第3部 夏合宿

1 朝日ヶ峰ハイランド 

 夏休み前にこの部に出入りしている人たちのLINEグループがあるので、連絡用に俺も入ることを勧められた。


「これも強制じゃないけど、電話より手っ取り早い」


 島村先輩もそう言うし、断る理由もないので俺も登録した。


 夏休みは特に部室にみんな集まるということはないとのことで、俺はまず宿題をかたづけてしまおうと思った。

 夏休みの宿題なんてめんどうなものはちゃっちゃと終わらせて、あとは遊びたおす主義だ。それが正しい夏休みの楽しみ方だと、某アニメの主人公も言っていた。


 そうこうしているうちに七月も終わり、八月の頭には大規模な花火大会も河原で行われたけれど、俺はわざわざ行く気もせずに近所の道端からその花火を一人で見ていた。

 そうして合宿の当日を迎えた。

 それが終わればいよいよ年に二回の恒例行事の大規模同人誌即売会のために東京に行く。


 俺たちは駅で待ち合わせた。

 学校の部室で待ち合わせたら、制服で行かなければならないのでめんどうだ。


 参加者はいつものメンバーだ。

 島村先輩とチャコ、悟、美貴、一年生の筒井美穂、佐藤新司、ピアノ(竹本ひろみ)、谷口大翔はると、智慧の天使ケルブ(藤村結衣)、そして俺を入れて総勢十人と、鳥!


 そう、一年生の美穂が、なんと鳥かごに入ったインコを持っての参加だった。


「だって、クンちゃんと離れたら、私、眠れないから」


 部活の合宿に飼ってる鳥なんか連れて行くか、ふつう?


「親になんか言われなかった?」


 俺が聞くと美穂はケラケラと笑う。


「だって、クンちゃんの世話は私が係りだから、置いて行かれたら困る、持ってけってお母さんが言うんですう」


 こんな親もいねえだろ、ふつう。

 そしてまた美穂は笑う。よく笑う子だな、まったく。


「まあ、メンバーは多い方がいい」


 島村先輩も笑っている。つくづく奇妙な集団だ。その奇妙な集団の参加者はこれだけかと思っていたら、そうではなかった。

 いちばん遅れてきたのは、巨大な登山用リュックを背に現れた大人。そう、俺とチャコの担任でこの部活の顧問の青木先生だ。


「先生も行くんですか」


 俺は思わず確認してしまった。


「当たり前だ。僕は顧問だよ」


 先生も笑っていた。

 遊びに行く仲間にしか見えないこの集団だけど一応は学校の部活で、たしかにその合宿に顧問が同行するのは当たり前のことかもしれないが、俺にとっては想定外だった。


 ホームがいくつもあるけっこう大きなターミナル駅から俺たちが乗り込んだ電車は、東京都内を始点としてこの県まで延びている私鉄だ。

 さすがにこの駅までではあるけど、東京の地下鉄が直通で乗り入れてきたりしている。


 俺たちはこの駅が始発の電車に乗り終点まで五十分ほど、そこで別の私鉄のローカル鉄道に乗り換えると景色は一変した。

 左右に山が迫り、どんどんとど田舎に電車は入っていく。自分たちが住んでいる住宅街のある町とは、同じ県とは思えないほどだ。乗り換えてからの電車は線路も単線だった。


 そして終点より二つ手前の駅で、俺たちは降りた。

 終点にはちょっとした観光地があり結構そこ目当ての行楽客も多く乗っていたので、俺たちが少しくらい盛り上がってはしゃいでいてもあまり目立たなかった。

 だけどもその終点まで行かずに途中のこの駅で降りたのは、俺たちの集団だけだった。


「なんだ、ここ?」


 俺は思わず声を挙げた。

 駅舎はぼろ小屋、無人駅かと思ったけれどかろうじて駅員はいた。


 そして駅前には少しばかりの集落があるだけで、他には何もない。そしてすぐそばに山がある。


 蝉の声がすさまじい。


 俺は他のメンバーとともに、その山に向かう、車一台がかろうじて通れるほどの上り坂になっている道を歩く。

 目の前の山の頂上まで続くハイキングコースの入り口のようで、道の入り口には「歓迎」と書かれたアーチもあった。

 看板によると、「札所」という肩書のある寺もこの先にはあるらしい。


 それにしては全く人通りがなかった。


 だが、そんなに遠くまで行かず、三分くらい歩いたら道の右側に携帯電話の小さな電波塔があって、そこが目印のようでそこから脇道を高台へと昇っていく。

 やがて、今にも崩れそうな小屋に「朝日ヶ峰ハイランド」という看板がかかっていた。


 かなり年配の管理人のおじさんがそこにはいて、島村先輩が手続きをしている。もう顔なじみのようだ。


「どっか出かけたら門限は夜十一時ですから」


 おじさんは言う。はあ?と俺は思う。

 おかしなことを言う。そんな門限、破ろうと思っても破る方が苦労する。


 そういえば夏休み前に部室で、キャンプ場の名前は「朝日ヶ峰ハイランド」だと聞いた時、俺はてっきりあの富士山の近くの巨大遊園地を連想していた。

 それと同じような遊園地でキャンプするのかと不思議に思ったものだ。

 今、目の前に展開している「朝日ヶ峰ハイランド」は、あの絶叫マシーンで有名な遊園地とは似ても似つかない、人っ子一人いない田舎の山中のさびれたキャンプ場だった。

 そもそも「ハイランド」というのはもともと「高地」とか「高原」という意味の普通名詞なのだから、このキャンプ場がその名称でも別にパクったことにはならないだろう。

 俺そんなことを考えながらも目の前の、思い描いていたイメージとは違う景色を見渡していた。

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