悪役令嬢は毒殺されました……え? 違いますよ。病弱なだけですけど?

レオナールD

第1話

「カトリーナ。悪いけど君との婚約は破棄させてもらうよ」


「え……」


 通っている学園のサロンにて。

 テーブルの対面に座っている婚約者から突然の婚約破棄を受け、私は思わず言葉を失ってしまう。


「どうしてなの、クレイン! 私達、これまで上手くやってきたじゃない!?」


 私ことカトリーナ・セルディスがその青年――クレイン・パーシーと婚約を結んだのは3年前のこと。

 彼の実家であるパーシー伯爵家から、私の実家であるセルディス侯爵家に婚約の申し込みがあったのだ。

 セルディス侯爵家とパーシー伯爵家は領地が隣接しており、貿易などの商業的な付き合いも深い。

 双方の両親から反対はなく、私も同い年の幼馴染みとの結婚に不満はなかったため、侯爵家は婚約の申し出を受けることになった。


「婚約を申し込んできたのは伯爵家のほうからでしょう!? 今さらどうしたというのよ! 納得のいく説明をしてちょうだい!」


「…………」


 私の追及にクレインは気まずそうに黙り込む。顔を背け、私の視線から逃れて黙秘をしだした。

 自分から婚約破棄を言い出しておいて、どうして今さら説明もせずに黙り込むのだ。

 卑劣で惰弱な態度にさらに追及を強めようとするが……近くのテーブルに座っていた女子生徒が急に立ち上がって、クレインの隣のイスに移動してきた。


「ごめんなさい、カトリーナさん。私のせいなんです!」


「あなたは……?」


「こうして話をするのは初めてですね。キャシー・ブラウンといいます!」


 桃色髪の小柄な少女がハキハキとした口調で名乗りを上げる。


 キャシー・ブラウン。

 私の記憶が確かならば、隣のクラスの女子でブラウン男爵家の令嬢だ。

 名前を聞いたことがあるが会話をしたことはない。どうして、彼女が話に入ってくるのだろうか?


「……すまない、カトリーナ。僕は真実の愛を見つけてしまったんだ」


「はあ?」


「僕はここにいるキャシーと結婚することにした。だから、君と結婚することはできない!」


「はあっ!?」


 婚約破棄に続いて、まさかの浮気宣言である。

 私はキリキリと胃が痛むのを感じて、苦痛に表情を歪めた。


 婚約とは契約の一種。そして、貴族社会において契約は絶対である。

 他の女性が好きになったからと婚約破棄するなど、言語道断なことだった。


 もちろん、感情を持った人間である以上、婚約者以外の異性に恋心を抱いてしまう時もあるだろう。

 そんな時は家長である当主に報告し、きちんと話し合って穏便に婚約を解消・・するのが常識的な対応である。

 話し合いを経ることなく一方的に婚約破棄を告げるなど、とてもではないがあってはならないことだった。


「……自分が何を言っているのかわかっているのかしら? 婚約破棄って……それもこんな場所で」


 学園のサロンには大勢の生徒が食事やお茶をしていた。

 他のテーブルにはこちらの不穏な会話に気がつき、驚きと好奇心から視線を向けてくる者もいる。


 少なからぬ生徒らの視線を感じながら、私はだんだんと強くなっている胃の痛みに表情を歪めた。

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