Killing time 暇つぶしの世界での出来事

Koyura

time to start

午前0時。パートのミスった入力分の顧客名簿の入力を延々していたが、もう限界だった。


どこを見ても入力画面が写る。

目が焼けそうに痛んで、後頭部も僕が思うに視覚を司る部位が痛む。


やめよう。

ノートパソコンを終了して立ち上がった。


途端に立ちくらみがして椅子の背を掴んでよろめいた。


お腹が鳴った。

昼にコンビニのサンドイッチをかじっただけだったことを思い出す。


仕事場(大阪梅田のとある古いビルの中)から出ると10月の終わりの夜は肌寒かった。


適当に近くのビルのバーに入った。


今日は金曜日。土日は休みだが仕事は終わっていない。

憂鬱さを晴らすようにハイネケンビールを3分の2程一気に喉に流し込んで、頼んだブラックオリーブを摘んだ。


どうしようか。深く考えないで義務的に思った。本当はあまり悩んでいない。


もう一本飲んでからゆっくりとした足取りで店を出た。


週末はいつも梅田周辺をぶらぶら歩く。

前はクラブハウスに潜り込んで朝まで踊ったりしていたが、いつしか足が遠のいた。クラブの音楽が騒音にしか聞こえなくなってしまったからだ。


僕がクラブに行かなくなったのは、ナンパが多くて鬱陶しくなったせいもある。

主に男からだ。しかも、いきなり身体的接触に走るのが多い。


決定的だったのは顔見知りになったやつからトイレで後ろから羽交締めのようにきつく抱きつかれてトイレの個室に一緒に入るよう懇願されたこともある。


狭い場所は嫌いだし、どうして男2人で個室トイレに入らないといけないのか理解に苦しむ。どうせならホテルやろ。

なるべくトイレに行かないようにはしていたが、ビール何杯か飲んでしまうと仕方ない。


片耳にだけピアスを5、6個付けた金髪の男だっと思う。なかなか振り解けずもがいてると、鏡越しにそいつがぺろっと舌を出した。舌にもピアスをしていた。そのままつっと首筋を舐められて吸われ、次いで股間の辺りを掴まれた。

「かわいいなぁ」耳元に囁く声。


ザッと冷たいモノが背筋を降りていった。次に猛烈に怒りが込み上げた。

怒りのまま思い切り片足を踏みつけて振り返り、相手の股間を蹴り上げた。

屈んだところを躊躇なく踵落としを後頭部に入れたらぐしゃっと腹ばいに倒れた。ホンマ死ねばいいと思った。


別に喧嘩が上手な訳ではない。護身術をネットで見ておいてよかったとトイレから逃げながら思った。


体のことがあるので他人に絶対知られたくなかった。

人に散々ぶつかりながら、ようやく外に出た時は安堵で崩れ落ちそうになった。身体が震えて止まらなくなったので、自分で抱きしめた。

僕以外誰も抱いてくれる人はいないし。

「誰が可愛いんじゃクソボケッ。死ねっ」毒づいてみたらちょっと落ち着いた。


僕にとって異性というのは自分以外の人間だ。

そして脅威だった。

他人は自分の体の半分しか持たない得体の知れない者だ。


僕は見た目がほっそりして、身長もそんなに高くないし、色素も薄いのか茶色の目と髪色も相まって顔も優しげに見えるそうだ。

それが性の曖昧さから来るのか性格からくるのか、もしくは両方なのか分からない。


実際は他人も自分すら拒絶して受け入れられない。


表面的な交流も苦手なのに肉体関係とか、考えられない。性器は排泄物を出すところで、他に用途はない。


あの時のことが懲りて、人目が異常に気になる様になった。本来の目的である音の中に揺蕩う感覚が保てなくなってしまった。


そうして日課のように行っていたクラブ通いを辞めざるをえなくなった。


代わりに人混みに埋没して目的も無く歩き回るようになったのだ。



何かないかな。


歩きながら、スマホの画面で2時を過ぎてることを確認し溜め息をついた。



しばらく歩いていると、ふと前方を見ると男が警官に職質されている様子が見て取れた。


男は歩道に座り込んでいる。

10代後半から20代前半に見えた。上はシャツ一枚で細身なのが寒々しかった。


ワザとゆっくり歩いて行った。


コートらしき布がクシャクシャになって彼の横に落ちていた。


「放っといてーや。振られたんよ、さっきや」

弱々しい声が聞こえてきた。


「そりゃー災難やったな、兄ちゃん。でもこのままだと風邪引くから、頑張って帰らな」警官は割と親身な声で呼びかける。


ギリギリに避けながらそちらを見た。


そんな気力もねえとハッと顔をあげた男と目が合った。


暗がりの中、泣いていたのであろう赤くなった目。

もう一つ、やけに赤くぷっくりと下唇の端が切れて血が出ている事に気が付いた。


ざわりと、何かの感情が動いた。

思わず立ち止まっていた。

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