第47話  去る風、そして集束無き光

2012年5月2日


「会長オオオォォ!」

「おやっさんッ!」


 1人の男が構成員の男達に看取られる。

無影は布団をかけ、床に伏せていた。

5月に入ってから父は容態が悪くなり、

竹刀も振れない危篤状態に陥ってしまった。

寝ている横になった姿勢のまま、自分に保管庫の方へ

指を向けて説明のない意味を示された。


「「空・・・あれを奴に」」

「ああ」


意味はすでに理解できている。

家宝の1つを持ってくるように示された。

元々、父は使用していなかった物だが、

相応しい者に託すべきだとさとす。

異論なくゆっくりと腰を上げ、確認しに向かった。



 同時刻、まばらにすれ違う人々の間を

聖夜は顔を隠しながら商店街を歩いていた。

周囲の目は不思議にもこちらを見ずに、

悪意もなくやり過ごせて場を許容できた。

自分が犯した事件に気付いていないのか、

とはいえ、もう学園にも行けずに

居場所は自宅か科警研の部署のみで行き来するだけ。

本当はこんな所で歩きたい気分じゃない。

だけど、自分にしかできない仕事だけは

世間に取り入る理由があるのだ。


(まだ見捨てられていない)


まだ必要とされている。

晃京解放の担い手として扱われているが、

そう、自身の中で思い続けなければ行動に移す事すら

億劫おっくうになるからだ。

彼らの一部から連絡がくる。

しかし、電話の相手は天藍会の者だった。


「・・・もしもし」

「「聖夜だな? 話がある、すぐに家に来い」」


どういうわけか、厘香ではなく空さんからだ。

兄から呼ばれるのは珍しいけど、事情を知ってか

話し合いをしたいらしい。

また偽の電話じゃないのかと疑うも、

しっかりとした話し方で本物らしい声だから良いだろう。

このタイミングで行ったところで、何を話そうというのか。

殺人の件で締め上げを受けるのか。

とても重たい足取りで正倉院家に向かった。



「こんにちは、聖夜ですけど」

「頭ァ、星の来場です!」


期待なのか、犯人なのか、どっちつかずな言葉で

案内される。

こういったシチュエーションは良い空気を感じない。

どうせ、ヤキ入れをするつもりだろう。

絶縁覚悟で広い庭の中で立つ。

空さんが縁側までやってきた。


「あの・・・」

「大変だったろう。

 今、お前が思っている事くらい分かる」


この人ならではの勘で心境を読み手する。

あの事は抑えさせ、今の話題ではないと言う。

では、ここに来させたのは何故か?

内容は彼の父、無影会長についてだった。


「何かあったんですか?」

「父が倒れた」

「・・・親父さんが?」

「ああ、人員を整理し直している最中だ。

 お前の方はどうなんだ?」

「去年からずっと同じ作業を繰り返しています。

 悪魔を討伐し続けてはいるんですけど、

 基を出す相手もどこにいるのかまったく。

 でも・・・今の俺にはとても」

「こっちと似た様子だな。

 議事堂前で色々あったらしいが、

 そんなお前でも、俺達の組織はまだ見込んでいる。

 何が起ころうとも、可能性を捨てるわけにはいかない」

「まだって?」

「その理由は・・・おい、良いぞ!」

「え?」


ガシャン


「このロボットは!?」


かれこれ2度は遭遇しただろう、カラクリ兵が

上から飛び降りてきた。

頭部の装甲がスルスルと溶けるように解除する

顔を見て自分は重かった顔が一転する。











「あんたは・・・都心の時の!?」


野次馬に絡まれていた時に助けてもらった人。

白スーツの男が顔だけ薄桃色の機体から表れていた。


「まあ、そういう事だ。

 お前の様子、遠巻きから観させてもらっていた」

「という事は・・・やっぱり厘香はコレと!

 いや、あんたと連携してたって事か!?」

かけい征十郎せいじゅうろう

 出来立ての桃簾会とうれんかい会長を務めている。

 訳あって空と秘密裏に行動していた」


カラクリ兵の正体は筧征十郎。

武田陸将補が挙げていた新興組織はこの人が

率先していたもの。

つまり、天藍会は始めから桃簾会と手を組んでいた。

しかし、手を組んでいるのに分裂したなんて

普通に考えてもおかしい話。

これが無影さんと何の関係があるのか分からない。


「ちょ、ちょっと待ってください!

 元々は1つだったと陸将補の人が言ってました。

 どうして分裂したんですか?」

「AC絡みだ。

 単純に言って、内部抗争が発生した。

 リソース、役員保護の分配からいざこざが生じてな」

「行き詰った守られる側の役員による繋がりで、

 新型兵器を製造しているらしい。

 かなり早い段階で規格されたこの機体も、

 自衛隊から流れた提供のプロトタイプの一部として

 横流しするように俺に任された。

 公権がおおやけにできない仕事もこっちに回してな」

「でも、結晶を利用した兵器なんて初めて聞きます。

 大人の機関でACに深く精通しているのは

 マーガレット主任くらいしかいないって」

「当然お前の所も関わってるだろう?

 非科学じみた研究機関なんぞ、そう多くはない。

 あの女こそが、着手していたのだろうがな」

「だが、近日から流れが変わった事に気が付いた。

 警察の中にも何か仕込んでいる奴がいる。

 だから、俺はわざと分断させて2つの組織から

 目を見張らせる策を思いついた」

「策を?」

「分散による目暗ましだ。

 1つの組じゃ、あっけなく探られるからな」

「本当なら5つに分けたかったが、統制が利かなくてな。

 ここも、いつリソースを狙われるか分からん。

 公権で宝物を横領しにくる奴らも現れる。

 ・・・で、父がお前にある物を託すそうだ」

「宝木刀ミストルティン。

 代々から正倉院家に伝わる光剣だ」


なんと、ここにはAC以外の代物があった。

天藍会は結晶の他にも伝統の備えの1つを

自分に与えてくれると言う。

腑士山樹海の奥地で鍛錬されたという木でできた

不思議な性質の刀が代々から展示されていたらしい。

結晶でもない物が特別な力をもつのは意外で、

光一も普通ではない本を持っていたから、

植物にも何かしら秘めているのか。


「光の剣ですか?」

「悪ガキリーダー、ヘヴンズツリーでの戦いをて、

 今までお前の太刀筋を見込んだんだろう。

 これを任せても良いんじゃねえかってな」

「そんなすごそうな物を俺に?」

「決めたのは父だ、フェンシングをしていただろ?

 剣道に精通する由縁かどうかは分からないが、

 託したかったんだろう。

 剣を捨てた俺じゃなく、お前にな」

「会長が?」

「すでに元会長だ、会長を継いだのは俺。

 父は体調が悪化して寝たきり状態になっている」

「え!?」


無影さんは剣道8段くらいと聞いていた。

扇で風を生み出す空さんはすでに剣道を辞めていて

征十郎さんに持たせれば良いのではと思うが、

適性の合わなさで帯刀できないらしい。

聞く前に本人が事情を語る。


「たまたま光に見合う者がいないだけだ。

 伝説の1つとして形式上ここで置いてあるから、

 こいつも性に合わない・・・だと」

「というのが正倉院家の用事だ。

 ・・・後は俺からの用件。

 ブツをわたす前に、一丁手合わせしてもらおうか」

「・・・え?」


征十郎さんと試合しろと言う。

生身でロボットとやり合おうなんて無茶が過ぎる。

それに持ち前の武器は銀ナイフでは短く、

リーチのある他の3つくらいだけだ。

例の木刀で使わせてくれそうにない。

相手は機体だが、ピエトラは石化してしまうし

ラーナは呪いで内部に侵食させる恐れがある。

毒なら無機質に通用しなさそうなので、

一応クラーレでやってみようと試した。


「これで良いですか?

 特殊な効果がありますが、今のあんたには

 致命的にならないと思います」

「水完公園にあった物か・・・上出来だ。

 結晶から造った得物に少々興味があったんだ。

 来な!」


庭園で試合は始まる。

動きはすでに以前から見ているので、予想できたが

あの瞬発力から、両手ではすぐ踏み込めにくい。

予想通りあっけなくいなされた。

自分の細い腕力で到底かないようがなく、

ブレードの大回りの力強さには勝てない。

刃の逆側でひっぱたきにかかる様は

ある意味、罰を与えている看守に思えた。

当然、相手も手加減しているだろうし、

殺される心配はないものの、剣圧は成人男性のそれと

大きく違って吹き飛ばされそうだ。


「背後、見えてるぞ」

「がっ!?」


さらに平で背中をひっぱたかれた。

先から腕や脚、あげくに背中ばかり狙われている。

手をこまねいている余裕をもてず、

後ろめたさに囚われているわけにはいかない。

腕を振り下ろした瞬間を狙って突きを繰り出すか、

フェンシングの特技を活かそうとした。

だが、縦斬りしようとせず、簡単に胴部をさらす

隙を見せようとしない。

致命を避けたミネウチなのは理解できるが。

ただ、自分もやられるばかりではなかった。


(機械を身に付けてるから、内側のねじれが遅いか)


鉄をまとってるせいか、初速は遅い。

腕より外周は非常に速いものの、人体の内側の間合いには

ゴテゴテの硬さで後手後手となりがちだ。

リビアングラスで瞬時に懐に潜り込む、

からのステップで許容範囲とばかり肉体の滑らかさで

ここでグリーンフローライトを発動して横に回り、

クラーレを胴にカツンと当てる。


「はあっ、はあっ・・・とどきましたよ?」

「!?」


ダメージを与えたかどうかなんて問題じゃない。

元から生身で機甲とやり合おうというのが間違いで、

倒しようもないから、一太刀入れるだけで精一杯だ。

もちろん、徹底的に力尽きるまでできない。

破壊してまで決着を付けろなんてごめんだ。

試合の判定としてこの一撃に合否が?

御相手の人は手を止めて発言した。


「んんん・・・まあ、良いだろう。

 空、わたしてやりな」

「ああ」


どうやら合格したようで、光剣を使わせてくれるという。

まだ武器を手に入れられるとは思いもよらず。

空さんがすでに奥から持ってきた木の長剣をわたされ、

両手で持ってみると。


「ぐっ、重い!?」

「あんまし光らねえな?」


今までと違ってずいぶん重たい。

まるで離れろとばかり手になじみにくい感じだ。

濃いめの茶色である物は木刀としか言いようにないが、

まったく振る事すらできない。

ACに収めていれば重さはなんともなくなるけど、

しこりができた様に少し変な感じにもなる。


「本当に、こいつに任せても良いのか?」

「親父の意向だ、わたせと言われたものをわたすだけ。

 どう使おうが聖夜次第」

「え、ええ・・・頑張って使わせてもらいます」


状態はどうあれ、自分が継続所持する事は変わらずに

そのまま所有を許された。

いつ有効に扱えるのかはいざ知らず。

理由が何であれ、刀の持ち腐れにならないよう

どうにかする必要が欠かさない。


それからというもの、最近の話に戻る。

先に空さんが語ったように、晃京を陥れた犯人を

見つける手段は変わらず塞がれたままだ。

天藍会も桃簾会もあまり状況は快くないという。

部下達も数人殺されて解決の目処も立たず、

今だに続く平行線をたどるだけだった。


「やっぱり、奴らの目処は付けられないんですか?」

「一言でいえば無理だ。

 あらゆる場所で構成員を回そうが、

 尻尾すら出さなくてな」

「奴らもそう簡単に姿を見せやしない。

 己らだけでなく、一般の連中を利用しながら

 人幕じんまくを奮っているだろうしな」

「結晶をバラまいては人の欲にけ込んで。

 俺達はまだふりだしのままで・・・」

「まあ、今日の用事はこれだけだ。

 後で言える近況といえば、都庁から出没する

 悪魔が次第に強敵になってるくらいか。

 数は減っているが、度々出やるのは一筋縄ではいかない。

 やたらと強硬な体をもつ奴らに通用できるのは

 ACしかないかもな。お前はどれだけ集めたんだ?」

「それなりの数くらいとしか・・・。

 手に入れても使っていないACもあります」

「持て余しもお互いってわけか。

 俺も何度か回収に失敗している。

 水完公園、ヘヴンズツリー、都心路地裏、

 結晶と悪魔は身近というが、直にこっちの世界へ

 誘い込んでるのが人間だから皮肉で仕方ねえ」

「確かに」


どちらも最近のACを理解しきれずに

やっとの事で扱えている言い方なのは気付いた。

素人も玄人も共に混じる晃京の中で、

事情や能力を反射し合う。

その中で自分達も一部として今ここにいると、

彼らは言いたげだ。


「どの道、人の多い場所でアピールしたくなるのが

 同じ人ってわけだ。

 オリハルコンオーダーズは必ず晃京内にいる。

 奴らも簡単に足が付かない方法を考えてるはずだ」

「警察や自衛隊がこれだけ時間をかけても、

 主犯どころか一派すら捕まえられないなんて。

 あんた達の方で何かつかめていないんですか?」

「個人情報までは分からん。

 これは俺達の勘だが・・・。

 近い内、あいつらはドデカい事やらかすってな」


結晶を目立つように一ヶ所に張り付かせるなど、

“計画を最後までやり切る自信がある”。

プロの勘であるかもしれない彼らの言い分は、

目視できない隠者の塊を空間の先を超えたように

視ているような気がした。

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