第3話『生きててよかったというのなら』

 それから更に3日が過ぎた。

 登校した私は、アユミが亡くなったという話を聞いた。

 立て続けに人が亡くなる状況。

 そんなこと、今まで一度だってなかった。

 呪いのウワサも広がっている。


 そのことを受けて、今朝は体育館で緊急集会があった。


「呪いなんてありません!」


 校長先生はそう言ってたけど、学校はピリピリした空気に包まれてる。

 息が詰まりそう。

 ストレスのせいか、最近すごく肩がこる。

 まるで木にでもなったみたいに固くなってる。


 チヒロは、あの日から学校に来ていない。




 放課後、不意にスマホが鳴った。

 その着信者名を見て、私は息を呑んだ。

 早く出なきゃと焦る気持ち。

 震える手がもどかしい。


「もしもし、チヒロ!」

『……アイナ』

「大丈夫なの? どこにいるの? 今、何をしているの!?」


 せきを切ったかのように、想いが言葉となって溢れ出る。

 だけど、チヒロは私の言葉に答えてくれなかった。


『今からうちに来てほしい』


 そう言って、電話は一方的に切られた。

 折り返しても出てくれない。

 それでも、チヒロが生きていてくれたことが素直に嬉しかった。


 私は言われた通り、チヒロのマンションに向かうことにした。

 早く会いたい。

 話がしたい。

 積もり積もった話があるんだ。


 だけどなぜだろう。

 体が……すごく重い。




 私がチヒロのマンションに到着したとき、太陽はすでに西の空に沈もうとしていた。

 入り口を抜けて、ホールのエレベーターに乗る。

 何度も遊びに来た家、そこに迷いなんてない。

 だけど、心臓の鼓動はどんどん早くなってゆく。


 玄関の前に立った私は、震える指でインターホンを押した。

 しばらく待っても返事がない。

 扉に手をかけると、鍵は掛かっていなかった。


「チヒロ、入るよ?」


 そう言って、私は中に入った。

 廊下を歩き、西の部屋の一角に立つ。

 ここがチヒロの部屋だ。


 私は息を吸い込むと、扉をノックした。


「チヒロ、いる?」


 扉を開けた私の目に、とても綺麗な夕日が映る。

 オレンジ色に染まる部屋。

 その中にチヒロはいた。

 私に気付いてるはずなのに、彼女は背を向けたまま。

 窓にもたれかかるようにして外を眺めている。

 その腕には、包帯が巻かれていた。


 ふぅ……。

 安堵のため息が漏れた。

 腕の包帯は気になるけれど、とにかくチヒロは目の前にいる。

 それが何より嬉しかった。


「もー、返事くらいしてよ。チヒロが生きててよかった~」

「アイナ、そこで聞いて!」


 部屋に入ろうとした私を、チヒロは制する。

 顔は見えないけれど、その声はとても悲しそうだった。


「アユミ……死んだんでしょ?」

「えっ、なんでそれを!? だ、誰から聞いたの?」


 私の問いに、チヒロは静かに首を振った。


「わかるから」

「わかるって、どういうこと!?」

「アユミが死んだのも、先輩が飛び降りたのも、みんな呪いのせいだから」


 呪い!?

 それって、今、学校でウワサになってるやつ!?


「そ、そんな、呪いなんて非科学的なこと……」

「私も呪われてるから」


 そう言ってチヒロは包帯を外した。

 現れた腕に思わず息を呑む。

 その腕は干からびていて、いくつものシワが刻まれていたから。

 そう、それはまるで老木のように。


「この呪いから逃れる方法はたった1つ。10日以内に同じ呪いを100人に広げること。それができなかったから2人は死んだ」


 チヒロは言葉を止めると、力なくうつむく。

 背中が震えている。


「私……今日が10日目なんだ」


 その声は、絶望に満ちていた。


「そんな……やだよ、チヒロ、諦めないでよ。きっと、まだ何か方法が……」

「アイナはさっき、生きててよかったって言ったよね。この姿を見ても、同じことが言える?」


 ゆっくりと振り返ったチヒロを見て、私はギョッとした。

 大きく形の良かった二重の目は深く落ちくぼんでいて。

 そこからは、緑色の芽が生えていたのだから。


「これが呪いの力」

「そんな……そんな……」

「ごめんね、アイナ。でも、聞いて。私にはあなたに伝える責任があるから」

「責任……?」

「耳鳴り、体の強張こわばり、倦怠感けんたいかん……」


 私は驚いた。

 それはまさしく、ここ最近の悩みだったから。


「まさか……チヒロが私に呪いを……」

「ワザとじゃない!」


 チヒロは激しく頭を振る。


「私は、あなたにだけは見せるつもりなかった! 親友を呪いにかけるつもりなんてなかった!」

「聞きたくない! そんな話、聞きたくない!」


 私は怖くなって部屋を飛び出した。

 とにかく、ここにはいたくなかった。

 チヒロが何か叫んでいたけど、もう何も聞きたくなかった。



 その夜、家の電話が鳴った。


「はいはい」


 リンリンと鳴る電話にお母さんが出る。

 どうやら、相手はチヒロのお母さんらしい。

 嫌な予感がする。


 電話の後、お母さんはリビングの私に向き直った。

 予感は当たっていた。


「チヒロちゃん……亡くなったんだって」


 私は自分の部屋に駆け込んで、布団を頭からかぶって泣いた。


 怖い!

 怖い!

 怖い!


 とにかく、ひたすら泣き続けた。



 * * *



 窓から入り込む陽射し。

 小鳥たちの鳴き声。

 外は、いつの間にか朝になっていた。


 ベットから這い出して鏡を見る。

 ひどい顔。

 一晩中、泣き続けたから仕方ないのだけれど。


「私も、このまま死ぬの……?」


 鏡の中の自分に問いかける。

 当たり前だけど、返事はない。


 ああ、耳鳴りが酷い。

 ズキズキとうずく額は、今にも何かが突き破って出てきそう。

 チヒロ、先輩、アユミを死に追いやった呪いは、今、私の身をむしばんでいる。


 私はチヒロに呪いを移された。 

 だけど、いつ、この呪いを移されたんだろう……?

 呪いにかけるつもりなんてなかったと彼女は言っていた。

 その言葉はきっと本心だと思う。


「じゃあ、なんで……」


 そのとき、ふとチヒロの言葉が浮かんだ。


『私は、あなたに見せるつもりはなかった!』


「……わかった」


 全てが一つに繋がった。




 私が呪いにかかった理由。

 それはきっと、チヒロが書いた詩を見てしまったから。


 呪いから逃れるためには、同じ詩を100人に見せなくちゃいけない。

 3人は、それができなかったから死んでしまった。

 10日以内に100人に見せる。

 そんなこと、ただの女子高生の私たちにできるわけがない。

 無理に決まってる。


 でも……。

 たった一つだけ、可能にする方法があるとしたら?

 それは――。

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