第2話 対決

『アラクネ』は警戒した。

光源の限られた空間で敵の動きに注視していた。

敵の数は確実に減って来ている。それにも関わらず彼女は不吉な予感を拭い切れずにいた。

「…………」

だが、ほかに選択肢などあるだろうか。彼女には今成すべきことに全てを注ぐ事以外に出来ることなど何一つなかった。

「………そこの」

銃口を男に頬に押し付けた。スーツを着た男だった。

「例のデータはどこ?」

「……ここにはない」

「……それは新手のジョークかしら?」

「ない。それは『プロフェッサー』が持っていった!俺はそんな大層なものは持ってない!信じてくれ!」

「…………」

男は両手と両足を拘束されていた。ぐるぐる巻きの状態で縄脱けの技術でもない限りは到底外すことなど不可能であった。

「そう、ならね――」

刹那。

金属の砕ける音が部屋の外に響いた。何かを倒した音と混じり衝撃が部屋の内外に強く響いた。

「!?」

『アラクネ』は警戒した。現在の位置は大使の執務室。部屋には暴徒鎮圧用の自動式対人砲や警備ドロイドが配備されている。全システムがこの部屋の隣の第一警備室に設置されているためハッキングさえしてしまえばこっちのものであった。

そこまで考えるたところで彼女は恐ろしい考えに行き着いた。

今の音は警備用のドロイドが破壊された音。

今考えられる状況は二つであった。

一つは狙撃等で、外からアンドロイドが破壊されただけの可能性。

もうひとつは、私の戦術を知る相手が敵に存在している可能性。

最悪なのは後者であった。後者の可能性で苦戦をする可能性があるのは一人。

アラカワ・シン。

共和国外人部隊第二空挺連隊に所属していた男。

接近戦の名手。不正規戦と心理戦のスペシャリスト。どんな状況でも生還する不屈の兵士。

『アラクネ』は一度思考を放棄した。敵のがより最悪な相手である可能性を捨てたかった。しかし、心では拒否できても頭では拒否できない現実を彼女は思い知る事となった。

アラクネは監視カメラの映像を何度か切り替えた。

敵の第二波が来る。外国が絡むならば、SIAが動かざるを得ない。しかし、大部分の動けるSIAの局員は別件の任務のいないことは確認している。レオハルト本人と戦闘能力の乏しい捜査官ぐらいだが、レオハルトは将校の立場である以上は最前線を動くリスクは可能な限り減らすはずだ。警備部隊を動かすこともリスクになる。

ならば、外部の信頼できる人間に委託しようとするだろう。

そう彼女は考えながら、カメラの映像を切り替える。

彼女の予感は的中した。

停止コードの効かないドローンの猛攻をくぐり抜けた人物がいた。

短時間で。

その背丈と口元のスカーフから彼女は確信する。

アラカワ・シンの襲来を。対決の時を。






シンは何事もなかったかの様に突き進んだ。

警官隊が苦戦しているにもかかわらず。

少ない相手をやり過ごしたのではなかった。むしろ進んで警備ドロイドの相手を引き受けた。数は四機。本来なら一機相手に五人立ち向かう必要がある。

しかし、彼は狭い通路に誘い込んだ上で四機を相手した。

警官隊は逃げろと口々に言ったにもかかわらず、一人で相手した。

そして勝った。

わずかな間であった。

文字通り、早業であった。

ドロイドの首元、駆動系の稼働に関わるコードを切り取ったのである。

腕部に内蔵された電子銃は無力モードでなく、威嚇用の殺傷モードで稼働していた。

不思議なことに撃つまでの間に警告する機能は残されていた。

それでも、しくじれば命はない。警告を無視したと見なされている。運が良くても足を撃ち抜かれるだろう。アラクネのもとには絶対に辿り着けない。

しかし、彼は手慣れたデスクワークをこなすかの様に冷静で、正確だった。

警官隊は他の警備ドロイドを相手している。シンはその隙に移動した。

「こちらシャドウだ。アラクネの部屋の前に侵入した」

「……驚いた。全くと言っていいほどブランクはないようだな。シャドウ」

「ああ」

「相手は頭が切れる人物だ。十分注意してくれ」

「了解した。シャドウ、オーバー」

大使の執務室の前の廊下は比較的静かであった。床の下には警官隊の銃声と怒号が小さく響いている。レオハルトの忠言の通りである。

アラクネが油断ならないのは百も承知であった。

しかし、それはアラクネも同じだ。接近戦に持ち込めばシャドウのほうが有利である。アラクネはいわゆるサイボーグだ。体を機械に置き換えている。

しかし、アラクネの場合は最低限度のものに抑えられていた。

首筋と両腕だけだ。

演算補助のための補助回路の接続のために『うなじ』に接続部分を、腕は戦闘兼作業用に改造してあった。

戦闘能力は重武装の人間と変わらない。

問題は部屋にいくつ機械が存在するかであった。

ハッキング能力に優れ、機械の扱いに長けたアラクネは待ち伏せの戦術に長けていた。

扉と窓に罠を仕掛けている可能性は否定できない。

迂闊に突っ込むことはとても危険であった。

シャドウは辺を見渡した。

アラクネの部屋への突入前に警備関連の資料を調べられないか。

注意深く辺を見回す。ツァーリン連邦の大使館は、小さな要塞としての機能があった。ならば、物騒な物資があってもおかしくない。シャドウは自動砲台の射程に注意しながらいける部屋は全て物色した。

紙という紙。資料という資料。すべてひっくり返した。

「ん?」

一枚の紙にシャドウは着目した。高性能、天井設置式用自動砲台の整備についての報告。

天井にひとつ。その資料をみたときシャドウは露骨ににやついた表情をした。

一つしかないなら対処はできる。シャドウは屋上に、アラクネ達の真上に移動した。

アラクネは窓と扉に注目した。窓から侵入すれば、アラクネ本人の電子麻酔銃の餌食。扉からくれば、乗っ取った警備用ドロイドの餌食。

さあ、どうする?

アラクネは既に敵の戦意を削いだ後の策の構築に注意が向いていた。

突然、天井の中心が崩落する。

不意をつかれたアラクネが部屋の中心の存在に気づくのに時間がかかってしまった。シンは自動砲台を破壊しながら突破口を作り上げた。

時間がかかった。

その隙に『鴉の男』がアラクネに組み付いた。

腕を捻りあげ、ジョイントの部分を手早く外す。そしてもう片腕も。

『鴉の男』は一瞬でアラクネを無力化した。

鮮やかなやり口だった。崩落したのは中心の何もないところだったため隅の方にいた人質も無事であった。

男はプロテクターの無線を起動し、臨時司令所の周波数に合わせた。

「シャドウだ。アラクネを無力化した。人質は負傷しているが、命に支障はない。任務完了。オーバー」

アラクネはもがいた。もがいて、もがいて、窓の外に身を乗り出そうとした。しかし、シンと後から駆けつけた警官隊の手で完全に拘束された。

「っそぉおおおおおおおおッ!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

アラクネは叫んだ。狂うかの様に。悶えるかの様に。

しかし、女の悲痛な敗北の叫びは空しく大使館の内部に響き渡った。

ゴッ。

警官の一人に後頭部を銃で殴られ、アラクネはとうとう抵抗をしなくなった。






アラクネが警察車両に乗せられた後、シンは深く思い悩んだ表情を浮かべていた。

「シャドウ、いや、シン君どうした?」

「……中将」

「よくやってくれた。報酬は指定の口座に振り込んでおいたよ」

「……」

「……腑に落ちないようだね」

「ええ、これだけではないでしょう?」

「そうだ。すまないが、彼女のことをたのむよ」

「……言われなくても。彼女の件は解決します」

「ツァーリンの軍を相手することも考えてくれ」

「想定内です」

『鴉の男』と若き将校は警官達の領域となった大使館から早々に踵を返した。

それは、戻るためではなかった。進むためであった。

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