勇者と裏の住人 2

 正論を突き付けられてモモも押し黙ってしまう。ヨーリィはちびちびとオレンジジュースを飲み続けるだけだ。


「アシノ殿はもう一度剣の鍛錬や魔法を学び直すつもりは無いのですか?」


 モモがそう言った瞬間、アシノは歯を食いしばり恐ろしい表情を作った。


「私が何もしなかったと思うかい? あの日から手が血まみれになるほど剣の鍛錬も、頭がおかしくなるほど魔法の勉強もしたさ」


 グラスを強くテーブルに置いて続けて言う。


「しかし、剣は素人以下、魔法は使おうとすると頭にモヤがかかったみたいになってどうする事もできない! お前にこの気持ちが分かるか!?」


 言われてモモは自分の思慮の浅さを後悔した。


「申し訳ありません! 今の私の発言は軽率でした」


 モモは立ち上がり、深々と頭を下げる。


「いや、私もちょっと気が立ってたよ、悪かった。座りなよ」


 そう促されてモモはまた一礼して椅子に座った。アシノは酒のおかわりを頼んだ。


「あ、もしかしていい手があるかもしれません」


 ムツヤは急に声を出した、皆の視線がムツヤに集中する。


「ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力でも戦えるかもしれません!」


「なーに馬鹿なこと言ってんだよ」


 酒で赤い顔をしたアシノがグラスをつまんで持ち上げながら全く興味が無さそうに言った。


「これ、じいちゃんは子供のいたずらに使うものだろうって言ってたんですけど」


 そう言ってムツヤはカバンから1本のワインボトルを取り出す。


「このビンのフタって何度抜いても次々生えてくるんですよ」


 それを聞いたアシノはピクリと反応しムツヤを見た。


「それは本当か?」


「えぇ、本当でずよ」


 半信半疑に机の上に置かれたワインボトルを見る。じーっと眺めること数秒、その後にアシノはワインボトルを手にした。


「物は試しだ、店の外で飛ばしてみよう」


 アシノは立ち上がると店の外に出る。皆もそれに付いて出ていく。


「とりあえず真上に飛ばしてみるぞ」


 そう言ってアシノは能力を使った、瞬間音が響く。通常ビンのフタを抜いた時のスッポーンという音ではなくパァンと何かが弾けるような音とともにビンのフタは夜空に消えていく。


 肝心のワインボトルはと言うとまたフタが付いていた。アシノは2発3発とビンのフタを打ち上げた。


 次に、木に向かって飛ばす。コルクがぶつかった瞬間。粉々に散ってその威力の高さが分かった。


「どうですか?」


 初めアシノは放心状態だった、こんな不思議なものがこの世にある事と、もしかしたら…… もしかしたら、これさえあれば自分はまた冒険者に戻れるのではないかという淡い期待があった。


「わかった。ムツヤこのビンを譲ってくれ。そうしたらお前達の今後について相談も手助けもしてやる」


「ありがとうございます! あ、あともう1本あるんで良かったらどうぞ。それと、そのビンは叩きつけても壊れないんでモンスターを殴るのにも使えるんですよ!」


 アシノは両手にワインボトルを持つ、はたから見れば何をしているのか分からない光景だろうが、それは勇者アシノが復活を遂げた瞬間だ。


「感謝しておく」


 バーに戻るとアシノは小さくそう言ってバーに戻った。


「それで、早速なのだが、この件は冒険者ギルドの幹部だけにでも伝えておいたほうが良いだろう。ムツヤが強いことは分かったが、個人では組織に勝つことはできない」


「あの、アシノ殿。それではムツヤ殿のカバンや道具がギルドや国に没収されてしまうのではないですか?」


 しばらく黙り込んだアシノだが、重々しく口を開く。


「確かに、その可能性は無いとは言い切れない。だがこのまま私達だけで問題を解決するのは不可能だろう」


「元はと言えば油断をしていた俺の責任です。それに俺の道具で皆が助かるんだったらこのカバンもあげまずよ」


「ムツヤ殿…… 私が飲みになんて誘わなければこんな事は……」


 モモは申し訳なさそうにうなだれた。しかし、それに対して意外にもアシノがフォローを入れる。


「最初から目を付けられていたんだろうな。遅かれ早かれカバンが盗まれるのは時間の問題だったと私は思うね」


 そう言ってアシノは手をパンパンと叩いた。


「辛気臭く悩んでたってしょうがないよー、今日は私が奢るから飲み直そう。どうせ明日にならなきゃどうなるかはわからないってね」

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