1.56.1
2022年の天皇賞・秋は実に熱いレースだった。パンサラッサの1000m57秒4の大逃げが炸裂、最後の直線でこれは決まったか!?と思ったところに究極の切れ味でイクイノックスが差し切るという文字通り手に汗握る好勝負。ゴールの瞬間にこう思った。「これはレコードが出たかもしれない...」
しかし、掲示板に表示されたのはレコードとは1秒以上離れた1.57.4であった。タイムとレースのレベルはそれほど関係がないと思う派ではあるが、それにしてもこれほどの大逃げで1分56秒台にすらなっていないというのに正直戸惑った。この感覚のズレはどこから生じたのか?もっといえば、2011年にトーセンジョーダンが叩き出したあの1.56.1という見た目以上に高い壁はどのようになれば更新されるのか?
まず1つ。冷静に展開を振り返ってみれば、パンサラッサが最後の直線に入った瞬間に「これは決まったか!?」と思ったこと自体が既にレコードと相反する状況だったのではないか。レース中はパンサラッサの高い実力なら粘れる、という理屈だったがそれにしたって先頭と二番手の間が空きすぎだし、逃げ馬のスピードが残りすぎている。1000m57秒4は確かに超絶ハイペースだが、大逃げが飲み込まれる場合は「4角で既に後続が差を詰めて捕まえにきている」「最後の直線で大差はついているが逃げ馬が既にアップアップ」ということが多いのではないか。その両パターンに当てはまらない今回のレースはむしろクイーンスプマンテが逃げ切ったエリザベス女王杯に近い物がありそうだ。
...念の為に補足しておくとパンサラッサの走破タイム1.57.6もあれほどの逃げで出すタイムと思えないほど優秀であり、さすがG1馬といった地力の高さを示している。あくまで1.56.1というレコードが出ていたら1秒以上遅れるのでまるで馬群に飲まれたように見えるのではないか、というレベルの妄想である。とにかく、パンサラッサはメチャクチャ強いというのは強調しておきたい。
次に、2011年の天皇賞・秋のレース映像を確認してみる。YouTube上でJRA公式がアップしているレース映像で物凄くざっくり測ってみると、先頭のシルポートが1000mを56秒5(!)で通過してからトーセンジョーダンが1000mを通過するまでに1〜2秒ほどかかっているので、トーセンジョーダンは1000mを58〜59秒程度で走ったと思われる。このトーセンジョーダンでさえ馬群の後方にいたというのがこのレースの異常なところだが、要するに暴走レベルの大逃げを全馬がそれほど離されずに追いかけたことで全体のペースが流れたというのがキーポイントだろう。トーセンジョーダンの上がり3F34秒2というのは割と常識的な数字なので、後半1000mも淡々と、なが〜くスパートした(息を入れる区間が無かったというべきか)ということか。そうした厳しい展開に耐えられるほど、当時のトーセンジョーダンが強かったというのも重要だろう(次走JC2着・次々走有馬5着と安定)。
対して今回は1着イクイノックスの上がりが32秒7、2着パンサラッサが36秒8、3着ダノンベルーガが32秒8という極めて歪な結果になっている。これはもう、「先頭とそれ以外で別のレースをしていた」ということではないか。パンサラッサは1頭で前傾ラップの過酷なRTAに挑み、パンサラッサ以外の全馬は全馬でペースほどほど直線ヨーイドンの究極の上がり勝負で戦っていた...というような。実際2番手以下の集団の先頭は1000m59秒ほど(イクイノックスは60秒ちょいか)で通過していて、これ自体はそこまでスローではないがそこから残り800〜600mになるギリギリまで我慢して我慢して一気にギアチェンジをした格好だ。騎手たちが先頭との差をどう見ていたかは別にして、完全に2番手以下だけでの駆け引き・レースが成立している。そうした「2つのレース」が最後の最後、ゴール前で交錯して名勝負が完成したというのが最高に面白い。
最後に、馬場が良いなどの条件は満たしているとして、どういう展開になれば1.56.1を超えるのか。例えばアーモンドアイが1.56.2という好タイムを記録した2019年では、先頭のアエロリットは1000m59秒フラットの通過で大逃げではないが、アーモンドアイ自身も60秒を切るぐらいのペースで追走していた。そして残り1000mをフルに使って淀みなくスパートに入り、最内を掬って...最後に流してあと0.1秒届かなかった。勝ち馬の上がりは33秒8なので、切れ味よりもレース全体を使ってタイムを詰めていくことが必要なのだろう。
以上のことから、今回のレースであと1秒4を詰めるならば
・2番手集団があと0.5〜1秒ほど早く1000mを通過する
・後半はパンサラッサを捕まえに行く意識で後続全馬が徐々にペースを上げる
・以上は満たしたとして例えばイクイノックスがレコードを破るなら、もう一列前にいるか内を回れればやや楽ができる
などが考えられるだろうか。まあ当たり前というか、特に面白みのない結論になってしまう。とはいえ、実際には0.1秒単位でペースを読み取るのは至難の技だろうし、乗っている馬のコンディション、騎手同士の駆け引き等様々な要因ゆえに条件全てが満たされる可能性は低い。そして何よりも、競馬というのは勝てればタイムなんてどうでも良いので楽に勝てる方法を選ぶのは当然。どうも1.56.1を超える状況にはあまりならなさそうだ。
再度断っておくとタイムが平凡だからといってレースのレベルが低いとは決して思わないし、レコードタイム至上主義でもない。ただ一方でレコードがただの飾りとも思わない。レコードタイムは各人馬が全力をぶつけ合い、条件が揃うという幸運にも恵まれた最高のレースの証であり、レコードが破られない限り何年でも馬名が残り続けるという価値の高さは何物にも代え難い。そしてなにより、レコードの赤い文字を見た時の興奮は何度体験しても飽きない性分なのである。
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