呪木−JUMOKU−

朝比奈 架音

第1話『狂う狂う』

 ころりころりと ころがった

 ちいさな たねが ころがった


 つもりつもって めをだして

 おおきく おおきく のびてゆく


 えだのかずだけ ひろがって

 そのはのかずだけ おもいをのせる


 とどかない とどかない

 えだはは ゆっくり のびてゆく


 まだたりない まだたりない

 かえりみちのはな ひらくまで

 うれたし かじつが みのるまで

 じゅもくは しずかに のびてゆく


 まだたりない まだたりない

 まだたりぬ まだたりない





「なにこれ?」


 私は、前の席の親友のノートをのぞき見して首を傾げる。

 彼女は慌ててノートを閉じると、勢いよく振り返った。


愛菜アイナ、見た?」


 私を見るその目に若干気圧されつつも素直にうなずく。


「うん、見た」

「そっかぁ……」


 うなだれる親友。

 彼女の名前は千尋チヒロ

 この高校に入って知り合った子だけど、今では一番の友達だ。


 でも、チヒロに詩を書くような趣味があったなんて知らなかったな。


 彼女はゆっくり顔を上げると、私を見つめた。


「それで、どうだった?」

「どうって?」

「これを見て、何か感じる?」

「あ~……なんだか樹木? の詩みたいなのが書いてあったけど……」


 チヒロがゴクリと唾を呑んだのが聞こえた。

 私はポリポリと頬をかきつつ、言葉を探して……。


「……ごめん。正直、よくわかんない」


 正直にそう答えた。

 ここで変に嘘をついて、友情にヒビが入るのだけは避けたかったから。


「そっか」

「あ、でも、『れたし』って言い回しとか、最後が一つだけ『まだたりぬ』になってたとことか……。そのせいかな? 息が詰まるというか……なんか変な感じがした」

「え……」

「あ、ううん! 私は詳しくないけど、そういうのも技法の一つなんでしょ?」

「う、うん……まぁ……」


 チヒロは釈然しゃくぜんとしない表情をしてる。

 でも、それもそうだよね。

 せっかく書いた詩を悪く言われたら、誰だって嫌な気持ちになるよね。


 良く晴れた空。

 窓際の席に座る私たち。

 賑やかな教室。

 さっきまでの穏やかな日常は、私の不用意な言葉で一変してしまった。


 ごめんね、チヒロ……。


「アイナ、あのね……」


 チヒロもそれを察したのか、口を開いたとき――。


「ほ~ら、お前ら席に着け。授業を始めるぞ」


 教科書を片手に先生が教室に入ってきた。


 ちょっと!

 タイミング悪すぎでしょ!!


 バタバタと席に着くみんなに、先生は満足そうにうなずく。

 私たちの気持ちをよそにね。


 もー、最悪!

 ため息をつきながら廊下側の窓に目を向けると、そこには歩く人影があった。


 あれは……敦子アツコ先輩?

 生徒会長でもある先輩はメガネ美人で成績も優秀。

 この学校の生徒なら、知らない人はいないくらい。


 そんな人が授業中だというのに廊下を歩く。

 なんか、とても違和感。

 黒縁メガネの下のうつろな目。

 顔色も悪いから、体調不良で保健室にいくのかな……。




 授業が始まってからずっと、チヒロは窓から空を眺めてる。

 後から見てもわかるくらい、心ここにあらずって感じ。


 ……あ!

 これって、もしかして!


 私はそ~っと手を伸ばして、その背中を突っついた。

 チヒロはビクッとして振り返る。


「な、何?」


 小声で話すチヒロ。


「ふふふ、私、わかっちゃった」


 同じく小声で返す私。


「わ、わかったってなにが?」

「チヒロ、好きな人ができたんでしょ?」

「えっ!? そ、そんな人いないよ!?」

「えー、怪しいな~。急に詩なんて書きだすし、今だってボーッと空を見上げちゃってさ」

「や……そ、それは……」

「それとも、上から何か降ってくるのかな~?」


 茶化しながら、窓の外に目を向けた瞬間――。


 ――えっ!?


 何かが窓の外を通過する。

 次いで、ドサッ! という嫌な音が耳に響いた。


「なんだ、今の音は!?」


 先生が窓から下をのぞく。

 好奇心にかられた生徒たちも、同じように身を乗り出し……。

 その光景に誰もが凍り付く。


「いやああああああああ!!!!」


 誰かが上げた悲鳴。

 それをきっかけに、クラスはパニックになった。


「誰かが屋上から落ちた!」

「いっぱい血が出てる!!」

「首が……変な方向に曲がってるよ!!!!」


 力なく床にへたり込む人。

 怖くて泣きじゃくる人。

 ただひたすら震えている人。 


「お、お前たちは席につけ!! 決して教室から出るんじゃないぞ!!」


 先生はそう言い残して、教室から走って出て行った。


「だれ? 誰が落ちたの!?」


 生徒の一人が泣きながら叫ぶ。


 誰が落ちたのか、私にはわかっていた。

 アツコ先輩だ。

 信じられないかもしれないけど、落ちる先輩と目が合ったから。

 先輩はギュッと目をつぶるでもなく、迫る地面でもなく……。

 木の節のような落ちくぼんだ目で、こちらを見つめていたんだ。


「やだ……やだ……」


 チヒロは、頭を抱えてずっと震えていた。

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