第6部 科学と魔法
1 千円札の湖畔
食事が終わったあと、先生はさっそく車を出してくれた。
来た時同様に島村先輩が助手席に乗るのかと思ったら、先輩は僕に助手席を譲ってくれた。
「康生はここへ来るの初めてだから、前でいいよ。その方が景色もよく見える」
俺はその言葉に甘えることにした。
原生林の中の道を進んで、すぐに国道に出た。ここまでは歩きでもそれほどたいしたことはないくらいで、国道に出たところにバス停が見えた。
鉄道も何も走っていないこの地域だから。車がない人がよその土地に行くときはここからバスで、あの巨大遊園地のある観光地の湖まで行くのが普通のようだ。
「湖といえばね、富士山のふもとの五つの湖のうちいちばん小さい湖がこのすぐなんだけど、本当に小さいから景色もあまりよくなくてつまらない。今から一番西の湖に行くよ、そこでおもしろいものを見せてあげよう」
先生はそんなことを言いながら、国道を西へ、昨日来たのとは反対の方へと車を走らせた。
道は自然の中へと入っていく。
左は樹海の原生林だけれど右にはちょっと小高い丘もあって、森は森でも植林が原生林とは少し違っていた。
「先生。法要はやりましたけれど、お墓参りとかは行かないんですか?」
俺は助手席から、運転する先生に聞いてみた。さっきも聞いたのだけど、やはり俺はそれが気になっていた
「行かないさ」
先生は笑っている。
「お仏壇にお参りしたら、わざわざお墓なんか行く必要ない」
「はあ」
でも、お盆やお彼岸といえばふつうはお墓参りとか行くだろう。
「実はご先祖様は、お墓はあんまり問題にしていないんだよ。仏壇のお位牌の方がはるかに大事なんだ」
「そうなんですか」
「あの世のご先祖様と霊波線がつながっているのは、お墓じゃなくってお位牌だからね」
そんなことを話しながら先生が運転する車は、結構くねくねとカーブする国道を走る。
交通量もそこそこあった。
そして二、三分走っただけで、左右の密林は切れてちょっとした集落に出た。
田舎ではあるけれど、そんなに
そこで国道から離れた。
そしてカーブを繰り返しながら続く道が小さなトンネルを超えると、左側にぱっと湖が見えた。
先生の家のすぐそばの一番小さな湖よりは大きいというけれど、ここもそんな大きな湖ではなく、山間にひっそりと水をたたえているという感じだ。
湖沿いにくねる道を走ること五分くらいで、車が多く停車して、人出も多い場所に来た。
少し高台で小さな公園もあって、湖を眼下にはるか遠くまで見張らせる展望のきくところだ。
道沿いに駐車場もあるけれどそんなに大きくなくてすでに満車であり、多くの車は道端に路上駐車していた。
先生の車も同じように路辺に停まった。
車から降りると、湖を見おろすあたりはかなり多くの観光客がいて、みんなスマホで写真とか撮っている。
道の下の湖岸はキャンプ場になっているようで、たくさんのテントが見えた。
そしてここは湖が見えるだけでなく、何よりも湖の向こうに富士山を臨めることができる場所だった。
「やはり夏はだめだなあ」
先生は残念そうにつぶやいた。
俺たちは先生の言葉を気にもせず、悟はさっそくスマホを取り出して写真撮っている。
「誰か、千円札出してごらん」
先生に言われて、島村先輩がポケットから財布を出して、千円札を取り出した。
「裏を見て」
島村先輩のお札を、俺と悟でのぞき込む。
「ああ」
見慣れたはずのお札のデザインの富士山だが、今目の前の富士山の光景と見比べてみる。
「確かに、似てるなあ。ここかあ」
周りの観光客たちもそれを知っていて、わざわざ見に来たという感じに思えた。同じように千円札を出して、そのデザインと実際の景色を見比べたりsている人も多い。そしてその構図でスマホで写真を撮っている。
「どうだ、
でも、なんか違う。
それは一目瞭然だ。
お札の富士山は冠雪があるけれど、今は夏。富士山は全体が青々とした山だ。
やはり冠雪がないと富士山という気がしないというのは、昨日廃校のグランドで富士山を見た時の感想と同じだ。
「それとね。やはり夏じゃあ無理な光景がもう一つある」
先生が言う。お札の絵にはあって目の前の風景にないもの……それは湖に映る逆さ富士だった。
「湖の水面に富士山が映るのは、冬のよほど風のないときだけで、年に数回、しかも短時間だけなんだよ」
それでも、富士山の周りの地形などから、やはりお札の富士山はここなんだなと思う。
「で、そのお札を上下逆にしてごらん」
さらに先生は言う、島村先輩は言われたとおりにした。
「あれ?」
島村先輩の声に俺と悟ものぞき込むと、たしかにそこに異変はあった。
上下逆にすると湖に映っている富士山が上になるのだけれど……それは富士山じゃあなかった。
お札をもう一度戻す。そして初めて気づいたのだけど、湖に映る富士山は本物の富士山のきれいな反映ではない
「それはね。別の山だ。イスラエルのシナイ山」
「え? シナイ山って、モーセが十戒を授かった山ですよね」
驚いた口調で島村先輩は言う。
「なんでそんな山が富士山として描かれているんですか?」
悟もしきりに首をかしげている。
「さあねえ」
先生はいたずらっぽく笑っているだけだった。
それからさらに、湖を一周した。車ならほんの十数分だ。
先生は運転席、俺は助手席。
こんな近くに並んで座っているのだから、日ごろの疑問をぶつけるのは今だと、俺はひらめいた。
「先生。質問、いいですか?」
「なんだい?」
先生はハンドルを握って前を見たまま、返事をしてくれた。
俺は意を決した。
「先生はお昼ごはんの時に、回復魔法について宇宙のエネルギーがどうのこうのって言われてましたけど、魔法とか高次元からのメッセージとかなんかオカルトっぽい気がするんです」
さすがに中二病とは言えない。
「なんか、理科の先生の口からそういうこと聞くと、なんていうか、やっぱりその」
「違和感があるだろう?」
先生は笑った。
「それに僕は見たことないですけど、父の話では昔よく駅前とかで、『三分間あなたの幸せを祈らせてください』とか言って通行人をつかまえて目をつぶらせて、額に手をかざしている宗教団体もあったそうですけど、このパワーとは違うんですか?」
「もちろんそれに比べたら、我われのパワーはずっと科学的だ。その科学的説明をしてくれってことだよね?」
先に読まれている。
「僕も聞きたいです」
後部シートから悟も言った。
「悟には話したことなかったっけ?」
「はい」
「わかった。もちろんお安い御用だ。じゃあ、帰ったら早速」
それから来た時と同様に、二十分もかからずに先生の自宅に帰りついた。
俺たちはさっそく寝泊りしている部屋に上がり、先生もついてきた。
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