013:黒天

 冬休みに突入して、気付けば年越しも終えて新年を迎えていた。

 しかし、俺には三が日など存在せず、毎日ひたすら霊装制御と流、そして黒衣との組手に時間を費やしている。


 あっ、冬休みといえば学期末の成績表やら、プリントやらが一式入った封筒が俺の家の郵便ポストの中に入っていた。おそらく誰かが届けてくれたのだろう。

 俺がサボって修行しているせいで、誰かに迷惑を掛けてしまったのはちょっと心苦しかった。


 それにしても誰が届けてくれたんだろう。

 先生が第一候補だと思うんだけど、先生だったら恐らく様子を見るために連絡を寄越すことだろう。他に考えられるとしたら、一番家が近所にある美湖だと思うのだが、もしそうだったとしたら俺は心から会わなくて良かったと思ってしまう。

 それくらいあの日の美湖の目は、俺にとってトラウマになっていたのだ。




 ―




 新年を迎えてから数日が経ち、冬休みも気付いたら今日を含めて残すところ3日というところまで来た。

 残り僅かの時間を無駄にしたくなかったので、今日も今日とて怪の国の寺院の中で霊装制御の修行を朝から行っていると、黒衣が改まった顔をして「お話をしたいことがございます」と言ってきた。

 その黒衣の表情がいつになく真剣だったので、俺は何事かと思ってつい身構えてしまう。



「改まってどうしたんだ?」


「まだ冬休みは終わっておりませんが、約三週間の修行本当にご苦労様です。ここまで成長されるとは、この黒衣正直思っておりませんでした。私は詩庵様の元に顕現し、本当に幸せだと日々感じております」


「おっ、おぅ。俺も黒衣が来てくれて、本当に良かったと思ってるよ。修行だけじゃなく、いつもご飯作ってくれたりしてるし、心から感謝してる」


「も、勿体ないお言葉です」



 そう言って少し頬を染める黒衣だったが、すぐに持ち直して話を続ける。



「――さて、本日は、この三週間の修行の集大成として、詩庵様に試練をご用意致しました。この試練に無事通過されましたら、明日からは霊獣と戦って頂きます」


「試練?」


「試練と言いましても、詩庵様の身に危険が及ぶものではございません。詩庵様にはこれから武器をお渡ししますので、そちらを振るって怪の国で一番硬い鉱石だと言われている、『アダルガイド』を斬って頂きます」


「それってどれくらい硬かったりするんだ?」


「どれくらい、とは表現が難しいところではございますが、日国一の剣豪がこの試練に立ち向かっても、一生斬ることがないくらい硬いです」



 日国一の剣豪がやっても失敗しちゃうの?

 そんなの無理じゃん!

 だって、昔から剣術をやっていたとはいえ、そんなお方と比べたら月とすっぽん、提灯に釣鐘ってやつですよ。



「く、黒衣さん。そんな鉱石を俺如きが斬れたりするものなのでしょうか?」


「はい。詩庵様なら必ず斬ることが出来ると信じております」



 スクッと物音を立てずに、静かに立ち上がった黒衣は「着いて来てください」と言って、寺院の外に出てしまう。



「この試練の場は、結界の外にございます。距離は然程ありませんが、霊獣に見つかるのも厄介ですので、私の能力を使用して見つからないようにしたいと思います」



 黒衣が手を伸ばして、俺の手を握ってくる。

 実は女の子と手を繋ぐのは初めてだったりする俺は、少しドギマギしてしまったのは秘密だ。



「――霊装断絶」



 黒衣が抑揚のない声で、能力の名称らしき言葉を口から零した。

 しかし、特に変わったこともなく、これで本当に霊獣から気付かれなくなったのか判断出来なかった。



「これで霊獣とかに見つからないのか?」


「はい。この能力は、我々の気配を消して、相手からの認識を阻害するというものです。持続時間は一時間程度で連続で使用することはできません。2回目を発動したい場合は、最低でも一時間の間を空ける必要がございます」


「それでもかなり優秀な能力だよな。これがあれば隠密行動とかし放題じゃん」


「ただ、あくまで認識を阻害するだけなので、本当に消えているわけではございません。なので、もし身体に触れられたりすると、余程鈍い方ではない限り気付かれてしまうので注意が必要です」



 俺は黒衣の説明を聞きながらも、やはり有能な能力だなと思ってしまう。

 だって、ダンジョンとかでどうしても脱出しないといけないシーンとかで、この能力を使えば一時間は気を付ければ魔獣にバレることなく脱出ができるようになるのだから。


 その後俺と黒衣は手を繋ぎながら、森の中を歩き続ける。

 これで霊獣が一回も出て来なかったら、ただの手繋ぎデートみたいだな。

 そう考えると、なんだかめちゃくちゃテンションが上がってきたぞ!


 なんて、そんな邪なことを考えいたら、黒衣が「霊獣がこちらに来ます」と言ってきた。

 さっきまでの浮ついた心なんて一瞬で飛んで行ってしまい、ピリッとした空気に包まれる。


 俺と黒衣は木々の影に身を潜めていると、遠くからズシンズシンと足音のような音が聞こえてきた。


 あ、あれが霊獣なのか……。


 俺がダンジョンで戦ってきた魔獣なんて比較にならないくらい――ヤバかった。

 俺は霊獣を見た衝撃が激しすぎて、借りて来た猫状態で呆然と森の中を歩いていた。



「く、黒衣さんや。霊獣って全部があんなに大きいのかな?」


「そんなことはございません。犬よりちょっと大きいくらいの霊獣もおります。ですが、大きさは強さとは比例しませんのでお気を付けください。ちなみに、先ほどの霊獣は然程強くはございません。この試練を越えられた詩庵様なら確実に屠れる相手でしょう」



 マ、マジですか?

 俺あんな化け物倒せるようになっちゃうの?

 正直、ここに来てから、黒衣と組手しかしてないから、自分がどれくらいの強さになっているのか全然分からないんだよね。

 組手では黒衣にいつもボコボコにされるだけだし……。


 俺は脳内で、あの霊獣と戦っているところを何度もシミュレーションするが、結局一度も勝つことなく目的地の洞窟まで着いてしまった。

 実際に歩いた時間は30分程度だったと思うが、想像以上に濃い時間になってしまったな。



「こちらがアダルガイドでございます」



 洞窟の入り口から20分ほど歩いたところに、怪の国で一番硬いと言われている鉱石の結晶があった。

 その中でも一際大きなアダルガイドまで行って、「こちらを斬って頂きます」と黒衣が言う。

 そのアダルガイドは、俺の身長の倍以上もありそうな、とても立派な結晶体だった。



「そういえば、刀とか持ってないんだけど、何でこれを斬ればいいんだ?」


「私を振るって、目の前のアダルガイドを斬って頂きます」


「………………はい?」



 黒衣を振るってこの鉱石を切る?

 何言ってるのかな、この子は。

 俺が黒衣の足首を掴んで持ち上げて、思いっきり頭から叩きつければいいのかな?

 ってそんなことできるわけないじゃん!



「詩庵様には、まだ私についてお伝えしていないことがございます」



 あっ、この雰囲気は、ガチで重要なことを話す時の黒衣さんだ。

 まだ黒衣と知り合って一ヶ月も経っていないのだが、ここまで毎日一緒にいると流石にそれくらいは分かってくる。

 こ、今回はどんな衝撃発言をするのだろうか……。



「いきなり私のことをお話するまえに、以前簡単にお話させて頂いた霊器と神器について説明をさせて頂きます」


「あぁ、自分の霊装と同じ系統の武器しか使えないって言ってたやつだよな。だけど、俺は無個の霊装だからどの系統も使えますよって」


「その通りでございます。まず最初に、そもそも武器なのになぜ霊装が発動しているのかという点ですが、実は霊器と神器には生き物の魂が入っているのです」


「武器に魂って、なんか付喪神みたいだな!」


「そうですね。付喪神とは、元々陰陽師が使用していた武器、つまり霊器や神器を元にして創作されました。物語の中では付喪神は人を誑かすモノとされていますが、元となった霊器と神器は人と共に怪と戦う武具だったのです」



 思いつきで言ってみた付喪神が、まさか本当に繋がっていたとは思わなかった。確かに陰陽師前世っぽい時代と、付喪神のことが書かれた物語の時期って一致するんだよな。

 また俺は歴史と対面してしまったと言うことなのか……。



「次に霊器と神器の違いですが、こちらは中に入っている魂に違いがあります」


「魂に違いなんてあるのか?」


「霊器には、人間以外の生き物の魂が入っております。そして、神器には、人間の魂が入っているのです」


「に、人間の魂が武器に入るって、そんな事有り得るのか? 前に言ってた、輪廻転生から外れちゃってるじゃん!」



 以前黒衣は生き物の肉体が死ぬと、魂となって新しく肉体に宿ると言っていた。そして、その理から外れたのが怪になるとも。



「その通りでございます。神器に入っている魂のほとんどは、人間から神になった者の魂でございます。なので、神の器と書いて神器と呼ばれております」


「な、なるほど……。だけど、黒衣はさっき、ほとんどはって言ったよな? これって例外もあるってことなのか?」


「一つだけ例外がございます。それは、術式により人間の魂を神格化して、武器に入れるという方法です」


「人為的に人間の魂を武器に入れちゃうって……。それ普通にヤバイやつじゃん……」


「もちろん強制的に魂を神器にすることはできません。相手の同意があって初めて実現ができる術式でございます。そして、その術式で作られた神器はこの世に一本だけです」



 無理やり人間を神器にすることはできないってことか。

 もしそんなことが出来てしまったら、たくさんの魂を犠牲にして神器を作るやつとかが現れかねないもんな。


 ――ん? ちょっと待てよ。ひょっとしてこの話の流れって……。



「ひょっとして、黒衣って――」


「はい。詩庵様がお考えの通りでございます。私は術式で作られた唯一の神器でございます」



 やっぱりか。

 だから、黒衣はさっき『私を振るって』なんて言ってきたのか。



「だけど、黒衣が神器だなんてまだ信じられないな……」


「私を神器にするには、主である詩庵様に私の刀の号――愛称のようなものを『来い!』と念じながら呼んで頂きます。そうすると私が刀となり、詩庵様の元へ顕現されます」


「分かった。じゃあ、黒衣の号を教えて貰えるか?」


「はい。私の号は『黒天こくてん』です。黒衣という名と共に愛して下さいませ」



 恭しく頭を下げる黒衣の頭をポンッと叩いて、俺は右手を横に突き出し『来いっ!』と念じながら号を口にする。



「黒天!!!!!」



 黒衣の身体が黒い靄に包まれたと思ったら、その瞬間に右の掌の中に暖かな感触を感じた。


 俺は右腕を目の前に持っていくと、鵐目から切っ先まで漆黒の刀が俺の掌に握られている。


 ――これが黒天なのか。


 俺は今まで剣術をやってきたこともあり、真剣を目にする機会もあったのだが、ここまで威圧感のある刀は見たことがなかった。



『無事に顕現することができましたね』


「うおっ!」



 俺が黒天に見蕩れていると、頭の中に黒衣の声が直接響いてきたのだ。

 こんな経験初めてだったので、声を出して驚いてしまう。

 俺は混乱をして周りを見渡していると、『私に意識を向けて話し掛けて頂くと、念で会話をすることができます』と教えてくれた。


 えっと、黒衣に意識を向けるってことは、黒天に意識を向けて話し掛けたらいいんだよな。



『黒衣、聞こえるか?』


『はい。しっかりと聞こえております』


『良かった! じゃあ黒天になっても会話ができるんだな。これは予想以上に嬉しいな』


『ふふっ、そう言って下さると、黒衣もとても嬉しく思います。服装などが変わられているので、違和感があるかも知れませんが、すぐに慣れるかと思うのでご了承くださいませ』



 そう言われて初めて俺は、自分の服装が変わっていることに気が付いた。

 さっきまで、普通のスポーツウェアを着ていたのに、黒天を握ってから上下真っ黒の袴になっていたのだ。

 さらに、髪の毛が異様に伸びていて、所謂ロン毛になっている。



『――なにこれ?』


『黒天の霊装の影響でございます。詩庵様の霊装と混ざり合ったことで、このような変化が生じました』



 完全に独り言だったのだが、俺の質問に律儀に黒衣が答えてくれる。



『これって、霊器や神器を持つ人は全員がこんな感じで変身しちゃうのか?』


『いえ、これは無個の霊装のみでございます。同じ系統の霊装を武器に持っているものは、このような変化は起こりません』


『本来は同じ霊装じゃないと使えない神器を、無理やり使えるようにしてしまったので霊装同士が反応してしまうってことなのかな』



 まぁ、考えていたって分かるわけもない。

 今は目の前にある、アダルガイドをぶった斬ることだけを考えよう。

 俺は改めて意識をアダルガイドに向けて集中した。


 ――まずは一刀を全力で叩き込んでみるか。


 そう思った俺は、中段で構えた後に目を閉じて全ての意識を黒天に集める。

 呼吸が整ったと感じた瞬間に目を開き、思いっきり足を踏み込んで黒天を振り下ろした。



 ガギィィィィン……



 俺が全ての力を注いで放った一刀は、アダルガイドに傷一つ付けることが出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る