それぞれの想い

それぞれの想い 1

 モモはベッドの上に膝を抱えて座り、窓から月明かりを浴びていた。自分が魔法で感情を暴走させた時の事をなんとなく覚えている。


 自分はやはりムツヤ殿の事が好きなのだろうか。


 いや、命の恩人、村を救ってくれた恩人。強い戦士。そしてオークを偏見の目で見ない人間として考えれば確実に好きなのだろう。


 では異性として見た場合はどうなのだろうか。優しく純粋で、強いムツヤ殿。人間の顔は同じに見えるので美醜についてはよくわからないが。


 栗色で艶のある髪を指先でクルクルといじる。そして月明かりに照らされた自分の緑色の肌を見た。


 自分はオークとして産まれ育ったことを誇りに思っている。力強く、自然を愛し、自然と共に生きるオークという種族も自分の誇りだ。


 だが「もしも」と考えてしまう。自分の肌が薄橙色で…… それでムツヤと出会っていたらと。


 自分が情けない。戦士として戦わなくてはいけない、もっと強くならなくてはならないというのにこんなくだらない事ばかり考えてしまうことが。


 モモはどうしたら良いのかわからない感情を胸に秘めたまま、三角座りの膝に顔を押し付けた。




 ユモトはベッドの上でジッとしていた。なんだか寝付けない。


 横になるのは何となく好きじゃない、病気で動けなかったあの時を思い出してしまうから。


 お父さんには心配をかけまいと一緒にいる時は大丈夫そうに振る舞っていた。


 しかし、ユモトはムツヤに薬を飲ませてもらう3日前から父ゴラテが家にいない時には、トイレまで這って行って血を吐く程に症状が重くなっていた。


 今でも鮮明に覚えている、目の奥が痛くて頭痛がして、関節は全部痛くて。這いつくばってトイレに血を吐いた時の恐怖と弱い自分への情けなさ。


 全ての希望が消えていって、世界が灰色になって……。


 そんな世界から僕を突然引っ張り上げてくれたのがムツヤさんだった。


 僕にとってムツヤさんは勇者だ。助けてくれたことはもちろんだけど、僕が使えない魔法も触媒無しに軽々と使ってしまい、優しくて仲間思いで、本当に遠い遠い憧れの存在だ。


 そんなムツヤさんの仲間でいられることは誇らしく思う。その反面、僕なんかがムツヤさんの仲間としてやっていけるのだろうかという不安がある。


 ユモトはシーツを頭の上まで引っ張り上げた。


「お兄ちゃん」


 ヨーリィとムツヤは向かい合って寝ていた。ムツヤはヨーリィの手を握って魔力を送っている。


 そんな時にヨーリィの紫色の瞳が、暗い部屋で月明かりを反射してボウっと浮かび上がるようにまっすぐムツヤを見つめた。


「なに? ヨーリィ?」


 目をそらさずにヨーリィは言葉を続ける。


「お兄ちゃんは、サズァン様に会いたいって思いますか?」


 ムツヤはうーんと考えた。


「もう一度会ってみたいどは思うよ」


「そう」とヨーリィは言ってまた黙ってしまう。


「ヨーリィはマヨイギさんにまた会いたい?」


 ヨーリィは視線を逸して答える。


「はい、マヨイギ様には会いたいと思っています」


「そっかー…… あぁそうだ、俺に敬語使わなくてもいいからね」


 ムツヤが言うと「わかった」と返事をしてまた沈黙、そして言葉。


「不思議だね、100年も一緒に居たのに、たった数日会えないだけで会いたくなるなんて」


「そうだなー、俺もじいちゃんとずっと一緒に暮らしていたげど、少し会ってないだけで今、何してるか心配だもんな」


 ヨーリィはまたムツヤを見つめた。大きな瞳と長いまつげがくっきり見える。


「お兄ちゃんの家族はお祖父様だけなの?」


「あーそうだなー。お父さんとお母さんは小さい頃に死んじゃったみたいで、何も覚えてないな」


「私と、一緒だね」


 ヨーリィは特に表情も変えずに言った。


「ヨーリィのお父さんとお母さんも死んじゃったの?」


「私は生まれてすぐに奴隷として売られた。だから親のことはほぼ何も覚えていない」


「そっかー……」


 ムツヤは言葉が出てこなかった。奴隷というものがどういう物か本を読んで少しは知っていたし、こちらの世界でもモモから聞いて改めて悲惨な制度だと知った。


「ヨーリィはお父さんとお母さんに会ってみたいって思う?」


「いいえ、まったく」


 キッパリとヨーリィは否定する。


「私を奴隷として売った人間に、恨みはあれど情なんて無いから」


「そうか、そうだよね。ごめんねヨーリィ」


「それにどの道100年前だから生きてないよ。私こそ変な話をしてごめんね」


「いいよ、ヨーリィの話もっと聞かせて欲しいから」


 しかし、この後は特に会話がなかった、しばらくしてムツヤは眠ってしまった。


 ヨーリィは自分のことを不思議に思う、自分はこんなにおしゃべりだったかと。

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