第四章

038:新たな神器

 ハンターギルドからのクラン設立完了の通知と、瀬那の器となる刀が出来上がったという連絡はほぼ同時に届いた。

 クラン設立に関しては、正直あの書類地獄からようやく解放されたという安堵感しかなく、特に感慨深いものはない。

 拠点の住所だってバーチャルオフィスだし、クランになった恩恵も上位ランクにならないと得られないので実感がないというのが正しい表現だった。


 そして、クランを設立してもすぐに何かをしなくてはいけないということはないので、俺たちは全員で約一ヶ月ぶりに刀工天斬のいる村へ向かっていた。



「ついにこの日が来ましたね」


「あぁ、神器封魂が成功したらようやく凛音も瀬那と話すことができるな」


「うん! 早く瀬那ちゃんとお話をしたいよ」


『私もだよ、凛音ちゃん』



 瀬那の言葉は凛音の耳には届いていはいないが、二人の気持ちは通じ合っているように感じた。




 ―




 京の都の駅に着くと、当代の天斬貞治さんの奥さんである鞠さんが、車で迎えに来てくれた。

 そして、車で進むこと約3時間かかってようやく村へ到着する。



「貞治さんが待ってるから、早速行きましょう」



 俺たちは鞠さんの後をついて行き、畳敷きの部屋に通されると、先程までのにこやかな表情ではなく、神妙な面持ちで「こちらでお待ちください」と言われたので、座布団の上で正座で待つことにした。

 何故だか分からないけど、身を正して待っていないといけない気がしたのだ。

 黒衣は床に座るときは普段から正座なのでいつも通りだが、凛音も雰囲気に飲まれたのか正座で座っている。


 俺たちはそのまま10分ほど待っていると、着物を着た貞治さんが刀を恭しく持ちながら部屋に入ってきた。

 そして、俺たちの前に座って「この度は天斬に天下に轟く刀を打たせて頂き誠にありがとうございます」と、頭を下げて感謝の意を伝えてくる。



「こちらが天斬が魂を込めて打たせて頂いた一振りでございます。銘は天斬。そして、号を白光と申します」



 そう言うと鞘に収められた一本の刀を俺の前に置いた

 その刀は白光という号を持つ名の通り、鵐目や柄、鍔まで真っ白だった。



「お手に取ってご確認ください」



 俺は白光を手に持つと、鯉口を切ってゆっくりと鞘から刀を抜くと、あまりの美しさに息を呑んでしまう。



「白光の刀の長さは2尺1寸5分。詩庵様がすでにお持ちの黒天がは2尺6寸5分ですので、小太刀の仕様に致しました。また、地肌は板目流れで肌立ち、波紋は小乱になっております」



 そう言うと、貞治さんはスクッと立ち上がって、庭に俺たちを連れていくと、「こちらで試し斬りをしてください」と言って七本に横並びになった巻藁の前に促した。

 その言葉に倣って巻藁の前に立つと、俺は白光を上段に構えて袈裟斬りに振り下ろす。


 一本一本が太く巻かれた七本の巻藁が、たった一振りで簡単に切り落とされた。

 もちろん俺は霊装を白光に纏わせたりなんてしていない。

 この切れ味は完全に白光のものだった。



「す、凄い……」



 思わず声を漏らしてしまうと、貞治さんはニヤァと笑みを浮かべて、「だろ?」と聞いてきた。

 さっきまでの厳かな雰囲気は一気に霧散して、いつもの貞治さんに戻っている。



「どうだ? 満足いく一振りになったか?」


「当たり前です! こんなにも美しく、そして強い刀を打って下さり本当にありがとうございます!」


「あぁ、良かった。受け渡しのこの瞬間が本当に緊張するんだよな。だけど、満足してくれたみたいで本当に良かったわ」



 貞治さんは着物姿だというのに、そのまま地べたに腰を下ろして座り込んでしまった。

 そして大きく息を吐き、安堵の表情を浮かべている。

 ここまで緊張感を持って、俺たちのために刀を打ってくれた貞治さんに感謝しかない。




 ―




 その後俺たちは貞治さんに一部屋お借りして、四人だけで集まった。

 これから神器封魂を行うためだ。


 黒衣の前には白光が置かれている。

 俺は黒衣の隣に座って、俺たちの前には瀬那が座っている。

 それを少し離れたところで、凛音が静かに見守っていた。



「これから神器封魂の儀を執り行わせて頂きます。――ですが、その前に最終確認をさせてください」


『はい』


「神器封魂を執り行うと、主となる詩庵様と魂の連結が行われます。ただしこれは成功した場合で、もし失敗するとこの時点で魂は消滅してしまう可能性があります」


『えぇ。分かってるわ』


「また、瀬那さんは詩庵様の神器となります。そのため、私のように神楽家の契約ではなく、詩庵様個人との契約となるため、詩庵様がお亡くなりになった時点で繋がりは切れて、新しい輪廻転生の理に流れることでしょう」


「すまん。ちょっとよく分からなかったのだが……。瀬那はもう輪廻転生の理から外れてしまったんじゃないのか?」


「説明不足でした、申し訳ありません。簡単に説明をしますと、神器封魂により瀬那さんの魂を器に入れることで、強引にですが輪廻転生をさせてしまうことになるのです。そのため、神器では無くなった時点で通常の魂と同様に輪廻転生をすることになります」


「なるほど。じゃあ、俺が死んだらその時点で瀬那も一緒に死んでしまうってことなのか」


「はい。そういうことになります。また、神器が修復できないくらいに破損してしまうと、その時点で瀬那さんはお亡くなりになってしまいます。――それは私も同様なのですが」



 神器が壊れたらどうなるのか。

 俺は薄々と勘づいてはいたが、黒衣からはっきりと言われたことで人の魂を手にして戦っていることに改めて気付かされてしまった。



「詩庵様はこの話を聞いても、いつも通り私を振るってくださいませ。詩庵様が敵を討ち滅ぼす刃となるのが私の使命です。詩庵様が自身を守るために私を振るということは、私を守るということにも繋がるのですから」



 黒衣は俺の不安を正しく見抜いて、すぐにフォローをしてきた。

 生まれてきたときから俺のことを見守ってくれてるんだもんな……。

 黒衣には一生敵わないだろうな。

 俺は黒衣に「あぁ、分かってる」と一言伝えてから瀬那の方を見ると、先ほどよりも神妙な顔をしていた。



「瀬那さん。神器になっても修復不可能なくらい破損してしまったら、その場で死んでしまいます。そして、詩庵様と離れたいと思っていても、それも叶いません。それでも瀬那さんは神器になりますか?」


『えぇ、私は神器になるわ。私を救ってくれた詩庵と一緒に戦いたいの』



 黒衣の確認に瀬那は迷うことはなかった。

 彼女の目には、並々ならぬ決意を感じる。

 その思いを感じ取ったのか、黒衣は大きく頷くと俺の手を持ち「詩庵様の霊装を白光へ注いでください」と白光の前まで促した。


 俺は白光に触れて、意識を全て向けた。

 黒衣は白光と瀬那の間まで行って座り直すと、右手で白光に触れて左手で瀬那の手を握ると、何やら呪文のようなものを唱えている。

 次第に瀬那の身体が光り輝き始めると、徐々に身体が薄くなって来ると、ついにはその姿が完全に消えてしまったのだ。

 俺は一瞬焦ってしまったが、黒衣の態度に何も変化が見られなかったので、黙って霊装を注ぎ続けた。


 そして、呪文が唱え終わった黒衣は、全ての力を使い果たしてしまったのか、「はぁはぁ」と肩で息をしながらその場に崩れ落ちそうになる。

 咄嗟に黒衣を抱き抱えると、「無事に成功したはずです。白光を持って語りかけてください」と脱力した状態で伝えてきたので、白光を手に取って黒天になった黒衣に話しかけるようにして語りかけた。



『瀬那……。聞こえるか、瀬那』


『えぇ。しっかりと聞こえてるわよ、詩庵』


『良かった。ちゃんと神器になれたんだな……』


『ありがとう。こ、これで、詩庵とこれからも一緒にいることができるのね……』



 安心したのか、瀬那は『うええええん』と盛大に泣き始めてしまった。



「詩庵様。白光を手放してください。詩庵様の霊装から外れると元の瀬那さんの姿にお戻りになるはずです」



 白光をそっと床の上に置いて、ゆっくりと手を離すと人間の姿になった瀬那が号泣していた。

 俺は「瀬那」と声を掛けると、瀬那は俺に向かって飛び込んできて、「しあんんんん……。うわあああん」とさらに嗚咽を漏らすので、頭を撫でたり背中をポンポンと叩いて落ち着くまでそのままにさせておこうと思ったのだが、黒衣と凛音が泣きながら瀬那に飛びついてきた。



「瀬那さん、良かったです。成功して本当に良かったです」


「瀬那ちゃん会えて嬉しいよぉ〜〜」


「二人ともありがとぉぉ。私も嬉しいよぉぉ」



 みんなが可愛らしい顔を崩して号泣しているが、それだけみんな不安だったのだろう。

 そして、それ以上に成功したことが嬉しくて仕方がないのだ。

 俺は仲間のために涙を流せる人たちが、傍にいてくれていることがとても幸せだと思うのだった。




 ―




「改めまして、生方瀬那です。これからよろしくね、みんな」



 みんなが落ち着きを取り戻すと、瀬那が改めて挨拶をする。



「はわわぁ。瀬那ちゃんってこんなにクールビューティーさんだったんだねぇ」



 初めて瀬那の姿を見た凛音は、あまりの美しさにアワアワしていた。



「ありがと。私は凛音ちゃんのことをとても可愛らしい女の子だな、ってずっと思ってたんだよ」


「うぅ〜。こんな美しい方に褒められるなんて照れちゃうよ」



 真っ赤にした頬を両手で挟んで、頭をブンブン振っている凛音の姿は、芸能人と出会ったミーハーな女の子のそれだった。

 凛音はいつも周りの空気をほっこりとしてくれるよな。

 この明るさに俺は何度救われてきたか分からない。



「改めてよろしくな、瀬那。これから一緒に戦っていこうな」


「うん。こちらこそよろしくね、詩庵」


「うー、私のことも忘れないで欲しいです」


「当たり前だろ、黒衣。お前がいなかったら何も始まらないよ」


「そうよ、黒衣ちゃん。これから私に色々と教えてね」



 黒衣は頬をぷくっと膨らませていたが、2人から頼りにしていると言われると笑顔になってご機嫌になった。

 それを見て凛音が、「やっぱり黒衣ちゃんは可愛いね」と言いながらハグをする。


 うん。やっぱり女の子同士のイチャイチャはとても美しいよね!


 その後俺たちはしばらくの間、四人でこれからのことを色々と話し合ってから、貞治さんに神器封魂が成功したことを伝えに行った。



「そうか。成功したんだな。おめでとう、詩庵。そして初めまして、瀬那さん。俺の打った刀をより一層素晴らしいものにしてくれてありがとう」


「いえ、私の方こそありがとうございます。貞治さんが打って下さった刀で神器になることができて、私はとても幸せです!」


「そう言ってくれると嬉しいよ。じゃあ、神器になった白光の号を教えるな」



 そう。

 白光とはあくまで刀のみの号であって、神器封魂をした白光は神器としての号を持つことになる。

 そして、この号を唱えることで、葬送神器を使用することができるようになるのだ。



「神器になった白光の号は『白夜光斬びゃくやこうざん』だ」



 白夜とは太陽が沈んでも暗くならない現象のことをいう。

 白夜光斬は、その光を切り裂いて、正常の夜を取り戻すという意味合いを込めているらしい。

 そして、夜は黒を連想させるので、黒天との繋がりも感じさせる号にしたとのことだった。



「素敵な号をありがとうございます! 大切に使わせて頂きます」


「おう、頼むな! あっ、あと、頼まれてた残りの二本だ」



 そういうと、黒天と白光に瓜二つの刀を俺に差し出した。

 それ以外にも真っ黒な鞘が置かれている。



「これは?」



 俺が尋ねると、「黒天にも鞘が欲しいだろ? 白光を使ってる時に刀を収める鞘がないと不便だしな」とさも当たり前だという感じで事も無げに言ってくる。

 この人には本当に敵わないな。

 俺は貞治さんの心遣いに心から感謝をした。


 この黒天と白光に似た刀は、白光を依頼した時に一緒に打ってもらえるよう頼んだものだった。

 ハンターとして活動するときは、この二本を使う予定なのだ。



「貞治さん、本当にありがとうございました。この三本のお代ですがいつまでに振り込めば良いでしょうか?」


「いや、金はいらねぇよ。まさか初代が打った刀と同じ玉鋼でできた刀を打てたんだ。これ以上のお代はないからな」


「そ、それじゃあこちらの気が済みませんよ!」


「だったら、お前が正真正銘のトップランクのハンターになってくれたらいい。そして、そのお前の愛刀が天斬だと伝えてくれたらいいさ。――だけど、どうしようもないやつが来ると困るから、ガチの剣士以外には打たないって事も伝えてくれな」



 貞治さんは俺たちが来る前までも、たまにハンターがやってきて刀を打ってくれとお願いされたことを思い出して、辟易とした表情を浮かべていた。

 俺はクスリと笑ってから「ありがとうございます。必ずトップランクのハンターになることを誓います」と宣言をした。

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