝つためには、キツくても歯を食いしばって耐えなくてはいけない場面だったと、私も雄馬くんも考えたのだ。


 だが、私たちの考えはあっさりと否定されてしまった。

 黒が葬送神器と唱えて、霊装を爆発的に飛躍させたのだ。

 更に、黒の瞳の中には銀色に輝く光輪眼まで現れている。


 光輪眼とは、神魂との融合率が100%を更に越えた魂にのみ現れる証のような瞳だった。

 滅怪に伝わる文献の中にも、光輪眼が現れた隊士がいたとされている。

 しかし、そうなった隊士は人間ではない、別のナニカになってしまいその後肉体が持たずに死んでしまうと記されていた。


 それだけではない。

 黒は葬送神器と唱えたのだ。

 神器は滅怪に伝わる十二神器のみではなかったのか?

 黒が口にした、白夜光斬という神器は初めて聞く号であった。


 だが、黒の持つ武器が神器であることは間違いないだろう。

 黒と出会ったことで、私が今まで信じていたものが足元から揺らいで来るのを感じた。


 神器を解放した黒は圧倒的だった。

 先ほどまで芽姫が振るう2本のハルバートに苦戦していたにも関わらず、今の黒はそこに来ることを知っているかのような動きで攻撃を全て躱していたのだ。


 そしてついに嵐のように激しい2本のハルバートを掻い潜ると、黒刀と白刀を打ち込んで完全に主導権を握ることになった。

 芽姫もなんとか致命傷を避けてはいたが、それも時間の問題だろう。

 それほどまでに黒の打ち込みは鋭かった。



「くっ……くそぉぉぉぉ!!!!!」



 突然芽姫が叫んだと思ったら、芽姫の身体から霧状の赤い霊装が出て私たちの視界を遮った。



「全員油断するな! こっちに来るかもしれんぞ!」



 柚羽隊長の檄が飛び、どこから現れても対応できるように身構えるが、一向に芽姫が襲ってくる気配はなかった。

 黒のことを狙っているのかとも思ったが、剣戟が聞こえてくることもない。

 疑問に思いながらも集中していると、徐々に霊装が霧散していって隊士たちの姿も確認できるようになってきた。



「――隠世ではない?」



 霊装が消えて視界が開けると、私たちは先ほどまで黒を包囲していた駐車場に戻っていたのだ。

 隠世が消えたということは、怪はこの場にはもういない可能性の方が高い。

 柚羽隊長が「どういうことなんだ!?」と叫んでいるが、それに答えることができる人間はここにはいない。


 確かに怪の行方も気になるところだったが、私は少し先にいる黒から目を離すことが出来なかった。

 誰かが私に話し掛けて来ていたが、それすらも気付かないくらいに……。

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