030:逃走と神器
こりゃ完全に囲まれてるな……。
目に見えるだけでも10人以上の滅怪に包囲されているようだった。
『黒衣、何人くらいに囲まれてるか分かるか?』
『30人ほどの滅怪がここにいるようです……。今は戦わずに逃げることに専念した方がよろしいかと思います』
『あぁ、黒衣は弱そうな奴を探るのと、包囲が薄そうなルートを考えてもらってもいいか?』
『承知しました』
状況把握と黒衣とのやり取りを終えた俺は、周囲を見回していつ攻撃されてもいいように意識を集中させる。
正直さっきまで2等級の怪と戦っていたので、体力の衰えは否定できない状態だが、黒衣が治癒術を施してくれたので怪我はすでに完治していた。
恐らく逃げることに集中すればなんとかなるだろう。
周囲を見渡すと、滅怪が俺のことを敵意を込めた眼差しで睨みつけていた。
しかし、目の奥には恐れのようなものを窺うことができる。
「貴様に聞きたいことがある」
そう言って、前に出てきたのは宝塚の男役に出てきそうな、凛々しい表情をした女性だった。
身長は170を超えているのだろうか?
俺と同じくらいの高さなのに、彼女の方が細身なので背が高く感じてしまう。
「最近我々ではない何者かが、日国に現れた怪を屠っていることには気付いていた。そして、今隠世から飛び出してきたということは、貴様がその何者かなのか? ここにいる全員がしかも見ているので言い逃れはできないぞ」
正直俺は彼女の問いに、どう答えるべきなのか悩んでいた。
このまま無視を続けていても良いのだが、全員で強行手段を取られても厄介だ。
『黒衣! 脱出ルートはまだか?』
『申し訳ありません。あともう少しでございます』
ここは当たり障りのことを言って時間を稼ぐしかなさそうだな。
「だとしたらどうするつもりなんだ?」
「我々と一緒に来てもらう。そして、貴様が単独なのか、味方は何人いるのかを洗いざらい吐いてもらおう」
「もし同行を拒否した場合は?」
「貴様には拒否権などない。黙って我々と来てもらおうか」
滅怪のリーダー的な女性が「葬送霊器――
すると、彼女の手には2本の双剣が握られていた。それと同時に、神魂の出力が上がったのだろう。霊装の強い力も感じられるようになった。
俺は周りを見渡すと、双剣を握る彼女以外の滅怪も「葬送霊器」と唱えて、武器本来の姿を取り戻していた。
ここでひとつ気になったのが、どこからか「葬送神器」という言葉が聞こえたことだ。
まさか、ここにも神器を持つ奴がいるのか?
あいつら完全に臨戦態勢に入ってるな。
滅怪とは戦いたくないが、ここからどうすればいい?
俺は頭をフル回転させるが、正解を導き出すことは出来なかった。
そのとき俺の頭に黒衣の声が鳴り響いた。
『お待たせ致しました! 左斜め後ろの滅怪を峰打ちで斬り伏せて、そのまま直進した後に右方向へ進んだ先にある民家で身を潜めて頂きます。隠れましたら私が霊装断絶を掛けるので、そのまま逆方向へ進み撤退致しましょう』
黒衣のプランを聞いた俺は、何の迷いもなく左斜め後ろにいる滅怪の元へ走り、峰打ちで胴を薙ぎ払う。
俺の突然の行動に動揺したのか、滅怪は一瞬動きが止まって俺のことを追うのが遅れる。
その隙を逃さずに、俺は民家の屋根の上にジャンプして、そのまま全力で黒衣が指定した場所に向かった。
背後からは先程の女性が「やつを逃がすな! 我々に仇なす者かも知れないぞ!」と声を張り上げている。
5分ほど全力で走った俺は、なんとか滅怪の包囲網を掻い潜って、大きな庭のある民家の木の陰に隠れた。
この隙に黒衣に霊装断絶を掛けてもらったので、滅怪が俺に気付くことはないだろう。
しかし、万が一に備えて10分ほどその場に身を潜めてから、俺は家に向かって音を立てないようにして、再び走り始める。
―
家に着いた俺は、疲れが一気に襲ってきたのか、そのままソファに倒れ込んでしまう。
「黒衣ありがとな。お前のお陰でなんとか逃げられたわ」
「いいえ。逃走経路を出すのが遅くなり申し訳ありませんでした」
すぐに逃走経路を導き出せなかった黒衣は、恐らく俺のことを危険に晒してしまったと考えているのだろう。
黒衣は真面目でとても良い子なのだが、何でも自分のせいだと考えてしまうきらいがあった。
「黒衣は何も悪くないだろ。むしろ助かったよ。いつもありがとな」
俺の言葉を聞いた黒衣は、目に涙を溜めて「詩庵様ぁ!」と言いながら抱きついてくる。
俺の胸に顔を埋めて、グリグリと頭を擦りつけてくる黒衣が可愛らしく、詩庵は優しく頭を撫でるのだった。
『ねぇ。ちょっとイチャイチャしすぎじゃない?』
そう言いながら腕を組んみながら、生方さんが俺のことをジト目で睨んで来た。
彼女はキリッとした顔立ちをしている、クールビューティなので、睨まれると実は本当に怖かったりする。
しかし、厳しい顔をしたのは一瞬だけで、すぐに優しい笑みを浮かべて俺の顔を見つめてくる。
生方さんの笑顔は今までも見てきたが、そのときよりもとても素敵だったので、俺はつい彼女の笑顔に見蕩れてしまった。
俺の間抜け顔を見た彼女は『ふふっ』と笑いながら、その場に正座をして軽く頭を下げる。
『神楽くん。黒衣ちゃん。家族の敵討ちをしてくれて本当にありがとう。多分これでみんなも少しは救われたと思うの。そして、もちろん私もよ』
「生方さんの顔を見て、憑き物が取れた感じは伝わってきたよ」
『うん。本当にスッキリしちゃったわ。全て貴方のお陰よ。もう一つ我儘を聞いて貰えるなら、私の魂が消滅するまで、一緒にいさせて欲しいな』
そうだった。
彼女は幽霊で、このままいても近い将来魂が消滅してしまうのだった。
俺はその事実を思い出して、胸が張り裂けそうになってしまう。
怪に家族全員殺されて、自分だけ魂になって孤独になり、それでも復讐のために怪を追い続けてた彼女の行き着く先が消滅だなんてそんなのは辛すぎる。
「あ、あぁ。もちろん一緒にいるよ。生方さんが良ければずっと居続けてくれてもいいんだ」
『ありがとね、神楽くん』
生方さんは正座のまま、また軽く頭を下げる。
俺の隣には、生方さんが話を始めるまで頭をグリグリ擦り付けていた黒衣が、真剣な顔をして生方さんのことを見つめていた。
「生方さん。貴女が望めばこの世に居続けさせることが出来るかもしれません」
その言葉を聞いた生方さんは、驚きのあまり手を前に付いて前のめりになって「本当に?」と声を上げた。
「そんなことができるのか! それってどうすればいいんだ?」
今まで一言も、消滅を免れる方法があると口にして来なかった黒衣の発言に、俺も驚いてしまう。
「それは、生方さんにも神器になって頂くのです」
「は? 神器って? 黒衣も人の魂を神器にする術を使うことができるのか?」
「はい。その術式の名前は『神器封魂』と言います。この術式は、私ともう一人の陰陽師が一緒に開発しました。私の霊装では出力が足りずに実際に使うことが出来ませんでしたが、詩庵様の協力を得られたら成功する確率は高いでしょう」
「そう、なのか。けど、生方さんはどうなんだ? 神器になったら戦い続けることになってしまうが……」
『可能性があるなら、私を神器にして欲しい。神楽くんにもらった恩を返す……いいえ、私は貴方の力になりたいの。だから、一緒に戦うことが出来るなら、私にとってそれはとても嬉しいことなのよ』
生方さんの目には迷いが一切なかった。
正直この戦いに巻き込んでしまうことに躊躇いがないと言えば嘘になる。
それでも、生方さんは俺と一緒に戦ってくれると、力になりたいと言ってくれたのだ。
そんな彼女の意志を俺が否定するわけにはいかない。
「――分かった。それでどうやったら生方さんを神器にすることが出来るんだ?」
「まずは、魂の器になる刀を用意する必要がございます。詩庵様が使用される武器になるので、黒天と同等の力を持つ刀にするべきでしょう」
「黒天と同等の力か……。そういえば、前に黒天を打った刀工の名前を思い出したって言ってたよな? その刀工ってまだあるのかな? 今チップで検索してみたんだけど、探せなかったんだよな」
「申し訳ありません。今の彼らがどうなっているかは、私には分からなくて……。凛音さんに調査のお願いをしてみるのはどうでしょうか?」
「おっ、だな! じゃあ今すぐ凛音にメッセージ送ってみるわ!」
『ちょっとその前に良いかな!』
早速凛音にチップアプリのNINEで連絡しようとしたのだが、生方さんから凄い勢いで止められてしまった。
生方さんの目はとても真剣で、真っ直ぐ俺の方を見ている。
それはそうだよな。
だって、自分の器になる武器なのだから。
それなのに、生方さんを蚊帳の外に置いて俺たちだけで決めるなんて、彼女の意志を全く尊重していなかったな。
俺は自分の身勝手さに気付いて、とても反省してしまった。
「あぁ、大丈夫だよ。生方さんの意見を聞かせてくれ」
『うん。じゃあ、言うね。――わ、私もみんなみたいに下の名前で呼び合いたいな!』
「――ん? ごめん。もう一回言ってもらっても良いかな?」
『え? だ、だから、私だけ苗字で呼ぶのってちょっと疎外感あるなって思ってて。だから、みんなともっと仲良くなるために下の名前で呼び合いたいなって。――だ、だめかしら?』
ひょっとしたら『やっぱり神器にはならない』とかそういう話なのかな? って思ったのに、まさかの呼び名のことだった!
俺はまさかの提案に驚いてしまったが、真剣な表情で提案をして、徐々に弱々しくなっていった生方さんがとても面白かったので、ついつい「あっはっはっはっは」と大爆笑をしてしまった。
そして、俺の隣でも黒衣が「クスクス」と上品に笑っている。
そんな俺たちの姿を見た生方さんは「もう何なのよ! 真剣に相談したのに笑わないでよ!」と頬を膨らませている。
俺はこの雰囲気がとても心地が良くて、これからもずっと続けば良いなと心から思ってしまうのだった。
―
「黒衣、瀬那。ちょっと来てもらってもいいか? 凛音から早速情報が届いたぞ」
話が終わった後、俺はすぐに凛音にNINEで連絡をして、黒天を打った刀工がまだ存在しているのかを調べてもらったのだ。
ちなみに黒天を打った刀工の名前は、『
以前は杜京よりも西にある、京の街の山奥で刀を作っていたらしい。
そこには、たたら場もあって自分たちで玉鋼を作って、刀まで仕上げていたとのことだった。
そして、凛音から「調べてみるね」と返信が来てから約15分後に、「分かったよー」と連絡が来たのだった。
それにしても仕事が早すぎる……。
ぶっちゃけ俺は日を跨ぐくらいには時間がかかると思っていたので、まだまだ凛音のことを過小評価していたらしい。
「さて、集まったな」
俺は、影から出てきた黒衣と瀬那の顔を見て、凛音からの報告を伝えた。
凛音曰く、天斬はまだ現役の刀工として刀作りをしているらしい。
場所も変わっていないらしく、天斬の場所を示す地図と一緒に、衛星写真も添付してくれた。
確かにたたら場からは煙が出ていて、まだ現役で稼働しているようだった。
「凛音さんは本当に凄いですね。詩庵様が探しても見つからなかった情報を、こんな短時間で見つけることができるのですから」
「本当だよな。凛音がいてくれるから、俺たちの行動に無駄も無くなるし感謝しかないな」
俺と黒衣が凛音のことを褒めちぎっていると、瀬那が不思議そうな顔をしてこちらを眺めていた。
『凛音ちゃんって、そんなにも凄い人なの?』
「あっ、そうか。普通に自己紹介しただけで、凛音がどんなことをしているのか話したことなかったよな。大丈夫だとは思うけど、念の為凛音のことを瀬那に教えていいか聞いてみるな」
そう言ってNINEを送ると、凛音からはほぼノーレスで『もちろんだよ。だって仲間だもん』と返事が届いた。
それにしても、やはり凛音は学校で仲間外れにされたことを引きずっているのではないだろうか……。
恐らく当の本人はネタ的な感じで使っているのだと思うが、凛音が以前からの友達から仲間外れにされてしまった原因は俺にもあったので、ちょっと申し訳ないなと未だに思ってしまうのだ。
うん。
明日の放課後に凛音を誘って、カフェでスイーツをご馳走しよう。
今までの感謝もしっかりと伝えないとな。
まぁ、その前に凛音から許可をもらったことだし、瀬那に凛音の秘密を説明するか。
俺は凛音が凄腕ハッカーであることや、これからクランを作ってやろうと思っていることなどを話した。
凛音がハッカーだと知った瀬那は驚いていたが、後半のクランを作ってハンターランクを上げるという話にはとても食いついてきた。
どうやら瀬那は、生前クラスメイトと一緒にパーティを組んで、ダンジョンの中に潜ったりしていたらしい。
なので、自分がハンターになるわけではないけど、神器として同行することが出来るのが楽しみになったようだ。
――クラスメイトのパーティメンバーか。
俺は優吾が率いる『龍の灯火』のことをふと思い出した。
もし今の俺がハンターをガチでやったら、多分優吾たちのハンターランクはすぐに越せるだろう。
あいつらやクラスメイトが俺のことを無能と言ったことは忘れていない。
(あいつらを見返してやりたい)
自分でも小さいやつだとは思うが、あのとき感じた俺の負の感情は今でも心の奥底で燻っていたのだった。
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