【三章完結】『最強負けヒロイン』さんは今日もあなたの一番になりたいっ!

庵才くまたろう

学園の天使とたった一つの冴えた負け方

第1話 負けヒロイン現る

 魅力的なヒロインたちが様々な創作で跋扈ばっこする今日こんにち、作者の都合や読者の意志、または様々な要因で意中の男性と思い通りになれない女の子たちがいる。


 物語という辻褄からはじき出された悲しき存在。


 しかし忘れないで貰いたい。


 そんな負けヒロインにこそ心惹かれてしまう人種がこの世には確かに存在するのだ。

 

「あのですね立花君、そろそろちゃんと答えて欲しいのです。私、すっごく真面目な相談してるんですから」


 一学期の中間考査も無事に終え、真っ青な空が頭の上を心地よく包み込む5月の終わりかけのことだった。見覚えのある一人の少女が僕の安寧の地であるボランティア部の部室を訪ねてきた。


「だから志津川しづかわさん、僕はいたってまともに回答しているのであって、それをちゃんとと言われましても……」


 壁の時計は16時半を少し回ったところで、窓からは運動部の賑やかな声が風に流れて飛び込んできていた。


 桑倉学園ボランティア部の部室は東棟の4階に位置している。東棟は教職員用の駐車場を挟んで直ぐ真横にグラウンドが付設していて、この声がまた心地よい。

 

 放課後、誰もいない部室で一人この声を聞きながら本のページをめくる。なんと幸せなことだろうか。


 だからまさかこの至福の時間に思わぬ訪問者がやってくるなんて、僕こと立花一樹たちばないつきは想像もしていなかったのである。


「ねぇ、聞いてます?」

「へぇっ!? えっ、あ、はい、多分大丈夫ですっ!」

「……それ、聞いてない人の台詞ですよね?」


 同学年の中でもひと際整った彼女の顔が僕の目の前にぐいと近づいてくる。嬉しいったらありゃしないのだが、普段美少女と縁もゆかりもない僕としては正直1割ほど勘弁して欲しい気持ちもある。

 なんというか、シンプルに心臓に悪い。


「き、聞いてるって。その、A組の仁科君がどうのこうのって」


 志津川琴子しづかわことこ。僕と同じ桑倉学園の2年Bクラス。成績優秀で運動も得意。人当たりもよくておまけにハチャメチャの美少女ときたもんだ。

 

 噂ではどこかのお金持ちの娘らしいのだが、彼女の普段の振る舞いを見ればそれもまた納得だ。

 

 志津川さんが今年うちの学園に転校してきてからというもの、彼女の名前が男子生徒たちの話題に上がらなかった日はないだろう。


 そんな彼女がなぜ僕みたいな冴えない男がいるだけの部室を、青春真っ盛りの一番貴重な時間である放課後を使って訪ねてきているのか。


「そうなんです。仁科君ともっと距離を近づけるためにはどうすればいいのか、それを一緒に考えて欲しいのです」


 所謂恋愛相談。そう言う事である。


「というか今更なんだけどどうして僕なんだよ。言っちゃなんだけど僕が他人の恋愛相談に乗れるような経験値の高い男に見える?」

「まぁ……正直言うと、見えないですね」


 志津川さんのこういう純粋なところは凄く好感が持てるし長所だと思う。でももうちょっとこう、良い感じの言い方は無かったんだろうか。


「き、気を悪くしてしまったらごめんなさい……っ」


 すらりと伸びた手足を存分に使ってこちらにぺこぺこと頭を下げる志津川さん。直ぐにそこに気づけるんだったら最初から触れないで欲しかった。


「まぁ、自覚があるから良いんだけど……。でもこれで分かったと思うけど、僕が志津川さんの力になれるようなことは何も無いよ」

「だけどクラスのお友達曰く、ボランティア部は何でも相談に乗ってくれると」


 誰だよそんなこと言いだした奴は。せいぜい僕らに出来る事なんて駅前のゴミ拾いと児童施設の手伝い、それに近所のお年寄りの畑の手伝いとベビーシッターにどぶ池の掃除ぐらいで……あれ、考えてみると思ったより手広くやってるな。


「もしかしなくても便利屋かなんかだと思われてる?」

「い、いえっ、そんなつもりはないのですが……、その、お恥ずかしい話、親しい友人にはこんな話は出来ませんし」


 さて、ここで改めて志津川琴子の相談事を思い返してみよう。


 彼女の相談は至ってシンプル。「どうやったら仁科君ともっと親しくなれるのか」である。


 ここで言う仁科君というのはA組の仁科奏佑にしなそうすけの事だ。友人と呼べる間柄ではないが、かと言って全く知らない相手でもない。一年の時は同じクラスだったし、校外学習では同じ班になったこともある。


 優しくて気が利くとてもいい男で、その上顔もイケメンと来た。こんな恵まれた奴が現実リアルに存在するのかと知り合った当初は愕然としたものだ。


 更にこいつには、ハチャメチャに可愛い幼馴染が居る。

 ラノベかゲームの主人公かよ、と当時盛大にツッコミをいれた僕の気持ちも分かって欲しい。


「でもほら、こういう恋愛相談って僕みたいな冴えない男よりも仲のいい友達とかにするのがお決まりみたいな感じじゃない?」

「仲のいい友達……」


 何かを考えこむような仕草を浮かべる志津川さんに向け、僕はさらに言葉を並べる。


「ほら、粟瀬あわせさんとかどう? クラスは違うけどよく喋ってるみたいだしっ!」


 ここで言う粟瀬さんというのは仁科君の可愛い幼馴染のことだ。


 粟瀬柚子あわせゆず。肩口で揺れるふわふわとした栗毛が特徴の、明るくて愛嬌のある大型犬みたいな少女だ。聞いた話によると仁科君とは幼稚園の頃からの付き合いで、その腐れ縁もかれこれ13年になるらしい。


 正真正銘の幼馴染と言う訳だ。


 名案だと思った。人格者である志津川さんの友人なら、きっと彼女の力になってくれるに違いない。何より仁科君と最も近しい人物である。そんな彼女の力を借りられれば鬼に金棒に違いない。


柚子ゆずちゃん……」


 しかしそんな僕の考えとは裏腹に志津川さんの顔は一向に優れない。


「柚子ちゃんにだけは……相談できる訳がありません……」


 全く世の中はままならない。仁科君みたいにモテるやつはモテるし、僕みたいにモテないやつはどこに行っても縁がない。


「だって――」

「と、とにかくっ! 誰にも相談できなかった志津川さんはどうしようもなくなって僕のところにやって来たとっ!」


 何処か翳りを帯びた志津川さんの表情に、思わず僕は助け舟のように口を開いた。おせっかいだったかもしれないけれど、なんとなく彼女にその先を口にさせちゃいけないような気がした。


「それで僕にどうして欲しいの? 志津川さんと仁科君を恋仲にしてくれ、なんて相談は流石に無理があるよ」


 人間の想いは無限大だ。他人にどうこうできるような代物じゃない。ましてや恋心なんてもってのほかだ。


「そ、それはちょっと違くて……」


 しかし、志津川さんの要望は僕の思ったところとは少々……いや、この後の言葉を聞けば分かる。思ったよりも斜め上にズレていた。


 魅力的なヒロインたちが様々な創作で跋扈する今日、作者の都合や読者の意志、または様々な要因で意中の男性と思い通りになれない女の子たちがいる。


 物語という辻褄からはじき出された悲しき存在。


「相談というのは……」


 そんな少女にこそ心惹かれてしまう人種がこの世には確かに存在する。


「私を、最強の負けヒロインにして欲しいのですっ!」


 志津川琴子はそんな負けヒロインに心縛られてしまった一人であった。

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