another time 2
another time 2
グチャグチャに掻き回された夢からボンヤリと意識が浮上する。いつの間にか眠っていたようだ。スマホを探し当て、時間を見た。
3:33
また、この時間か。一回夜中に起きると癖になってしまう。しかも今日は分まで一緒。
此処に来てからよくこの時間に目が覚める。前の祥一郎がこの時間まで起きていて、寝る時間がこの時分だったと最近思い出した。
水を飲もうとベッドから起き上がる。
『布団じゃなかったっけ?』
少し考えて、前の時は畳に布団を敷いて寝ていたな、と郷愁めいた想いがした。
ベッドに戻ってきたがすぐに寝る気になれない。
「久音」そっと呼んでみる。
しんと静まり返った部屋に虚しく響く。
きっと僕を薄情な奴だと思ったやろな、あんな別れ方して。もう、意識が希薄になって消えるんだってわかったら、衝撃で呆然となってしもうて。久音必死に手を伸ばしてくれて、最後泣いてたやん。
夕凪も、どうして二つの世界に干渉できたのか。
期せずして僕の世界に入り込むと言ってた。僕と違ってある程度の時間が経てば元の世界に戻ってしまう。
彼女自身は、僕と一緒にいたいし、元の世界から『消えたい』と常日頃思っている子だった。
生きている事がストレスだと言っていた。
僕は以前居た頃の記憶を中途半端に持ったまま、その世界にいる古川祥一郎と成り替わる。元々居た古川祥一郎とは会わないまま、また違う世界に転移してしまう。お互いいい迷惑だ。
何故入れ替わりか分かるのは、身分証は今の自分と同じ顔と年齢だからだ。
古川祥一郎が25歳のまま入れ替わった。これ以降の記憶も経験も無い。
この世界の彼の25歳以前の記憶が今回はまだ全部思い出せていない。
全部僕の夢やったらえーのに。
でも、それなら覚めた自分は、どこに存在する?
さて、家に帰ろうと電車に乗っても駅名が分からず、途中下車して引き返したらそれも知らない駅で、どうやったら帰れるのか分からなくなって、どんどん自分の事が曖昧になっていく夢をよく見る。
グチャグチャになって、目が覚める。
本当に僕は目が覚めているんか?夢では無く本当の事やったら?
最後に夕凪に呼ばれた時、僕は夕凪から生まれた分身で、もう彼女の中に帰るんか、死ぬんかと覚悟してた。
個々の人間だったのを思い出したのは、あの古くて居心地のいい場所から弾き出された時だ。
近づいた夕凪は直前まだずっと泣いていたのだろう。
赤くなった目をして聞こえなかったが僕に何度も「ごめんなさい」と言っているのだと口の動きで分かった。
その向こうに無表情に佇むもう一人の夕凪が現れて元の世界に帰って行こうとしている。
咄嗟に夕凪をそいつごと夕凪のいる世界へ突き飛ばした。一つになった夕凪が、向こうで引きずられるように両親らしき人に連れて行かれるのを止めようとしたが見えない壁に阻まれてそこでも僕は存在できなかった。
半透明の自分の腕を引っ込めて、遠ざかっていく夕凪をただ見つめていたら、いつの間にかこの部屋にいた。
あれ以来夕凪は、ちっとも現れない。前の世界ではしょっ中現れていた。鬱陶しい位。
時間を問わずいきなり現れて原稿を押し付けて、また唐突に帰ってしまう。
「古川さん!」僕を見上げる大きな瞳を更に広げ、何かを期待する嬉しそうな声で僕を呼ぶ。
それを見ると、応えられない自分が申し訳なくなって仕方ないな、と許してしまう。
自分勝手で生意気を突き抜けている夕凪だが、会えないと思うと寂しさとそれ以上の心細さが消えない。
前は夕凪の気分が少なからず世界の僕の存在を左右してきた。
今度の世界で彼女が現れないと、これからの自分がどう生きていけばいいかわからない。
久音のいない世界(と思う)に飛ばされたのがたまらない。
しかも、今迄必死で書き溜めたネタの入ったノートパソコンを抱きしめていたのに、気付いたら、手ぶらでこの部屋にいた。
何故か久音の住んでいたマンションによく似た住処だった。服や靴は僕が選んだものだし、冷蔵庫にミネラルウォーターしか入っていないのも一緒。
部屋にシングルベッドとローテーブル、テレビは無くて、僕が持っていた物とは違うノーパソが置いてあった。
パソコンの中身はたいした情報は入ってなかった。ネット漫画のアプリや、無料の小説を読むサイトが多数あった。
執筆活動はしていなかったようで、小説を保存していない。
働いてる記憶が学生時のバイトの時しかないので、どうやって生活費を稼いでるか分からなかった。
財布に2、3千円、小銭が少し。
危機感を持って家探しした結果ようやく預金通帳を探し当て、残高を見て有り得ない金額に驚愕した。
ここの祥一郎は両親が事故で亡くなった時に掛けてた保険金で生活していた。
5年前に多額の保険金が入ってて、それ以降入金の記録がない。
取り敢えず、すぐに働かんでいいのは助かる。
この世界での履歴書が、書けないから全て詐称になる。
前の世界なら、生まれて物心ついたついた頃からの記憶と経験があった。
今回は家族の思い出がない。交通事故で死んだという事。兄弟や親戚もいないようだ。
友達はまだ、わからない。
気い付いたら此処にいて既に月日を重ねて現在にいる。知識はあるが、この世界の自分の立ち位置がよくわからん。まだ更新されてないだけ?
今迄それについて真剣に考えたことはなかった。
僕は僕として存在し続けているから。
でも今回の転移は納得できへん。
久音と知り合った。
こんな身体で生まれて初めての恋人ができたのに!
そのうち何かのタイミングで同じ世界に転移しないもんかな。
もしかすると、探せばこの世界にもいるかもしれない。
また、久音に会いたい。そして、謝りたい。
早くしないと今の記憶が書き換えられて忘れそうだ。頑張って毎日思い出すけど段々薄れて来ているのがわかる。
いいやり方じゃないが毎晩久音のことを思い出して抜いてる。本能で忘れないようにしている。
なんて建前で、マスターベーションのやり方を習ったら癖になった。久音のおかげだ。
抱かれてイク時、久音に身体の全てを征服された気がして感極まり、毎回僕は彼の名前を連呼しながら気を失っていた。
目覚めた時に僕はいつも久音に抱きしめられて髪を撫でられている。
その時間が格別に好きだった。1人じゃ無いって思えた。
女性器の開発もしてたのに。そっちでも久音を受け入れられるように。まあ、無理そうだったけど、それも途中で終わってしまった。
何もかも、一方的に奪われ、連れ去られた。あの世界ではもう僕はカケラすら残っていまい。
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