4日 【掌編/コメディ】「桃」という文字が出たら加速する桃太郎
むかぁしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
と、川辺のおばあさんのもとへ、どんぶらこっこ~どんぶらこ~と、ゆぅったりとしたペースで、大きな桃(▶▶)が高速で流れてくる。
「まあ、なんて速い桃(▶▶)。あっまた速くなった」
おばあさんには時速60kmで流れる桃(▶▶)など手に負えぬ。「ひゃァ」と腰を抜かすと運良くぶつからずに済んだ。一方桃(▶▶)は時速180kmで川辺の大岩に衝突してパッカンと割れて赤ん坊が出てきたのでおばあさんとおじいさんは彼を桃(▶▶)太郎と名付けて可愛がろうとしたが桃(▶▶)太郎はふたりの目の前で一瞬にして立派な青年に成長しきびだんごを手にすると風のように鬼退治へ出向き犬・猿・キジには目にもくれず鬼の首を刎ねて財宝を略奪してそのまま帰ってきた。この間4秒。
「な、なにが起こったんじゃ。おまえはなんなのじゃ、桃(▶▶)太郎」
「キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル(※早口すぎて聞き取れない)」
桃(▶▶)太郎は自分が加速しすぎてもはや人とは喋れない身となったことを悟り、宇宙のどこかにいるかもしれない同じ境遇の生命と分かち合うため宇宙へと飛び立った。とりあえず火星へ行ったが見つからないので太陽系の外へ出ることにした。
「桃(▶▶)桃(▶▶)桃(▶▶)桃(▶▶)」
桃(▶▶)太郎はセルフで桃(▶▶)と呟くことで急加速を繰り返し光速を超える。桃(▶▶)太郎式ワープ航法に成功。生命のいそうな青い惑星を発見し、仲間と出会えるワクワクを胸に着陸した。青い惑星は質量をもつ超光速の物体の衝突により崩壊した。桃(▶▶)太郎は反省したが打つ手がない。しかも自分だけ加速するということは、自分だけ超速で年を取っていくということ。仙桃(▶▶)から生まれた仙人の如き長命をもつ桃(▶▶)太郎といえど寿命が迫っていた。この身は三分も経たず朽ち果ててしまうだろう。桃(▶▶)太郎は残りの三十秒の命を浪漫に使うことにした。限界まで速度を上げれば、宇宙の果てへ届くかもしれない。試したかった。
「桃(▶▶)桃(▶▶)桃(▶▶)桃桃桃桃桃桃桃桃桃桃桃桃桃桃(▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶)」
桃(▶▶)太郎は遂にこれ以上は加速不能な〝時速∞km〟に到達した。彼の前ではもはや距離など意味を為さない。たとえば、宇宙の端から端まで行く際にも、移動時間という概念を必要とせず目的地へ到達できる。つまりこうもいえる。最初からすべての地点にいるのと同じ。桃太郎は全宇宙に偏在する人間となった。
しかしながら、先ほど青い惑星を破壊したように、彼には質量を伴う実体がある。
宇宙は桃太郎で埋め尽くされ、桃太郎以外の物質は存在を許されなくなり、抹消された。そして桃太郎もまた寿命で消滅し、残されたのは虚無だけだったとさ。おしまい(作者の頭が)
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