time15
日曜の昼間、バイトが休みになった久音はふとショウに「今何しとる?」とLINE連絡してみた。
返事がすぐ来て、家にいるとのことだったので出掛けた。
玄関の鍵は開いていて、いつものように「お邪魔します」と言ってから入った。
こんちわーと言ったが返事がないので廊下を歩いて奥の部屋まで行った。
「ショウ、来たで」
しまっている襖越しに声を掛けて出てくるのを待った。
「お酒はいいけどドラッグは」
ショウの声がした。
「簡単に自我崩壊するでしょ」女の声??
「クセになる」
「じゃあ、一回だけ。お願い』
媚びるように聞こえた。
「ショウ!」
抗議の意味を込めて、襖を強めに開けた。
ショウは机の前の座椅子にいる。
そして、向かいの開いた窓のカーテン越しに頭が突き出ていた。
まっすぐな黒髪を前髪は眉毛の上、横は耳下ぐらいで切ってあり耳から後ろの毛は三つ編みでゆるく一つに束ねられていて、左肩に垂れていた。
髪は黒だが、目は茶色く、大きく見開かれていた。
首から下の外側はカーテンの向こうで見ることができない。
ぐにゃりと首はねじれて久音をじっと見上げた。
目は極限まで開かれ強い光を放つようだった。への字口だったが、やがてくっきりとした一文字の眉と口の片方をぐっと斜に引き上げた。少し痙攣していた。
「こん、にち、は」わざとらしく溜めて言った。
「帰りなさい」
ショウは小声で言った。
「もしかして、如月、夕凪?」声が上擦った。
「まあ、そうなの?」
ショウの方を見てワザとらしく声を上げた。
「まあ、古川さんがそう言うならそうでしょうね」
「それってどう言う意味?」久音はイラッとした。
ショウと久音を交互に見てまた口を引き攣らせた。
「気にしないで」
「ユウナ!」ショウは口調を強めた。
言うな?夕凪?どっちや?
「帰るから。さよなら!」
と素早く首が引っ込んだ。
ガラガラと窓が閉めらられた。
静かになった。
「何アイツ?」
久音がショウは黙ったままだったので尋ねた。
「知り合い」
素っ気ない。前と同じ答えだ。
「アイツ気味が悪い。人間や無い気がする」
はっきり感じていた違和感を口にした。
ショウはため息をついて嗜めるように言った。
「そんな風にワザとしてるだけや」
「じゃあ、アイツ嫌いかも」
心の中で彼女に宣戦布告した。
「彼女は周りから自分が嫌われてるって言ってたよ」
ショウは片手のひらを軽く振った。
「自分でも分かってんのかよ、それでもあんなんかい」
口調も刺々しくなる。
「可哀想な事に本人も反省しないからね」
内心は分からんけど、と付け足した。
よく見ると、机の上にある原稿用紙が増えている。
「原稿が!」
思わず指差した。またも、黄ばんでいて古そうな紙だった。
ショウは困ったように微笑んで、
「それが彼女の目的だからね。僕にまとめさせて小説にして欲しいそうだ。夕凪は支離滅裂に書き殴ってくるから読むのも大変なんや」
と説明した。
ショウが小説を書くと初めて知ったので驚いた。
「小説家なんや」
「になれたらいいんやけど」
ショウはふと自嘲的に笑った。
「実際はしがないOA入力オペレーターや」
ホントな。
「昼ごはん食べた?」
久音ははっと我に帰った。
「まだやねん」
「チャーハンでいいなら作るで」
「それ食いたい!」
被せ気味に言った。
「こたつ付けて入っとき」
ショウは冷蔵庫を開けて材料を探し始めた。
「次回はよかったら俺ん家も来てや。何なんもよう作らんからご飯は外か、ウーバーイーツ頼みやけど」
ショウが「2人で食べれるなら何でもええよ。僕何か作ってもええし」と言ったので
「恋人みたいな台詞やなあ」と返した。
「えっ?」
「えっ?」
2人は期せずして見つめ合った。
久音は自分が言ったのにあせってしまった。
「その、俺ら、気が合うなぁと。出会って間もないのに」顔が赤くなっていくのがわかる。
ショウは台所に直って、材料を刻みながら言った。
「あの夜、僕の第六感が言うてきたんや。こいつやって」
「何それ」
「暇潰しに丁度ええって」
久音は心の底からガッカリした。
「暇潰しやとぉ!なんちゅう奴や。失恋で打ち沈む男を前にそんなこと考えとったんかぁ」
「久音が警察に逮捕されたんかと」慌てて言う。
「ほうほう」不満たらたらに返す。
「男前なのに顔腫らして泣いてるし」思い出すように言う。
「言わんといて」
ちょっと調子に乗る。
「座り込んで絶望の淵にいた」
「ひどいな、それ。でも小説っぽい」
ショウは包丁の手を止めて振り向いた。
「多分、その姿に一目惚れや」
久音は固まった。
「いい子やん、久音。ひどいこと言われたんやろ?せやのに相手にやり返さへんし。通りすがりの他人に素直にヘコヘコ付いてきて。一緒に寝て欲しいなんて言うし」
顔を真っ赤にした久音を満足そうに見て、またショウは向き直った。
「なんか、母性本能?兄弟愛?兄弟おらんけど。何かそんなのにくすぐられたっぽい」
「そうかー。そんな気分やったんか」
久音は思わず頭を掻いた。
「こいつには今すぐ誰かが必要やて」
「必要?」
取り出したフライパンに油を敷いて具材を炒め出す。
「僕が必要になりたいって思うたんや」
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