第53話 情熱大塊
時は夕暮れ時の河川敷に2つの塊、
カラクリ兵と人間が観客なき追跡劇を繰り広げている。
追いかけているのは機甲の方。
征十郎は目標とする生身の人を狙う。
ブレードを1人の男に突き付ける。
「もう逃げられねぇぜ、
「・・・・・・」
目標としていた人間の正体はビ・エンド。
学園に滞在していた男だった。
自分は厘香から知らされた情報を頼りにこの者を
密かに調査して重要人物の1人だと辿り着いた。
ホームレスという立場も噓、報告から懸念して
社会から浮世離れしたと見せかけた
オリハルコンオーダーズの関係者だったからだ。
男に動揺する様な顔付きが見られない。
やれやれといった落ち着いた様子で発言を始めた。
「私としたことが、陽動にかかるとは。
あえてACをこんな所に放置して回収を狙いに。
まさか、成らず者を装っている者がいたとはな」
「フリが得意なのはこっちも同じでね。
ガワの
5m離れた間からブレードを突き立てながら指摘。
エンドは空の策にまんまとかかっていた。
桃簾会はならず者のフリをしてオリハルコンオーダーズの
奇襲をわざと招き、実行役の1人となるエンドが
手をかけにきたところを待ち伏せしたのだ。
しかし、人を襲うのは基本的に悪魔だけで
人間が直にけしかけたらすぐに足が着く。
ばらまかれたACも次第に減っていたから
直に関係者が動いていたのか気掛かりではあった。
「だが、理解が追いつかねえな。
身バレ伏せるために社会に溶け込むのは当然だが、
下層に隠れる意味がからっきしだ。
何故、ホームレスのフリをしてまで
オリハルコンオーダーズに所属している?
洗いざらい吐いてもらおうか?」
「美しさへの追求だ。
混沌と化した現代社会に混入する
わずかな
エンドはかけ離れた発言をする。
男はACを人に当てはめた美術的概念のために
行動を続けていると言う。
「おいおい、何を言うかと思えば美しさだと?
で、対称的にホームレス風情なマネを?
なんだ、お前の組織はアーティスト集団なのか?」
「ガサツな生き物には理解できなくて当然だ。
外見=美という印象に囚われているお前達に
本質はつかめない」
「ますます言ってる事が分からんが、
要は結晶で
「そうだ、私はヨーロッパから派遣で来た者。
後に
日本に集中した宝石に混ざる結晶をヨーロッパに
還元するためにやって来た。
ただ、当初は個人の都合で来日したわけでなく、
元は所属する組織の意向で来ただけ。
内の一種で世界に影響を及ぼすACが判明し、
それを強奪する計画を打ち立てていた。
「ヨーロッパだと?
という事はお前・・・20年前の」
「私はスペインから派遣で来た者。
お前達のいうテロリストとよばれる組織の一員だった」
「だった?」
エンドは今、幹部の1人であるものの、
元とはまったく異なる所で関連はないと言う。
1992年、ヨーロッパの結晶を司る組織で
当初の目的は日本の結晶を根こそぎ奪う事。
バブル時代より世界中から買い漁られた宝石を
再びヨーロッパに集中させ、世界の実権を握る。
1つの結晶に大きな可能性を発見し、
ある一家のACの再確認するために来日したが、
途中で自身に意識変革をもたらした。
「ずいぶんと手荒なマネをしてくれたもんだな。
日本の結晶なんざ、全部根こそぎ奪えるわけがない」
「私達の規模を侮っては困る。
その気になれば、どんな国すらも追及する。
短命で終わりたくなければ消えるがいい」
「そうはいかねえな、お前達は俺の親の命を消した。
縦浜で散々好き勝手にやらかしたお前らならば、
徹底的に吐くまで追及しなきゃならねえんだ。
何なんだ、そのACってのは・・・イエ」
「サンセットファイアオパール。
自国の組織が喉から手が出る程欲しがっていた」
「御大層な名前だな。
んな、たった1つの結晶で何が変わるってんだ?」
「しかし、あろうことか偽物をつかまされた。
再び一から出直す羽目になる」
「それで何故、オリハルコンオーダーズに参加した?
ヨーロッパの幹部が日本にいるわけじゃねえだろ?」
「ああ、テロリストとは無関係。
私も幹部の1人で、人知れずに再び来日。
宝石業界の購入履歴より、組織の総合会議の下で
オパールの予想地域が晃京だと足を踏み入れた」
「買い戻しもしねえで直接強奪しに?
あんなやらかしすりゃ、まともに手に入るわけねえだろ」
「だが、オリハルコンオーダーズの側に強大なる
ACの素質者がいた・・・ボスだ」
「誰なんだ、そいつは?」
「私は一家と関係する者に近づき、
オパールの在り方を密偵し続けた。
だが・・・気付いてしまったのだ。
ACの
リーダーの名を答えずに自論のみを続ける。
透明の
アメジストとよばれる紫色の結晶はエンドに適応、
一瞬光ると頭部以外全身に紫の晶膜に包まれて、
酔いしれる様な発声で自己の美を吹聴した。
「ふぅ~ん、実に美しいぃ。
身体と結晶との接点を導いてくれた彼らに、
多大なる感謝をしなくてはな。
が、彼が内包しているのはただの炭素ではない。
何者、何物にも曲がらぬ強固な意思。
共有結晶が意識を遠のかせる程、狂おしいまでに
心をかき乱していった」
そして、接触したある人物との出来事から
オリハルコンオーダーズのボスの思想に感化。
誰よりも固く、誰よりも強い意思に心酔され、
次第に結晶の在り方の価値観が変化し始めた。
「和の文化に
お嬢の言う通り、難しい二字熟語も理解してたから
身元がバレたんだろうが。
お前らの国が単純に物質主義なだけだ」
「否定はしない。
肝心なのは結晶そのものではなく、人との融合。
有機物と無機物の絡み合う果てに、
「・・・・・・」
「だから、オリハルコンオーダーズに就く事にした。
ヨーロッパ組織を抜け、ボスの側に居る方が
より美しい世界を観る事ができる」
男は新たな価値観を得られた喜びで鞍替えしたのが、
ここにいる理由の全てのようだ。
かつての侵攻者すら取り込ませる程の男とは、
相当な器や能力をもつらしい。
「そういうモンか。
でもよ、向こうの掟を破って良いのか?
裏切りが死罪なのはそっちも同様だろうよ」
「問題ない、連中にアブソルートの融解法は理解できん。
ボスの理想が叶えば、向こうの介入など不可侵。
目的を果たすまで足止めできれば良い」
「何?」
「私の肉体はACで満たされている。
だが、悪魔などという下品な
毛頭交わす気などない!」
「ハハハハハ――」
シャキン
「寝言は寝て
自分は瞬時に接近してブレードを横薙ぎする。
しかし、回避された。
強斬り一撃は無効のようで、ダンスの舞いの様に
刃は肉を斬らずに空を斬らせてゆく。
「遅い、軌道が見え見えだな」
「くっ!」
不意打ちもすでに予想されていたようで、
簡単に当てられず。パーマ頭の言う通り、結晶の補正で
打点にブレが消えた様な捉えにくさが分かる。
遭遇からひたすら逃走したのも、おそらく身体能力を
精査するためにあえて試していたのだろう。
または人気のない場所までおびき寄せられたか、
今までは悪魔のみ刃をかけてきたが、
今回は人間を相手にする。
聖夜とは違い、手加減する
相手もとうとう戦闘態勢をとり始めた。
「肉体と結晶の和という
見せて差し上げよう」
「だな、おしゃべりはここまでだ。
俺も本題に入らせてもらおうか」
「オーレイ!」
周囲に人がまったくいない中、
装甲と結晶による人を超えた交戦は開始。
相手の身体から腕力はこちらに利がありそうで、
体当たり戦で対抗できそうと判断。
だが、両脚を広げて踏み込みを退けられる。
ブレードの縦斬りをスピンで回避。
刃の直線は円柱の軸としたように綺麗にかわされた。
「私も美しい、アメジストと共に美の
拝みつつ終わるがいい!」
(当たらねえ・・・)
自分にとって、打点を見込める体位が見つからず、
クニャクニャした関節が流動的なモーションに加え、
何より、正方形の紫色の障壁が瞬時に発生。
刀は身体を捉えたくも、歯切りを悪くさせている。
エンドはガードと同時に蹴りを放つ。
結晶の足は自分の装甲をたじろがせた。
「日本刀の美しさも理解できる。
が、私の御身には一筋もとどかん」
新体操を用いたモーションは大雑把な斬り口は無効。
大振りはまず当たらない。
下段構えから小手先で素早く複数こなす手段へ変更。
頃合いを図って上段斬りを狙う、が。
「ぐおっ!?」
剣先をわざと太股に当てさせた拍子でドロップキック。
自分の頭部に衝撃を受けて吹き飛んだ。
(空達の言い分がここで
ブレードが下部ばかりに留まるのを見越されたようだ。
細い脚とは思えない威力。
約400kgの圧力を受けて装甲は少し
いつの頃だったか、こうやってワンパターンな動きをする
自分の単調さを示されたのは。
内心、過去の出来事を振り返る。
組織の中でも、自分と空は同格とされるくらいの実力。
範囲攻撃に長けた空に対して、自分は接近において
最高の業を目指し続けた。
あいつと試合をしていた時の話。
「征十郎、お前の目線は率直すぎる」
まだあいつの目が見えていた頃。
剣を構えから足を踏みだす動きが単調だと言われた。
自分は相手の動きは肩から次にどこを動かすか
観ているにもかかわらずに視線が素直すぎるという。
一点の部分を1つ1つ見やるだけでは足らないのだ。
隙を突かれたように無影会長も横から指摘。
「お前は確かに決断力は誰よりも優れている。
だが、剣道は相手の
読み取られようものなら、容易く対応される」
「違いねえっす」
周りもあって
自分に会長は指摘。
“目を逸らしたら臆病者”だとみなされがちな世界で、
複数の打点を注視しないのは致命的だと言われた。
腕自慢だけでは技によって屈服される。
つまり、率直な動態はすぐに見切られる。
入門する奴らはたいがいそういったのばかりで、
そんな自分を
自分に託された1つの塊を活かすのが今だと悟る。
セラサイト、桜石とよばれる結晶は物理的衝撃を
一定間隔で場に停滞、留まらせる性質があった。
当時はまともに使い方が分からずに威力の予約だの
直接的に殴る以上の事などないと思っていた。
紫の身体を慎重に見直す。
先の剣先は一応とどいたので、無敵なわけでなく
下段攻撃は少なからず通用しているようだ。
腕を振って直接斬る威力を予約させ、
ここぞという時に一斉に放出させる。
(斬線を細かく付けながら)
しなやかな紫の合間に弱めに小振りを入れる。
当然、ダメージなんてない。姿勢を低く保ちながら
下段の構えをとり、わずかでも相手の腕や脚に
小さな傷跡を付ける。
さすがに同じように跳び蹴りをする気配はなく、
警戒されて少しずつ後退気味となる。
そこも予定通りに細く小さな一撃を継続。
ほんの少しでも当ててゆく。
「臆したか?
ささやかなかすり傷では私を倒せんぞ!」
「・・・・・・」
確かに血も流れない結晶の傷は身をまるごと
抑えない限り、布の叩き合いに等しい。
戦闘において進展もない光景そのものに思われる。
挑発的な言動にも耳を貸さずに小手先の動作を
こなして“来るべき時”だけを待つ。
あくまでも手の内を気取られないように、
単調な仕草、動作のみ見せつけるように。
そろそろか、20くらいの跡を残してから
ブレードを付属鞘に納めて腰を深く落とした。
「フンッ!!」
「なっ!?」
複数付けた傷跡に大きな衝撃が走る。
征十郎はACに斬撃の位置を予約させ、
タイミングを遅らせて威力を一斉に放った。
「共に散る思念桜ってね。
一歩ズレりゃあ、バレエも番狂わせになるわな」
「ヘルモッサアアァァ!」
首、腕、足、そして胴体は十字に亀裂が入り、
エンドの身体は分断。
スピンの回転力の勢いが相まって時差の反動により、
拍車をかけて桜溜まりが飛び散ってゆく。
流動的な動きも見切られず、エンドは跡形もなく散った。
紫色の結晶もあたかも砂の様に細かく失せていった。
(塊を身に宿すか、時代もここまで来たもんだな)
見識の狭さはこんな性格で勝利もさほど大きくない。
ろくに読み書きもしてこなかった自分だけに、
いつも新しいブツに回されて恨めしく思えてくる。
だが、そういった代物を使っているのはこっちも同じ。
そんな代償は奴だけじゃなかったようだ。
ビキッ
「がっ!?」
装甲の脚部に破損が生じる。
紫の結晶に鉄分を含んでいるのか、
相当な威力を受け続けていた。
オリハルコンオーダーズの1人にかなりの妙手。
実の親の敵討ちは果たせたものの、
完全勝利というわけにはいかなかったようだ。
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