another time 15

落ち込んでいるショウは、段ボール箱が積まれた前に強引に座らされ、ナルシが開けた荷物を一つ一つチェックさせられた。何だか全て暴かれているような気がして恥ずかしい。特に下着。


しかも手錠は嵌められたままだった。


鍵を持っている颯人に連絡してもらったが撮影の仕事で連絡が取れないと言われた。

本当にそうなのか怪しかったがそう言われたから仕方ない。


持ち物、一箱目。必須の通帳とキャッシュカード、クレカと保険証の入ったカバン。賃貸契約書(後で取られた)と命の次に大事なパソコンと周辺機器。


二箱目は服類。スウェットトレーナーとズボン上下三セット、靴下と下着と靴。元からあったスーツは一応持ってきたが、型が古いと言われた。そりゃそうだろう、六年位前のやし。あとは此処へきて初めて買った服がペーパーバッグに入れられていた。あれからもう少し増やした分も。


「服が少なすぎだ。買い足すついでに、前のは全部捨てろ」

「嫌や!まだ着れるのもあるし、何着るか僕の勝手や」と言うと、「全部金は出す」と言われた。

ショウは次第にイライラしてきた。

「それはそれは、僕は見事に囲われてるやんか。自分の物は自分で出すに決まっとるやろ」と怒ると

「引き取った責任取るから」とか言い出した。

「違うっちゅうねん!僕は自活できてんねん!そんなんせんでええ!」


「わかった」とナルシは言ったが、外出には必ず付いてきて、何か買う時さっさと支払われてしまう。その後はプレゼントという名目で買ってくるようになったので結局一緒だった。


最後の三箱目は食器や鍋が少し、電気ケトル、調味料と水。僕の好きな銘柄の水も既にナルシの家にストックされていた。

お茶碗と箸は自分で良いものを買ったので、それらと水と電気ケトル以外はどうでもいいと答えたら調味料を残して食器や鍋は処分することになった。

仕分けはあっという間に終わった。


大型家電は元々備え付けで、自前の古い(前の祥一郎の)炊飯器、電子レンジ、トースターは置いていかれ、持ってきたのは僕が買ったコードレス掃除機だけ。ローテーブルは運ばれたがソファーや棚、ベッドは本当に処分したらしい。


来た時からあった物ばかりだから、特に思い入れもないのだが、この世界に来てからずっと使っていた物だ。勝手な事この上ない。

前の祥一郎に彼の荷物を強引に処分された自分の不甲斐なさを心の中でめいいっぱい謝った。


そして後ろ手で手錠をかけられている為反抗するのも恐ろしく、どうしようもなかった。

水を飲みたかったがそれも、トイレも一人でできないことに気付いて止めた。


怒りは引いて、どんどん惨めになっていって、遂に涙が出てきた。涙さえ一人で拭けない。

その様子にナルシはソファーにショウを抱えて連れていって座り、膝の上に乗せたままタオルで涙を拭いてやった。

逆らう気力も無くなった。

「どうして何かあると抱っこして膝の上乗せんねん」

「その方が手っ取り早いし僕がしたい」


「みんなして僕を嵌めた」

「うん」


「蒼海さんと颯人くんだけは信じてたのに」

「ノリで僕に協力してくれただけなんだ」


「僕は一緒に住みたいなんて一言も言ってない」

「うん、住んでほしい」


「僕に選択する余地はないんか?」

「そうだな。僕の勝手だ」


「たまたま知り合っただけやのに」

「運命だよ。もう離したくない」


震えながらポツポツと言う恨み言にナルシは一々相槌を打った。

「君をどうしようもなく好きなんだ。ずっと此処にいてほしい」

ナルシはショウの濡れて冷たくなった頬にキスした。


「もうナルシは信用できへん。僕はあんたを好きでもないのに無理矢理連れてきて」


遂に言ったこの愚痴にはナルシは違う反応を返した。

「僕を好きになるまで、ならなくても此処に閉じ込めるから。絶対逃がさない!」

久音の事以外は大抵ショウに対してにこやかなナルシが、一転、暗い影のある目でショウを見た。


間違えた!怖い怖い!思い切り手錠を意識してしまった。


でもナルシは見るからに落胆して悲しそうだった。

「本当に僕の事好きじゃないの?sex好きだろ?」

ズバリ言われて顔が熱くなった

「するのは好きだけど限度がある。あんな何回もされると、しんどい」

正直に言うことにした。


「でも嫌いには、なれんかった。ナルシが本当に僕の事好きなん、ようわかってた。でも、まだやっぱり久音しかあかんねん。」


「久音はもういないじゃないか。僕に身体許してくれてるのに?」

「ごめん、本当はナルシは久音の代わりなだけや。君の方が上手やし気持ちええんやけど、それだけや」

ナルシは息を呑んだ。

相当ショックを受けているはずだが、期待されても困るし、ショウ自身が不誠実だと思ったので正直に言った。

「それって褒められてるのか?久音の代わり?僕が抱いてるのにいつも久音だと思ってた?」

「うん、そう思うようにしてた。久音に悪くて。でもナルシにも悪いよね、ごめんなさい」


ショウは俯いた。

「嫌な奴やろ?ナルシの好意につけ込んでんねん。えー加減どっちにも申し訳ないと思って離れようとしてたんやけど。だからナルシもこんな僕とは別れた方が―」


ナルシはギュッとショウを抱きしめた。

「嫌だ。それでも僕は君と居たい」


ナルシは勢い込んで言った。

「君の想いは久音にあるとしても、此処に居ない奴に負けたくない。僕の方が絶対ショウを愛してる。もっと大事にする。僕はどこにも行かないし、ずっと一緒にいるから。此処に居て欲しい」


そう、久音は此処に居ない。永久に会えない。あれは僕の妄想だったのかもしれない。それでも、それでも諦めきれない。

そして、自分も流浪の身だ。何時この世界を離れるか分からない。いくらナルシに言われても、ずっと一緒にはいられない。


胸を締め付けられるような空虚感で一杯になる。それなのにナルシに言った。

「わかった。僕がナルシを好きになるかはわからないし、(久音が見つかるか、転移のせいで)此処を出てどこかに行ってしまうかもしれない。ナルシがそんな僕に愛想尽かして出ていけ言うまで此処におる。それでええか?」


「本当に?でも、僕はショウを追いかけるし、こっちからそんな事には絶対ならないよ」驚いたナルシが先程とは違うキラキラした目で見つめてきた。わかりやすいな、と苦笑した。


いつの間にかナルシを簡単に捨てられなくなっていた。久音も忘れたくない。本当にずるいと思う。


久音と会えたら、付いていきたい。でもその時ナルシをどうすればいいかわからない。ナルシを大事には思ってきた。

何時も感じる孤独を埋め、久音の為、久音の代わりにと抱かれたが、単純にナルシの身体とも馴染み過ぎた。

だから離れなければと思った。



久音と会えて此処を出ていくと言っても、この勢いではナルシなら本当に着いてきそうだ。もしくは久音かショウが刺されるとか…考えないようにしよう。


「うん、もう、みんなして狡い!僕の家無いんやろ?他に帰るとこ無いし、住むとこ探すのも君から逃げるのも面倒くさそうやし、当分ナルシに従うよ」


「有難う!それでいいよ!居てくれるだけで!」

ギュウギュウに抱きしめられた。

「痛いって」

「取り敢えずsex飽きられないように頑張るよ」

「もう、それはいいから!むしろもうちょっと控えて!しんどい言うたやろ」ギョッとして言った。


二人で顔を見合わせて思わず笑った。


ナルシが「愛してる」と言ってショウの口にキスした。

自然に受け入れたショウは「わかっとるけど」と言ってなんて自意識過剰なんだと思って顔を赤くした。


話がついた(もしくはショウが諦めた)ことを蒼海に言いに二人で事務所に降りてきた。

「仲直りできたんですね?ショウ君が閉じ込められなくてよかったですね〜仕事できるし」と蒼海。


「よかったじゃん、叔父さん」颯人が一緒に居た。

「だから、叔父さんは止めろと」


「颯人!」

ショウは思わず叫んだ。

「居ない言うてたやん!!」


「あれ、何でまだ手錠してんの?そういうのに目覚めた?」

「何言うとんねん!君が鍵持ったまま仕事に行ってもうた、言われたからや」

颯人は変な顔になった。

「仕事?今日は無い無い。面白そうだから、わざわざこのために休んでこっちに来たのに。それに鍵なんかかけてないよ。ほら、こうやったら外れる」

颯人が触るといとも簡単に手錠は外れた。


ショウは呆然と両手を見つめる。

「な、る、し?」そのままワナワナとナルシを見た。

「だ、ま、し、た、な?」


あまりの殺気にナルシは慌てて「いや、違うよ!僕は鍵掛かってると思ってたんだ」と言った。

しかし、ショウの何時に無い圧に負けたのか

「なんか、怯えてるの可愛くて、言うこと聞いてくれなかったらそのままにしようと」

渋々暴露した。

「やっぱりそうか、めっちゃ怖かったのに!」

ナルシはあっさり「悪かった」と謝った。


「ナルシいつも全然反省してない!」思わず地団駄を踏んだ。

そして、颯人に向いた。

「は、や、と?鍵はどこにあってん?よくも笑いもんにしてくれたな?人が必死こいて言うてたのに!」


ただならぬショウの表情に

「僕、鍵なんか預かってないし、知らないって」颯人は焦って手をブンブン振った。

「ショウ、いつもとキャラ違う」

「こんな事されて怒らない訳ないやろ!そして、あ、お、み、さん?」

「僕は紐担当とショウ君の部屋の後片付け担当。部屋掃除してくれてありがとう!助かったよ」

と得意そうに微笑まれた。


あかん、この人も。

「そのために掃除しろ言うたんか!そして僕のソファーとベッド勝手に捨てたん、あんたか!」


恐ろしい剣幕で言うと

「ひえーすみませんすみません」

と得意の米付きバッタお辞儀を始めた。


遂にショウは

「もう、誰も信用できへん!!」と叫んだ。


ブチ切れたショウが三人に説教を始めて、みんなで宥めて無理矢理ご飯につれていくのはもう少し後。


後日、大阪市北区の区役所に連れて行かれて、住居の転居届をずっとナルシに見張られながら提出した。

『いいんやろうか?こんなに流されてて?監禁よりマシ?』

ショウの許容範囲がまた広がってしまった。

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