第74話 田畑の害鳥駆除?
気を取り直して俺たちが次に向かったのは、村の外れに拓いた田畑であった。
その外側を歩きながら、様子を確認する。
こちらも工場同様に、見ぬ間に立派になっていた。
ここへ来た当初は、用水路に流れる水の量が少ないことから、かなり細々とした栽培しかできていなかったが、それを解決してからというもの、耕作面積もかなり増えている。
「……なんで雑草を育ててるの」
そんな一面に広がる田畑の中からナターシャが指さすのは、綺麗な穂をつけた植物、要するに陸稲だ。
「あぁ、実は食べられるらしいんだよ、これ。コメって言うのが獲れる。俺も、他の植物だと勘違いしてたけど、この水で炊いたら本当に美味しいんだ。小麦と同じ、主食になる」
「……あら、そうなの」
そう口にしつつも、ナターシャの顔からはまだ半信半疑であることが読み取れる。
できるならすぐにでも食べてほしいところだが、まだ収穫の時期ではない。もうひと月ほどは要すると、コメの発見者であるアリスからは聞いていた。
「しかも! このおコメ、収穫終わりですぐに植えたら、5月にまた採れるんですよ!」
シンディーが人差し指を立てつつ、補足してくれる。
そう、それも含めて本当に優秀な食材だ。
普通は秋に一回採れるのが普通らしいが、このあたりのコメは、テンマの頃に改良したものが残っていたらしく、冬の厳しい寒さに耐性がついているらしい。
要するに、春と秋の二期作が可能なのだ。
あとはどれだけ実っているか。それを確かめようとしたとき、田畑の中が騒がしいのに気づいた。
「あ、そこだ! 追い払うぞ!」
「くそ、厄介だなぁ」
村人たちが耕作具であるはずの鍬や鋤をぶんぶん振りまわしている。
「ディル様、あれは……?」
「喧嘩しているって感じでもないな、豊作の儀式って感じでもないし」
ともかく、危険である。
あれは、土を軽い力で掘り返せるような便利な農具であるかわりに、たとえば老人や子供が使っても、その出力は大きい。
間違って人に当たってしまったら、かなり危険だ。
「とにかく止めるぞ」
俺は田畑の間を縫うようにあったあぜ道を、身体を横にしながら中へと進んでいく。
「あっ、ちょっと待ってくださいな」
シンディーはすぐにあとを追いかけてきたが、服が汚れるのを嫌ってか、ナターシャは入ってこない。
が、今はそれよりもまずは止めるほうを優先しなければならない。
俺はすぐ手前まで近寄る。
そこで見たのは、田畑の中から勢いよく飛び出してくる数羽の小鳥だ。
それで、だいたい理由は察せられた。
鳥害を避けようとしていたのだ。
「りょ、領主様……!」
「こんなところでなにを⁉」
村人たちは俺に気付くと、農具を振り上げたまま固まる。
まさか、田畑の中で顔を会わせるとは思わなかったのかもしれない。
「とりあえず、それ降ろしてください。あと、向こうで少し話を聞かせてください」
こう言えば、みなが一様に何度も首を縦に振った。
彼らを連れて、田畑の外へと出る。
ナターシャと再合流したのちに理由を尋ねてみれば、
「すいません、最近、鳥たちが米や小麦を狙って襲来しているんです」
予想はやはり当たっていた。
「報告が遅れて、申しわけありません。一応、わらで作ったかかしを置いたりなどの対策はしているのですが……」
なるほど、対策をしたうえでの被害となると、難しい課題だ。
だが、確実に対処しなければ、この数か月の努力が無駄になってしまう。
乱暴でも、とにかく鳥を追い払おうとする村人たちの気持ちも十分に分かった。
「なにかもっと有効な策があればいいんだけどね」
俺たちは、寄り固まって頭を悩ませる。
が、なかなかいい案は出ない。
キャロットに貰ったスキルを活かして罠を作ろうにも、かからなければ意味がないし、白龍に上空を警戒してもらう手も考えたが、彼の起こす風がむしろ田畑を散らしてしまう可能性もある。
と、そうしている間にも、鳴き声がさかんに聞こえ始めた。
上空を見上げれば、鳥たちは再び機会を狙っているのだ。
こうなったら、とりあえずの対処に打ってでるほかない。
「皆さん、少し離れてもらっていいですか?」
俺は、こう言ったのち、みんなから十分な距離を取り、剣を抜き放つ。
その先を空へと向けて、一度呼吸を落ち着けた。
こうすることで、身体に巡る「気」が一気に増幅していくのだ。
俺はその状態で、タイミングをはかる。鳥たちが一斉に下降してくるタイミングで一気に、「気」を解き放った。
相手を威圧する、「剛」の気だ。
すると、鳥たちは羽音を盾ながら、またたく間に反対方向へと飛び去っていく。中には気を失ってか田畑に落ちてくるものまであった。
俺はそれを確認してから、一つため息をつき、剣をしまう。
それから、シンディーらが逃げたほうを見に行けば……
「み、みなさん⁉ 大丈夫ですか!」
村人たちの中には、腰を抜かして倒れこんでいる者までいた。
こうなることを避けたくて、離れてもらったのだけれど、俺自身が思ったよりも「気」を使いこなせるようになってきたこともあるのかもしれない。
予想していたより広範囲に、技が届いてしまったようだ。
「すいません、みなさん」
俺は「気」の圧を完全に解いて、彼らの方へと駆け寄る。
「い、いやぁ、こちらこそすいません。獣王のような圧倒的なオーラを感じて……すいません! それから、ありがとうございます! これで、しばらくは来ませんよ、いや間違いありません。俺が鳥なら、絶対近づきたくないですもん」
倒れこんだまま、一人の村人が言う。
そんな彼の手を引き、起こしてやりながら、俺は楽観していなかった。
鳥は忘れっぽい生き物だ。
数日後にはまたやってきても、なんらおかしくはない。
毎日、こうして「気」を放っているわけにもいかない。
とすれば、より根本的な解決になる別の策を考える必要がある。
俺はそれを頭の片隅で考えつつ、田畑を離れる。
するとそこでナターシャが、ぼそりと呟いた。
「オドーレ魔石」
と。
「砕いたものを掛けておけば、さっきの鳥、ヒヨが嫌がる効果がある」
「……! それ、本当か?」
「うん。私、家にいる間に魔石研究はしてた。だから分かる。テンマがある北方で産出される魔石」
そういえば、そうだ。
このお嬢様の知識量は、かなりのものなのだった。
俺も勉強ならかなりこなしてきたつもりだが、仕事内容が多岐にわたっていたこともあり、どうしても一つ一つの知識は浅いところがある。
逆にナターシャは、自分の気に入る内容であれば、とことん調べるタイプであったし、その時間もあったのだ。
さっきは村人の前ということもあり、人見知りが発動して、なにも言えなかったのだろう。
「いい情報をありがとう。すごく助かるよ」
「ですね! わたくしからもお礼を申し上げます」
「……ならよかった」
ほんのり頬を赤らめるナターシャを横目に、俺はメモを取り出して、魔石の名前を記す。
これは、近いうちに採掘に乗り出す必要がありそうだ。
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