045:予想外

 ダンジョン内に作った拠点で一夜を過ごした俺たちは、黒衣が作った簡単な朝食を食べた後に拠点を整理して、10階層目にいるボスの元へ向かっている。



「高ランクダンジョンのボスがどれくらいの強さなのか楽しみですね」



 そう俺に話し掛けて来たのは、拠点で一番の活躍を見せた黒衣だった。

 黒衣の料理はもちろん、至れり尽くせりのおもてなしはまるで一流ホテルのサービスにも勝るとも劣らないものだったと言っても過言ではない。

 そんな黒衣を高ランクパーティの皆さんは大絶賛をし、「ぜひうちのパーティへ!」と勧誘までする始末だった。

 さすがにクランリーダーの目の前でやるのだから、冗談だとは思うのだがあわよくばと思っていたことは間違いないだろう。



「あぁ、俺たちも近い将来挑むことになるのは間違いないからな。『紅蓮』と『猪突猛進』の戦い方を学ばせてもらおうな」


「はい!」



 先日寝る前に俺たちは、『龍の灯火』や『マッド』の戦い方を見て、連携の重要さを改めて感じたのだ。

 今後怪と戦う際にも、黒天を使用しているときは瀬那とパートナーを組んで一緒に戦うだろうし、逆に俺が白光を使っているときは黒衣がパートナーとなり戦うことになる。

 その点から考えても、連携を高めることで俺たちの力はもっと上がると確信したのだ。


 そして、10階層目に足を踏み入れて、11階層目がある階段へ向かって歩いていると、ダンジョンの奥の方からドシン、ドシンと大きな足音が聞こえてきた。



「――来やがったな」



 炎夏さんが足音がする方へ顔を向けると、奥の方から大きな巨人がこちらに向かって来ている。



「あいつはタイタンだ! あんな巨体をしてるくせに、意外と身軽だから潰されないように気を付けろよ。特にポーターは俺たちからも距離を開けて、絶対に巻き込まれないようにしろ」



 ここからは『紅蓮』と『猪突猛進』の出番だ。

 それぞれのメンバーはすでに戦闘体制に入っていて、空気がピリッと張り詰めているのが分かった。

 その中でも特に異彩を放っていたのが、『猪突猛進』のまみるさんだ。

 鉄で出来た大きな棍棒を肩に担いで「来いや。オラっ、来いやっ」と小さな声で呟いている。

 この人ヤンキーがそのまま大きくなっちゃったを体現してるな……。



「猪新! 準備はいいか? ――よし! 全員で突っ込むぞ!!!」



 炎夏さんの号令と同時に、『紅蓮』と『猪突猛進』の2パーティーはタイタンに向かって走り出す。

 全員レベルが高いからなのか、走る速度が滅茶苦茶速い。

 その中でも頭一つ抜き出たのは、始まる前から目が血走っていたまみるさんだ。


 彼女はタイタンの足元まで誰よりも早く到着すると、そのままの勢いで鉄製の棍棒を足に向かって振り抜く。

 モロに一撃を喰らったタイタンの足は骨折してしまったのか、ガクッと大きな身体を傾けた。


 倒れるか!?


 そう思ったが、タイタンは残った足で踏ん張って、後方へ大きくジャンプをしてまみるさんから距離を開ける。

 タイタンは自己治癒能力が高いという話を聞いたことがある。

 時間を空けてしまうと、まみるさんが折った足は元通りになってしまうだろう。


 しかし、さすがはAランクハンターの戦いだった。

 着地地点にすぐさま辿り着いたのは、『紅蓮』のコウヤさんと『猪突猛進』のコダマさんだ。

 彼らは両足の付け根を大剣で切り裂いて、タイタンの体制を再び崩すと、炎夏さんと猪新さんが同時にジャンプをして左右の脇腹を切り裂いた。


 流石の連撃に対応できなくなったタイタンは、為す術もなく崩れ落ちてしまう。

 そして、倒れ込んだタイタンの体の上に立っているのは、初撃を与えたまみるさんだった。

 彼女は棍棒を高々と掲げると、勢いよくタイタンの頭へ向かって振り下ろした。


 グチャッ!


 タイタンの頭は潰れたトマトのように爆ぜて、一切の活動を停止させた。

 その傍で、彼らは余裕の笑みを浮かべ「いえーい」と言いながらハイタッチをしている。

 その光景を見て、陽キャ臭が半端ないと思いながらも、一連の流れは見事としか言いようがなかった。


 パーティとしての連携は然る事ながら、個人の力も相当高い戦い方だった。




 ―




「さっきの戦い本当に凄かったわね」



 瀬那は目の前でトップランクハンターの戦いを見ることが出来て、テンションが相当高くなっているようだった。

 その証拠に、頬は赤く染めて目をキラキラと輝かしている。



「あぁ、本当に凄かった。トップランクのハンターになると、あそこまで強くなるんだな」



 神魂が発動する前の俺は、トップランクのハンターの強さをボンヤリとしか想像することが出来ずに、漠然と強いんだろうなと思っていた。

 そして、神魂が発動して俺自身が強くなると、オーラで戦っているトップハンターの実力をちょっと甘く見ている節があった。


 正直たまたま神魂が発動したから今の俺は強くなれたのだが、彼らはひたすら研鑽を積んでここまで強くなったのだ。

 詩庵はそんな彼らに対して尊敬の念を抱いてしまう。

 そして、それは瀬那も同様のことだった。




 ―




 ボス戦を見事な連携で勝利した『紅蓮』と『猪突猛進』は、次々と出てくるAランクの魔獣をモノともせずに、階層を進んで行って19階層目のボス前まで到着をした。



「よし。予定通り次の階層で再びボスと戦闘をする。ここまでも余裕に見えてたかも知れないが、ぶっちゃけ『猪突』がいなかったらかなり梃子摺っていたと思う。それくらい強い魔獣ばかりだったのは、みんな分かっているだろう。今日は魔獣狩りをせずに全員体力回復に努めてくれ」



 炎夏さんは身体を休めろと言ってくれたが、ぶっちゃけポーターしかしていない俺たちの体力はまだまだ十分ある。

 なので、Aランクの2パーティメンバーはもちろん、後方で援護をしていた『マッド』の皆さんの疲れを癒すことを最優先にするため、疲労回復の効果が期待できる紅茶を出したり、お風呂を沸かしたりと戦い以外のサポートを行う。


 ちなみに『龍の灯火』は、皆さんと同じくキャンプで寛いで貰っている。

 最初こそは手伝ってもらっていたのだが、彼らは家事全般がどうやら苦手らしく、むしろ邪魔になることが多かったので座ってもらうことにしたのだ。


 そんな彼らは「おい。ポーターしてただけなのに、俺のレベルが2つも上がってるんだけど」「お前もか。俺もだぞ」と楽しそうに談笑をしていた。

 って、レベル上がったの?

 さすがAランクの魔獣だけあって、倒したときに出る魔素の量は相当多いらしい。


 よくトップクランの人たちが、新人を鍛えるために高ランクのダンジョンに潜って、パワーレベリングを行うらしいのだが、実際にポーターしてるだけでレベルが上がるのを目の当たりにすると確かに手っ取り早くて良いのかも知れない。

 とはいえ、レベルが上がるだけで、技も心も強くなっているわけではないので、レベルを上げてからが本番って感じになるのだろうが。




 ―




 翌日、炎夏さんを先頭にして、俺たちは20階層に足を踏み入れる。

 すると、突然魔素の濃度が跳ね上がったのを感じた。



(この魔素濃度は、隠世や怪の国と同じくらいじゃないのか……)



 実際にここまでの魔素に触れたことのない『マッド』と『龍の灯火』メンバーは、若干の魔素酔いをしているようだった。



「詩庵様……ここに霊装を纏った何かがいます」



 俺にだけ聞こえるように、黒衣が小さく伝えてきた。


 は?

 霊装を持ったって……まさか怪がここにいるっていうのか?


 まさかの発言に俺が動揺をしていると、黒衣が「上です!」と大きな声を張り上げる。

 その声に反応した俺たちは、急いで顔を上げると巨大なトカゲが張り付いていた。



「バ、バジリスク……だと」と、巨大なトカゲの魔獣を見て驚愕の声を漏らす。



 そして俺もみんなとは違った意味で、バジリスクと呼ばれた魔獣を見て驚いてしまった。

 それは目の前にいる魔獣が青色の霊装を纏っていたからだ。


 俺が呆然としていると、バジリスクは首をこちらに向けると勢いをつけて落下してきた。



「皆さん逃げてください!」



 黒衣の声に反応して全員が急いで散開するも、バジリスクが地面に着地した衝撃波でそれぞれ吹き飛ばされてしまう。



「黒衣! 瀬那! 無事か!?」


「はい、大丈夫です!」


「私もよ」



 バジリスクが起こした衝撃によって起きた、土煙の影響で視界は完全に閉ざされているが、2人の安否を確認して俺はホッと胸を撫で下ろす。



「よし! それじゃあ2人は全員の救出をしてくれ! 俺はバジリスクと戦う」



 俺の掛け声を聞いて2人は「はい!」と声を上げて散開したのを気配で察する。

 みんなのことは心配だが、今こいつを野放しにしておくほうが危険だからな。


 土煙がまだ舞っているので視界は完全ではないが、「シャー」という鳴き声が聞こえてくるのでバジリスクの場所は把握している。

 そして、徐々に視界が晴れてくると、バジリスクも俺の方を見て威嚇をしていた。



(こいつにも霊装が見えているのか?)



 すでに俺は霊装の出力を高めて臨戦体制に入っていた。

 なので、土煙が舞っている状態だったとしても、もしバジリスクが他の人たちを襲おうとしたらすぐに対応できるようにしていたのだ。



「――バジリスク、か。なんで魔獣のお前が霊装を纏っているかわからないが、取り敢えずお前の相手は俺がさせてもらうぞ」

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