time 6

あれから2週間位経過したある土曜日。

鍋に誘われるまま、待ち合わせて材料を仕入れに一緒に行って、百貨店で買ったのは驚いた。肉類は少し高いが、豚と鳥ミンチだけなので知れていた。

「野菜は安いし、新鮮やで」


ソムリエおすすめの、でも値段は高くない白ワインを選び。

「デザートは充実してる!」悩んでフォンダンショコラを買った。

レンジで温めて中のチョコを溶かしてアツアツなのを食べるんや。


デパートの地下階はひどい混雑だった。2人並んで歩く事はできず、自然と手を繋いで人々の間をすり抜けて行った。


地下を出て、ショウの家に近付くと心底ほっとした。同じ梅田でも人口密度が全く違う。

「あーやれやれだ、全く」

「今日は」と言いかけてショウは久音の方を向かずに咳き込んだ。

「大丈夫?」

「大丈夫。軽い喘息持ちで温度差で咳出るけど。それで今日はこのまま泊まってく?」


え、と久音は立ち止まった。

どうやってそのことを切り出そうか迷っていたからだ。


「ショウが良いってんなら泊まってやらんこともないで」

「ツンデレか」

「嘘、是非泊めて」あっさり態度を変えた。


あの夜の事を思い出していた。

否、いつも思い返していた。ふわふわして暖かくて久音を全て受け入れて抱きしめてくれた。

ショウの身体は細くて華奢だったが安心して抱きしめた時の触感が忘れられない。

家で代わりに枕を抱きしめて寝てみたが、無論物足りなかった。自己嫌悪のみ感じた。


ショウが小走りして、家の前に行ったとき、久音の顔は赤くなっていて見られなくてよかった。

「ただいま」

「お邪魔します」当たり前に言った。


廊下の電気をつけて台所の流しの横のスペースに買った物をまとめて置いた。肉類と豆腐は冷蔵庫にいれた。


ショウはヤカンに水を入れて火をかけた。

「緑茶とコーヒーどっちがええ?」

一足先にこたつへ入った久音に聞いた。

「お茶でええよ」


「もう、治ってるね」久音に近付いたショウはそっとほほに触れた。

指の冷たい感触に眼を見開いたが、その上から自分の手を乗せた。


「手ぇ冷たいなー。お陰様で。心の傷も癒えつつあります」

「そうなん?」ショウは切なげに言った。


「無理しなくていいよ、赤の他人に気を使わなくて」

「もう、他人や無い」


久音はすぐ否定した。

「知り合い?」

「友人」「友人」ショウは繰り返した。

「じゃあ、聞いたげる」


少しだけ考えてから言うことにした。


同じ学科で、たまたま授業で隣に座った。

顔は精悍で意思の強そうな感じ。体つきもがっしりしており、ぱっと見強面に見えた。


「それ、授業で要るやつ?」

教授の出してるイギリスの歴史解説本を指差してこっそり聞いてきた。

びっくりしたが、こちらも小さな声で「テストがここから出るって聞いたから買ってん」と答えた。

「問題になるとこは分かるか?」

「だいたいはね。教授に質問しに行ったとき教えて貰ったんだ」


彼はぱあっと明るい顔になり「後で教えてーや」と言った。

その彼の顔を見た瞬間、今まで同性では体験したことのない感情が芽生えたのがわかった。


「出会って、一目惚れやね」ショウは楽しそうに言った。


「だいぶ経ってから告白してお互い初めて同性と付き合った。

そやけど、あいつ、女と付き合い始めて別れるって。

じゃあ友達でいいからって言ったけど、もう彼は全く受け入れてくれんかった。気持ち悪いって」

「今まで好きになった人は男だけ?」

「恋愛は疎かったからな。高校の頃女から告られた事あって、付き合ったけど何か分からんまま別れて。そんだけやね」

「好きやなかったん?」

「そうやろな。身体の関係だけやったかな」

「肉体関係あっても好きじゃなかった?」

「体と心は別っつうか。いやもう恥ずかしなってきた。勘弁して」


ショウは残りのコーヒーを一気飲みした。

「次はショウの番やで」

「鍋の準備しよか」

しれっと立ち上がって台所へ行ってしまった。

「あ、ずるいな」不満な声で言った。

ショウは振り返って久音をじっと見つめ、にっこり笑った後。

「寝物語まで取っとくわ」

久音は何も言えず、ショウはふふっと笑って支度を始めた。






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