7-2
通されたのは応接室とでもいうようなところだった。厚めの
「普段ここは使わないの」
母親は威圧的な声を出した。目を向けてはいたものの、見られてる感じはしなかった。きっと僕を見てるのではないのだろう。周囲にいるものを見ているのだ。
「あなただけ特別ってわけ。理由はカミラから聴いてるんでしょう?」
「ええ、聴いてます。でも、今日はそのことで来たんじゃないんです」
「では、なんのために来たの?」
「理解したいんです。そのために来ました」
「いいこたえね。そうあって
「それを教えて下さるってわけですか?」
「違うわ。私はどういう状況にいるか教えられるだけ。選ぶのはもちろんあなたよ。ま、カミラのことがあるから、こちらにも希望はあるわ。でも、押しつけられても納得できないでしょ? あなたにはそういうところがある。状況に流されやすいところもあるけど、きちんと
「今のは僕からなにか読みとったってことですか?」
「そうじゃないわ。私はまだなにもしていない。――そうね、これも普段は言わないことだけど特別に教えてあげる。私みたいな人間の前に座るとたいていの人は緊張するものよ。いろんな表情を浮かべるし、様々な動作をするの。自分で気づいていないだけでね。それを観察してるの。それだけでもわかることはけっこうあるわ」
目を細め、母親は手を組みあわせた。口許だけがぐっと
「あなたは怖れた。それでここまでやってきた。やむを得ずにね。だけど、あなたは
僕は肩をすくめた。それで「わかりましたよ」と言ったつもりだ。
「まだあるわ。カミラからそれはもう事細かく聴かされてたのよ。だから、お目にかかったとき、さっと見てみたの。一瞬だけでもその気になれば見えることはあるわ。あなたは悪い女に
父親は「悪い女に騙された」というところで身体を
「まあ、そういう部分はあるんでしょう。理解しがたいことであっても、なんとか理解しようとするところが。初めて聴かされたときはまったく信じられませんでしたしね。ただ、だんだん信じられるようになってきたんです。そうなるくらい様々なことがありましたからね。だけど、納得はいかない。僕はとにかく理解したいんです。自分の置かれた状況をきちんと理解したい。それから先のことは後で考えます」
「わかったわ。では、はじめましょう」
そう言うと母親は目を見ひらいた。口はわずかに動いてる。
「――うむ、そうだったのね。――いえ、あなたじゃないわ。嘘はおよしなさい。私にはわかってるのよ。――そう、わかるわ。――ん? いや、そういうことなの?」
「――ああ、あなたね。――で、なにが言いたいの? なにをしようとしてるの? ――駄目よ。話しなさい。その方があなたのためにもなるのよ。――いいえ、違うわ。そうじゃない。でも、これは必要なことなの。ほら、言って。――ふむ。なるほど。――で? ――そう。そうだったの。――いえ、わかるわ。あなたもわかってはいるんでしょう? でも、止められなくなってるのね?」
どれくらいそうしていたかわからない。母親は力を抜き、
「わかったわ。だいたいのことはわかった。あなたに
しゃべるのをやめ、母親は
「まだ信じられないといった顔をしてるわね」
「まあ、そうですね。それはすべてあなたが言ったことだ。僕の言葉じゃない。一方的に伝えられたって信じられるわけもない」
「面白い人ね。気にいったわ」
首を曲げ、母親は娘を見つめた。それだって理解できない行動だ。
「街灯が突然消えたでしょ? 夜中に私が
僕はうなずいた。正直なところ驚いていた。それだって誰にも言ってなかったのだ。
「だけど、その頃はそうでもなかったはずよ」
「は? どういうことですか?」
「あなたは素直に信じていただけなの。その頃には生き霊は憑いてなかったのよ。犬に見つめられたとしても
「意味がわかりません。もっとわかるように言ってくれませんか?」
背中を押しあて、母親は目を細めた。窓の外では
「犬が見つめてくるのは、あなたに思い出して欲しいと生き霊が念じてるからよ。そして、あなたは思い出した。誰にそう指摘されたのが初めてだったかを。――五年前? それくらいにあなたは恋人と別れてるわね? その恋人の生き霊が憑いてるの。ずっとあなたと共にいるわ。思い出して欲しくて犬たちに見つめさせてるの。ほら、思い出して、私のことを思い出して。そう言ってるわ。今も言ってるのよ。左肩の上にいるわ。顔を
僕はそっと左肩を見た。曲げきることはできなかった。彼女の顔は浮かんでいた。忘れるわけもない。しかし、待てよ――と思った。
「信じられない。だって、向こうから言ってきたんですよ。僕は別れたくなかったんだ。突然一方的に切り出されたんです。それなのに、――いや、そんなわけがない」
ソファの
「たとえそうだとしても念はとどまってるわ。そして、あなたを他の女にとられたくないと思いつづけてるの」
「信じられません。説明としては一応筋が通ってるんでしょう。だけど、信じられない」
「いいわ。今の時点ではそう思うのも当然かもしれないしね。でも、まだあるのよ。信じられるかどうかは全部聴いてから判断すればいいんじゃない?」
そう言うと母親は頬をゆるめた。ただ、目は細められたままだ。
「これも言っとくけど私はお
僕は目だけ動かした。テーブルに置かれたままのコーヒーとケーキ、深い色をした木製のドア、
「そう、それでいいわ。まずは知ることよ。あなたは判断材料を求めてる。そうなんでしょ? それをあたえられるのは私だけだわ。信じるか信じないかは後で考えなさい。あなた自身がそう言ったようにね。――じゃ、つづきを話すわよ。さっきも言ったけど、あなたはすこし前に女に騙されたわね? それについては面白い、いえ、そう思えるかは別にしてだけど、まあ、面白いことがあったのよ。
そこまで言うと母親は顔をしかめた。
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