another time 5
水族館で襲われたパフォーマー鳴島響と連絡を取ろうか躊躇っていると1ヶ月経った。
あんな目に遭ってるのに会いたいとか、おかしいのは分かっている。
でも、思い切り文句を言いたい。会わなければ単に強姦されただけだ。
アホやな、そうやんか。
身体のことも知られたし、ネタにして脅迫されるだけや。
めちゃくちゃ否定的な事を考えて思いとどまろうとした。
此処へ来て数ヶ月の間全然他人と話さず、1人で居る孤独に、ついに耐えられなくなった。『久音、ごめんやで』
これをくれたのは、僕にどうするか決定権があると知らしめる為だ。
何回も裏表見て確認した、彼の名刺をもう一度見る。
『サウンド・アイランド事務所』という社名の下に『社長』の肩書きで名前があった。
鳴島を元にふざけた社名にしたんかな。
響もサウンドか。
名前を聞いた時には浮かばなかったが、改めて名刺を見ると、頭の中で小さな島の真ん中に教会があって、鐘がガンガン鳴るイメージが沸いた。
スマホか事務所の電話か迷ったけど、この名刺が本当かどうか興味が湧いたので事務所にしてみた。
「はい、サウンド・アイランド事務所です!」
電話するとすぐに男が出た。
「本当にあったよ」思わず小声にでてしまった。
「はい?」
気を取り直して「お忙しいところすみません。古川祥一郎と言います。社長の鳴島響さんは居てますか?」
あっ、最後は『いらっしゃいますか』やった。
電話をかけるのも久しぶりでドキドキしながら言った。
「すみません、今外出中です」
「じゃあ、鳴島さんに手が空いたら連絡してって言ってください」
と被せ気味に言った。
「スマホの電話番号言います」
少し間を空けてから番号を言った。
相手は番号を復唱すると
「えっと、こがわさん?どんな字を書かれますか」
「古い、三本の川のほうで古川です。でもショウって言ったら分かります、多分」
「コガワ、ショウさんね」
相手は声色だけでも不審がっているのがよく分かったが無視した。
「ではワタクシ
「お願いしますね、あおみさん」と言って電話を切った。
緊張が解けたショウはーっと大きな溜息をついた。
ペットボトルの水を冷蔵庫から出して半分位一気に飲んだ。
昼前だったが、緊張すると何も食べられなくなるので気分を落ち着けるためにパソコンを立ち上げて思いついた話を打ち込んでいく。
日常生活に刺激があれば、その刺激の原因とは全く関係無い話が浮かんでくる。
右脳が活発になるんかな。
途中で小説投稿サイトに行ってしまったが、2時間位経っていた。
変な姿勢になっていたのか片足が痺れてきたのに立ち上がった。
スマホが鳴った。床に置きっ放しだったので拾おうとして痺れた足が力が入らずよろめいた。
スマホは取れたが無様に床に転げた。
「クソッ!タイミング悪っ」
慌てていたので名前を確かめずに応答をタップしてしまった。
「はい」言ってからその事に気付いた。
「ショウ君?」
その声に胸がざわめいた。
よく考えたら此処にきてから初めての着信だった。
「はい。あなたは?」わかっていたが、わざとらしく尋ねた。
「ナルシ。鳴島響だ」
ああ、うん、とゴニョゴニョ言ってしまった。
「連絡してくれてありがとう。こっちはショウの連絡先知らなかったから待ってたんだ」『何で?』そこでちょっと躊躇いがあった。
「この前は」
「電話口で言われとう無い」遮って言った。
誰が聞いてるかわからんしな。
「じゃあ、何で電話してきた?」
「何でって」尋ねられたが、具体的には考えてなかった。小説のネタになるから?あれから誰とも会えずに寂しくてなんて恥ずかしくて言えない。
「謝ってほしい。別に金銭とかはええんや。誠意が見たい」
「そうだな。勿論僕は謝罪したい。君のデリケートな部分に踏み入ってしまったからな。この前より良い所で食事しないか?
」
鳴島は少し早口で言った。僕はドキドキしながら
「うん、わかった。いいよ、会うよ」と自分に聞かせる様に言った。
「ありがとう。事務所まで来れる?場所は分かるかい?」
僕は調べるから大丈夫と答えた。
前の僕の家みたいに分からなくなることは普通無い。久音、帰れたよね。
「明日は夕方までには仕事が終わるから、夕飯でいいかい?」
ええよ、と上の空で答えていたが我に返った。
「明日⁈」
「ああ、じゃあ5時、17時に。蒼海が居るけど気にしなくて良いから」
楽しみにしてるよ、と電話でも分かるくらい弾んだ声に苦笑して、明日ね、と電話を切った。
早過ぎる。心の準備ができてへん。ん、ちょい待てや…
「やっぱり外出着が無い!」
思わず声に出してしまった。
「そんな気はしてたんやけど!」
備え付けのロッカーにはハンガーには古いリクルートスーツとコート一着しか無い。下に乱雑に畳まれて突っ込まれているスウェットが上下3枚ずつ。ジーパンは此処の世界に来る時に履いてた物だけ。靴下も毛玉が付いてたりよれているのしか無い。
もし食事するところが高級な店だったら、これでは入りにくい。
明日待ち合わせより早く出て服を買おうと決めた。格好悪いけど店で着替えさせてもろたらいいか。
それも初めてのことだ。前のショウに引き摺られて引きこもりが常になっていた。
もうちょっと出かけんとな。前の僕を保つ為にも。
当日服は量販店よりはランクが上がると思われる、ファッションビルによく入ってる安価なブランド店を幾つか回った。
取り敢えず下着と靴下を幾つか買って、トイレで着替えた。
服は段々何でも良くなってきたので最初に入った店で物色し始めた。店員がすぐ寄ってきたので、困ったら呼びますと牽制しておいた。
ついでに何着か揃えるか、とハンガーから何回か引き出したり直したりして悩んでいるとチッと舌打ちする音が聞こえた。
思わずした方を見ると少し離れた所で180cm位のすらりとした男前がこっちを見ていた。
真っ黒いストレートの髪が、大きくて切れ長の青い目を半ば隠すように伸び、サイドは耳下で下から短くカットされている。黒い襟付きのシャツはボタンが二つ外され細い銀色のネックレスが覗いていた。
下は細身の白いジーンズで長い足を見せていた。
「ごめん、ここ見たかった?」
への字口の彼にビビって、慌てて服を戻した。
「ああ。決めるの時間かかってるからさ、僕も見たいし。まだ?」
「いや、決まらへんで。もうええわ。のく(離れる)から見て」
スラックスを手に離れようとしたら
「待て、これがいい」
男は今し方ショウが持っていたシャツと、トレーナー、更にジャケットを出した。
「組み合わせてもいいし、単体でも大丈夫。どうや?」
ショウにその三つを差し出した。彼の勢いに思わず受け取ってしまい、
「そうか、良いかも」と近くにあった鏡に合わせてみた。
「良いじゃん、似合ってるよ。これにしな!」
男は自信満々で推してきた。
「君は店員かい?」
「通りがかりのコーディネーター。少なくとも君よりはセンスあると思うよ」ニヤッと笑って言った。
このシャツもいいかな、ともう一枚押し付けてきたので受け取った。
本物の店員は
「レジでお預かりしますねー」と僕が持ってた服を強引に奪って行ってしまった。
「有難う、決まらなかったら約束に遅れる所やったよ」
時計を見てあまり余裕がなかった事に気付いて焦り出した。
「あの、着て行くので試着したらそのままでもえーですか?」
店員はにっこり笑って試着室へ案内してくれた。
「デートですか?いいなぁ]
と羨ましげだ。
「デートか!成功したら良いね。ダメでも君のせいだから」
さっきの男は展示されてる服を素早くチェックしながら言った。
僕は一応デートになるんか、と首を捻りつつ、タグを全部切ってもらって会計する。試着室で着替えさせてもらい、彼の言った通りの組み合わせにしてみた。
折角コーディネートして貰うたんで、改めて彼に見てもらおうと振り返ってカーテンを開けると、彼の姿はもう無かった。
あれっと外に出て店内を見渡したがいない。なんか、心残りだ。
『お礼、ちゃんと言えなかった』
新しい服の匂いを嗅ぎながら着ていた服を入れてもらった紙袋を持って事務所へ向かった。
事務所は各階が会社になっている小さなビルの5階だった。
『鳴島ビル』と会社名がはめ込まれた壁の一番上に金の文字があった。
なんですとー?思わず目を見開いた。
あんなチャラい職業で事務所社長で持ちビルやと?可笑し過ぎる。
動揺を抑えきれないまま、古いエレベーターで5階まで上がると目の前に事務所のドアが目の前にあった。
チラッと自分の服装をチェックして何となく軽くはたいてからドアを叩いた。
中からどうぞ、と声がした。
思い切ってドアを開けた。
「こんにちは」
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