3 ハイキング

 翌日の予定はハイキングだった。


 気持ち悪いくらいすがすがしい朝で、まだこの時間空気はひんやりとしている、

 大自然の香りの中での目覚めは、本当に気持ちのいいものだ。すっかり魂が洗われたような気もする。


 空はよく晴れていた。今だからこそこんなに過ごしやすいが、昼になったらまた暑くなりそうだ。


「涼しいうちに、ご飯炊こう」


 島村先輩がそう言うので、皆は喜々として作業に入った。

 話には聞いていたが飯盒はんごう炊爨すいさんだ。


「康生、やったことある?」


 悟に言われて、俺は首を横に振った。


「生まれて初めて」


「一年生もみんなそうだよな?」


「はい」「はーい」「は~~い」


 みんな口々に言う。

 そこで島村先輩のレクチャーが始まった。


 洗米は適当でいいこと、水加減、そして薪で起こした火にくべて、飯盒の蓋からよだれが流れ始めてしばらくしたら火から外すことなどを聞いた。


 なかなかうまくいかず、芯がしっかりとした根性のあるご飯とか、焦がしてしまったのとかで、そのたびにみんなわちゃわちゃと大騒ぎだ。


 朝からそんな和気あいあいとした中で、朝食となった。

 おかずなんかない。ごはんにふりかけだけだ。芯がある筋金入りでもおこげでも、なんだかこんなおいしいご飯は初めてだって感じだった。


 そして続いて昼の分のおにぎりをみんなで作り始めた。


 あとかたづけも終わり、いよいよ出発だ。


「貴重品は持って行ってくださいよ」


 管理人のおじさんが念を押すように言った。

 スマホと財布さえ持っていればあとは取り立てて貴重品もないので、だいたいの荷物はテントの中に置いて行った。

 ただ、美穂だけはしっかりとクンちゃんの鳥かごを抱えていた。


「クンちゃん一人置いて行けないよお」


 美穂はそう主張した。美穂にとってクンちゃんは一羽ではなく一人なのだ。


 キャンプ場を出て、駅から来た道を駅とは反対方向に歩いて行く。車がやっと擦れ違えるくらいの細い道だけど、舗装はしてある。

 時々思い出したように民家もあり、十分くらい歩くと古い旅館もあった。このあたりが「札所」として有名な寺があるようだけど、寺は道沿いではないようなので素通りらしい。


 そこからは道はぐっと狭くなった。

 緩やかに上り傾斜だけど、そんなきつい坂道という感じではない。舗装はされているけれど、もう車一台が通るのがやっとで、擦れ違うことはできないだろうと思う。

 一方通行なのか、それならそんな標識があったかなとも思うけれど、車を運転しない俺にはよくわからない。


 ただ、あまり心配しなくてよさそうなことに、これまで前方からも後ろからも一台も車と出会ってはいない。


 二十分くらい歩いたころにはもう、時々思い出したようにあった民家もなくなり、完全に山の中という感じになった。

 標高もだいぶ高くなっているだろう。

 道の左右は傾斜の上が森となっているけれど、幹ばかり林立し枝葉はずっと上の方にある背の高い木ばかりだ。明らかに人工の植林である。


「休憩」


 島村先輩が指示する。

 最初はキャンプ場にいたころと同じきゃぴきゃぴワイワイと騒いで歩いていた俺たちだったけれど、そろそろ疲れてきたのか少しずつみんな口数が減っていた。


「「「わーい」」」


 歓声をあげて思い思いのところにそれぞれ腰を下ろした。


「水分補給しろよ」


 青木先生に言われるまでもなく、各自で水筒の麦茶を飲んでいる。それもあまり一気に飲んでしまうと、飲み物の自販機なんて期待するべくもないような山中だからあとが困る。


 時間にしてはそんなにたっていない。従って距離もそんなに歩いてきたとは思えないけれど、緩いとはいえ上り勾配だ。そしていよいよ暑さも増してきた。

 やはり普段から体を鍛えている運動系と違って、文化部の弱さかもしれない。


 休憩が終わってまた歩き出すと、道はやたらと曲がりくねるようになり、さらに高度を増していった。

 カーブには一応すべてミラーが設置されているから、時には車も通るらしい。だが、そう頻繁でもないらしいことは、アスファルトの隙間から茂る草でわかる。


 もうかなりの高さまで昇ったことは、時々沢を見下ろすようなところがあるのでわかる。

 でも、左右とも木々にさえぎられて遠くの景色は見えない。

 ただ、道の左側の方が上り斜面が続いていた。

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