第40話「衝撃の発言」

どうにか……

ベアトリスとフェリシーの論争に決着がつき、

ようやく帰還する事となった。


勝負に負け、シニカルな笑みを浮かべるフェリシーに見送られ、

ロゼールとベアトリスは、ドラーゼ公爵家邸への帰途につく。


あれだけ興奮していたベアトリスは、カニャール家を出ると、

いつもの彼女へ戻っていた。


そんなベアトリスを、ロゼールは慈愛のこもった眼差しで見つめている。


友だちって良いなあ……と。


しかし、ベアトリスは既にクールダウンしていた。


車窓から外を眺めながら、ぽつりと言う。


「ロゼ、今日、フェリシーの奴、結構機嫌が良かったわ」


え?

とロゼールは驚く。


「フェリシー様、機嫌が良かったのですか? あれで?」


そう、さすがに力、魔法の応酬にはならなかったが……

口論が激しさを増して来ると、

ベアトリス、フェリシー双方、口汚い言葉の応酬があったからだ。


ロゼールの質問に対し、ベアトリスは大きく頷く。


「ああ、フェリシーはね、すこぶる機嫌が良かったわよ」


「そう……なのですか」


「ええ! もしもお互いに本気となったら、容赦なく相手を倒すでしょうね。力や魔法だけではなく、卑怯とか関係ない、方法を問わない、ありとあらゆる権謀術数を使ってね」


「権謀術数……」


「あの子は、フェリシーは多分、カニャール侯爵家を継ぐと思う。入り婿を取って女性当主になるでしょう。それだけの器を充分に持っているわ」


レサン王国において、伯爵以上の上級貴族に関しては、

王国というか、王家の審議はあるが、女性当主が認められる。


それゆえ、ロゼールのブランシュ男爵家は、ロゼールを女性当主にはしなかった。


いや、もしも可能でも、父オーバンがそうするのか、

甚だ疑問ではあるのだが……


話を戻そう。


ロゼールは、ベアトリスへ問う。


「入り婿を取って女性当主に……フェリシー様が?」


「……ええ、だから早めにフェリシーを殺しておけと、おじいさまからは言われたわ」


しれっと、怖ろしい事を言うベアトリス。


さすがにロゼールは驚く。


「えええ!? 殺せって!? 本当に!? グ、グレゴワール様から!?」


昨夜、ロゼールが遭遇したドラーゼ公爵家前当主グレゴワール・ドラーゼの亡霊。


人外の亡霊とはいえ、グレゴワールからそこまでの非情さは伝わって来なかった。

話しぶりからすれば、孫娘溺愛の好々爺こうこうやという雰囲気しかなかった。


しかし現実は……非情である。


貴族というのは表向きはエレガントで穏やかな紳士、淑女。

しかし裏では殺し合いも辞さず、権謀術数を駆使する魔物……


ベアトリスはロゼールに対し、少しずつ自分の内情を告げている。

リアルで非情な状況を。


ロゼールが、ドラーゼ公爵家に関して覚えていた違和感が……

徐々に見えて来た。


その違和感が明確になった時、ロゼールの果たす役目が見えて来るはずだ。


つらつらと考えるロゼールをよそに、

ベアトリスの話は続いている。


「うん、フェリシーが当主になったら、現在のカニャール家よりも数倍強力になる。王国における貴族家筆頭、ドラーゼ公爵家の地位を脅かし、遂には追い落とす可能性もあるとね……言われたわ」


「……………………」


「でも、私には出来なかったわ。幼い頃からフェリシーとは、競い高め合って来た間柄……彼女も多分同じよ」


「……………………」


「しかし、何かが原因で、私、フェリシー、ふたりの気持ちの均衡が崩れれば、一気に殺し合いが……戦いが始まるかもしれないわ。ドラーゼ公爵家とカニャール侯爵家のね」


話はどんどん核心へ近づいている。

ロゼールは思い切って、尋ねる事とする。


「……………………ベアーテ様」


「ん?」


「ベアーテ様はやはり、ドラーゼ公爵家を継がれるのですか? 当主におなりになる」


「……さすがに気づいたのね」


「はい、食事の席順で……次期当主様の席に座ってらっしゃいました」


「そうか……」


「それも前当主グレゴワール様のご命令ですか?」


「ああ、……そうだ」


ここで、ロゼールはもっと怖ろしい事を想像した。

しかしそれはさすがに口にする事は出来なかった。


しかし、そんな想像を砕く、衝撃の発言がベアトリスから放たれる。


「私は、決めているの……ドラーゼ公爵家を継がない」


「え?」


「おじいさまの遺言は守らないわ」


「……………………」


「だから、おじいさまは私へうるさいの」


「……………………」


「そこまでして、家を守ろうとは思わない。そしてドラーゼ公爵家とカニャール侯爵家の戦いを絶対に回避させたい! 私は、そう思っているわ」


「……………………」


ロゼールの想像が当たっているとすれば、

ベアトリスはドラーゼ公爵家を継がないのは納得出来る。


しかし更に、衝撃の発言が!


「ロゼ、私にはね、愛する人が居るわ」


ベアトリスには婚約者が居ないと聞いている。

一体誰が!? 


ロゼールはつい、聞いてしまう。


「え!? 愛するって!? ど、ど、どこの! ど、どなたなのですか」


しかし、ベアトリスは唇へ人差し指を添える。


「うふふ、し~。……内緒。私と、その本人しか知らない愛なのよ」


「……………………」


「悪いけど……まだ相手が誰とは言えない。たとえロゼでも、ね……」


そう言ったベアトリスの表情は、ひどく優しかったのである。

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