暁の歌、響け世界に
John B. Rabitan
《地の巻》
第1部 ミラクル少女チャコ
1 謎の転校生
俺は焦っていた。
このままじゃあ、遅刻だ。
初日早々の遅刻なんて、シャレにもならない。でも、学校がどこかわからない。
記憶をたどって歩き始めたのはいいけれど、すっかり道に迷っていた。
そこでマップを見ようと歩きながらポッケトからスマホを出したとき、俺の全身にものすごい衝撃がぶつかってきた。
といっても硬い何かがぶつかって来たのではなく、むしろそれは柔らかかった。
俺は
「いてえ」
俺は何とか立ち上がると、向こうは俺よりも先に立ち上がっていた。
「ごめんなさい。けがはないですか?」
見ると、女の子だ。小柄だけどけっこうかわいい。
そして俺がこれから行く学校の女子の制服だ。
シャツはただの白いシャツだけど、スカートの柄でわかる。
「うん、だいじょうぶ」
「ああ、よかった」
女の子はにっこりと笑った。
「同じ学校ですよね」
制服でわかってしまう。
夏服だから特に特徴のない白いシャツだけど、胸に校章はついている。
でも、女の子はそんなこと言いながらも、駆け足足踏みしてる。
「なんで学校とは反対の方へ行くんですかあ? あ、まあいいや、遅刻しちゃう!」
俺が事情を説明するまでもなく、女の子は慌てて走って行ってしまった。
――そうか、学校はこっちだったのか。
俺は真逆の方向へ行こうとしていたようだ。
あらためてスマホでマップアプリを起動させ、学校名で検索する。それでようやく学校の場所が分かった。
あの女の子はすでに走り去っていて、姿は見えない。
マップを頼りに少し急ぎながら、俺は学校へ向かった。
それにしても、この状況には既視感がある。
リアルではない。二次元ではよくある話だから。
でも、あの子は食パンなんかくわえてなかった……。
こういう状況の時、学校へ行ってから朝のホームルームでそのぶつかった相手が謎の転校生として先生に連れられて入ってきたりする。
でも今日に限っては、そういう展開はあり得ない。
だって……
俺が転校生だからだ。
――じゃあ、俺、謎の転校生になるのかな?
そんなことを考えているうちに、やっと学校にたどり着いた。
昇降口に入ると、下駄箱の向こうに若い二十代の男の先生がいた、
「青木先生ですか?」
「ああ、そうだよ。山下君だね」
「はい、道に迷って遅くなりました」
「ずいぶん遅いからここで待ってたよ、もうホームルーム始まるから、とにかく一緒に教室に行こう。上履きは持って来た?」
「はい」
本当ならば俺の方が、担任になると聞いていた青木先生を職員室に訪ねて行くことになっていた。
「とりあえず靴はその辺に置いておいて」
俺は靴を履き替え、青木先生について階段を上った。
「初めての町なんで、すっかり迷いました」
「そんなとこだろうと思ってたよ」
先生は少し笑った。
編入試験の時も、合格の連絡が来てからの打ち合わせにも、何回かこの学校には来ている。
でもいつも親父が車で送ってくれたので、一人で歩いてくるのは初めてだった。
だから迷ったのだが、言い訳がましいのでそれは言わずに黙って先生について行った。
※ ※ ※
「おい、チャイム鳴ってるだろ。席に着け」
先生がそう言って教室内に入ると、俺も続いた。教室内がざわついた。もちろん原因は俺だ。
号令とあいさつのあとで、先生は俺を紹介した。
「今日からこのクラスに入る山下君だ」
「山下
俺は頭を下げた。高校名を言っても、遠い他県のそんな高校名は誰も知らないようだった。黒板に大きくチョークで名前を書くなんてことは、小学校じゃあるまいし先生はしなかった。
見渡すと男子も女子も白いシャツだ。
俺が前にいた学校は、男子は夏はやはり白いシャツだったけれど、女子は空色で襟のところだけ白いセーラー服だった。
「じゃあ、後ろの席がいくつか開いているから、とりあえずは好きなところに座ってくれ。もうすぐ席替えするから」
先生に言われて、たしかに三つばかり最後列の席が空いていたので、その一つの席に俺は向かった。
※ ※ ※
机と机の間を後ろへと歩いて行く途中で、俺はある視線を感じた、見ると、俺がその脇を通りすぎようとしていた教室の中央近くの席の女子が、驚きの顔で俺を見上げていた。
俺もその顔を見て、はっとした。
「あ、さっきの」
そう、さっき曲がり角でぶつかった女の子。
でも、俺は立ち止まるわけにもいかず、軽く会釈をして自分が選んだ席に着いた。
なんか、また既視感。
でも、学校へ来る途中でぶつかった相手が謎の転校生として現れるというのは二次元や実写ドラマでもベタだけど、何度も言うが今は俺が転校生。
俺が……謎の転校生?
いや、俺は謎でも何でもない、ただの普通の転校生だけど……
ホームルームが終わると、さっそく彼女は俺のところに来た。
「さっきはごめんなさい。焦ってたんで」
「いや、こっちこそ」
「そっか。転校生だったんだ。しかも、栃木から……。だから迷子になってたんだね」
そんな話に無遠慮に割って入るように、前の席の男子が振り向いた、
「俺、鈴木。よろしく」
「ああ、こちらこそ」
「俺、上田。高二で栃木なんて遠いところから編入なんて、家の人の仕事の都合かなんか?」
「まあ、そんなところだよ」
実は両親が離婚して、親父が家を追い出されて、親父とともに栃木から来たなんてあんまり言えない。
ましてや、俺をどっちが引き取るかってことで父親は母親とだいぶもめてたこととか、それ以上に両親の離婚の原因なんかとか、そんなのいちいち話すのも面倒だし、その必要もないからそういうことにしておいた。
例の女子は、男子同士て盛り上がっているのでさっさと自分の席に戻ってしまった。
ってか、鈴木と名乗った男子がまだ何か言いたそうにしていた彼女に向かって、「ほら、チューニケンはあっち行け」とか言って追い払った形だった。
――チューニケンって何だ?
俺がそう思っているうちにすぐにチャイムが鳴って、一時間目の授業が始まった。
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