一番てっぺんに! 2

 タカクの言葉を聞いているのか聞いていないのか、ムツヤは倍速の魔法を使う。


 肩まで伸びた黒髪が全て後ろに逆立つ速さで塔へ走り出した。軽く見積もっても馬の数倍は早い。


 ムツヤにとって裏ダンジョンは最高の遊び場だ。塔の中のはずなのに大きな池もあれば、林も、砂漠も、谷もある。


 それらが毎回入る度に地形も変わり、誰かが丁寧に置いたかの様に使いみちの分からない道具や武器、それに防具や薬も宝箱も新しいものが落ちていた。


 その為、同じモンスターを倒すこと以外は毎日が新鮮だったので、祖父からたまに聞く外の世界にそこまで興味は無かった。


 そう、無かったのだが、とある本がムツヤを変えてしまった。


 それは冒険者がよりどりみどりの美女達と冒険をしてハーレムを作る小説だ。


 ムツヤが生まれてからこの場所には誰も人が来たことがない。


 しかし、何故かある日その本が家の前に落ちていたのだ。


 文字の読み書きが出来ないムツヤだったが、何故か指に付けていると文字が読めるようになる指輪が腐るほどあったのでそれを付けて本を読んだ。


 そして衝撃を受けた。



 この外の世界には黒く長い髪で、一見戦闘にしか興味が無いように見えて実は主人公が大好きなことを隠している女と。


 金髪を左右で結んで意地悪な事を言いながらも実は主人公が好きで好きでたまらない女が居ること。


 そして、見ると胸が高鳴る挿絵、祖父から話には聞いていた『女』とやらの挿絵の笑顔を見ると、ドキドキして夜眠れなくなってしまったこと。


 ムツヤは外の世界に出てみたくなった。


 そして、そのハーレムというものを作ってみたくなる。


 そんなムツヤだったが、この場所と外の世界は『けっかい』とか言う青白く光る壁で隔たれていた。


 これがまたやっかいで、剣で斬りつけても弾かれ、触ると電気が走って物凄く痛いのだ。


 脚力を魔法で強化して飛び越そうとしても、どこまでもどこまでも空高く壁は続いている。


 ムツヤは何度もその壁を壊そうとした。それはもう何度も壊そうとした。


 壊そうとして『スゲー爆発が起こる玉』を何度も投げつけた事もある。


 100個ぐらい投げつけてもビクともしなかった時はちょっとだけ涙が出た事もあった。


 そんなある時にムツヤを見かねてか祖父のタカクが言う。


「外の世界は危険だ、お前が行ってもすぐに怪物の餌食になってしまうだろう」


 組んでいた腕を崩してタカクは続けて言う。


「しかし、あの裏の塔の最上階にまで行けるぐらい力を身につけたらこの結界を解いて外の世界へと行かせてやろう」


 その言葉を聞いた日からムツヤは塔の最上階を目指す日々が始まった。


 物心が付く前から塔の60階までは冒険をしていたムツヤだったが、そこから先の階段には『触手だらけのキモいし臭いしデカイトカゲ』が居る。


 近付きたくなかったので、いつもそこまで行って帰ってを繰り返していた。


 それでも塔は毎回入る度に使い道も名前も知らないけど、面白そうな物がたくさん落ちている。


 そして、それを試して遊ぶモンスターも充分に居たので、遊ぶだけだったら退屈はしなかった。


 ムツヤは塔の外まで来るとカバンから鎧を取り出す。


 走る時に邪魔になるので装備はこの便利な肩掛けのカバンにしまってある。


 だが、カバンは剣を入れるには少し小さいように見えた。


 中身が入っていたとしても全然膨らみが無かったのだが、カバンから取り出されたムツヤの手にはしっかりと鎧が握られている。


 仕掛けは簡単で、このカバンは念じながら手を突っ込むと入れておいた物をすぐに取り出せるのだ。


 更にいくらでも入るし、食べ物や薬を入れても腐らないのでムツヤの大切な宝物だった。


 まぁ、宝物と言ってもこのカバンは年に1度ぐらいは落ちているので家には10個以上予備はあるのだが。


 その予備はただ家に置いても仕方がないので、1つはタカクが体調を崩した時にと薬をたくさん入れたカバンを作ってある。


 他には多くとった魚やモンスターの肉、食べきれなかった食事も入れておく食料の備蓄用に家に1つと。


 もう1つはカバンの口を広げられたままトイレの底に置かれている。こうすると臭わない上に虫も沸かず、肥溜めに持っていく時も楽なのだ。


 後はゴミ箱に2つ使い、残りは特に使い道が思い浮かばなかったので家のタンスに入れてある。

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