第22話 大鋏

 ダンジョンに入ると、キースの姿はだいぶ離れたところにあった。

 お互いにソロだし、離れたほうがいいだろう。キースとは別方向に進む。


 “潮騒の岩礁”の魔物は、岩の陰に隠れている。

 突然飛び出してくる可能性もあるので、注意しながら進む。


「おっ、リーフスター発見」


 巨大なヒトデの魔物だ。


 サイズは大きく、俺が両手を広げても足りない。

 五本の腕をうねうねと動かし、岩の上を張っている。


「あまり攻撃してこないんだったよな……」


 動きが遅いので、このダンジョンで一番弱い魔物だ。

 ただし、腕の力は強く掴まれたら抜け出すのが難しい。


「新しいスキルを試してみるか……。“リーフクラブの大鋏”」


 スキルを発動した瞬間……俺の左腕が蟹のハサミに変わった。


「おお! こういうパターンか!」


 肘から先が変異したのは、赤く巨大なハサミだ。俺の頭を隠せるくらい大きく、硬い殻に覆われている。


「攻撃にも使えるし、盾にもなる感じか? 重すぎてあまり早く動かせないな」


 速度重視なら”鋭爪“のほうがよさそうだ。


 “刃尾”の時も思ったが、人間にはない部位なのに自然と動かすことができるのは不思議だ。これもギフトの効果なのかな。


 さて、攻撃力はいかほどか。

 リーフスターに近づき、二本の大きな爪を開く。そして、一気に挟み込んだ。


 爪先がスターに突き刺さる。


「よしっ。――え?」


 攻撃が成功した。そう思った次の瞬間には、肉厚なスターの腕が切断されていた。


「わお、すごい攻撃力だな……。挟まないといけないのは難点か」


 スターが比較的柔らかい魔物とはいえ、かなりの攻撃性能を持つスキルといって良さそうだ。

 だが、高速戦闘の中で敵を挟むのは簡単ではない。使いどころには注意だ。


 スキルを解除すると、服の袖がぼろぼろになっていた。もう何も言うまい……。


「まあ実験はこんなもんで。いただきマス!」


 腕を奪われぐったりしているリーフスターに容赦なく噛みつく。

 切り取ったほうの腕ではスキルを獲得できないため、本体だ。


 最初に“毒牙”によって麻痺毒を注入する。こうすることで、反撃されることはなくなる。

 腕に巻き付かれたら危険だからな。


「うん、不味い」


 生臭さに顔をしかめながら、スキルのために飲み込む。


『スキル“リーフスターの星口せいこう”を取得しました』


 無事、スキルを取得できた。


「“星口”? どんなスキルなんだ……?」


 ヒトデから取得できるスキル……正直、想像がつかない。

 腕が五本になっても困るが。


「使ってみないとわからないな。よし……“リーフスターの星口”」


 スキルを発動してみる。


 最初、どこにも変化がないように思えた。

 てっきり口に関するスキルかと思ったが、“大牙”のようにわかりやすい変化はない。ならば“吸血”のような、見た目の変化がないスキルなのだろうか。


「ん……?」


 ふと、右手に違和感を覚える。


 見てみると……手のひらがぱっくりと割れ、口のようになっていた。


「うげ」


 思わずうめき声を上げる。


 手のひらに口って……気持ち悪……。

 奥までは陰になっていて見えないが、小さな歯がずらりと並び、おぞましい見た目をしている。


「魔物のスキルに抵抗がなくなってきた俺でも、さすがにこれは引くぞ……」


 ヒトデは身体の中心に口がある生物だ。

 身体は人間の手のような形をしている。つまり、その口をスキルとして発動する時は、俺の手から発現するわけか。


「何に使うんだ、これ」


 噛みつくにしても、歯は小さいし手のひらを押し付ける暇があったら“鋭爪”で攻撃したほうがいい。


「ま、いっか。たくさんスキルを取っていたら、いらないスキルも出てくるだろ」


 すでに“フォレストフロッグの水かき”という使用機会の少ないスキルもあることだし、気持ちを切り替えて次の魔物を探した。


 早朝に満ちていた潮が、どんどん引いていく。そして、十時ころを境目として、再び満ちていくようだ。


 今はちょうど干潮で、地面が完全に露出している。


「リーフクラブはやっぱり美味いな!」


 おやつ代わりにリーフクラブに噛り付く。美味しくてスキルレベルも上がるとか最高か?


 足をちぎって持って帰れば、宿場町にあるギルド支部や宿屋、食堂などで売ることができる。

 数日程度なら日持ちもするし、住人には鍋料理などで親しまれている。


 数本、足を収納袋に入れておいた。

 収納袋より大きいのになぜか入る。さすが神器だ。


「生け捕りならもっと高く売れるのかな?」


 生もの、特に海産物は新鮮なほうが良い。

 それは魔物であるリーフクラブも同じということか。


 一瞬頭をよぎったが、道具がないので断念する。そもそも、巨大すぎて一人じゃ持ち上がらない。


 一通りリーフクラブを満喫し、移動を再開する。


「サクサク」

「リーフアーチンか。……ッ!?」


 巨大なウニが、俺を発見したと同時に針を伸ばしてきた。

 俺の心臓目掛けて一直線に突いてくる。咄嗟にバックステップすることで回避する。


「あぶな!!」


 見た目はただのデカい球体だ。全身から無数の針が生えている。


 そしてその針は、リーフアーチンの意思で自由に伸び縮みする。


「サク」

「おいおい、その見た目で移動できるのかよ!」


 ていうか、目はどこなんだ。


 針を器用に伸縮させ、勢いをつけて転がってくる。

 急な方向転換はできないみたいだ。でも、転がりながらも正確に刺突をしてくるので、油断すると突き刺される。


「ていうか、どうやって攻撃するんだ?」


 遠距離で攻撃する手段があればいいが、あいにく俺には近接戦闘しかできない。


 “健脚”のおかげで回避は容易だけど、攻撃に転ずることができずにいた。


「くっ、“大鋏”」


 針よりも短い“鋭爪”では、こちらの攻撃が届く前に針に刺される。

 左手を“大鋏”に切り替え、手の甲にあたる場所で針による刺突を受け止めた。


「よし、“大鋏”なら防御できるな」

「サク」


 あとはもう少し接近できれば“刃尾”による攻撃が可能だ。


 リーフアーチンは針を戻して、ごろごろと転がる。威嚇するように俺の周囲を回って、背後から刺突を繰り出した。


「サクサク」

「たしかに強いが……お前、長く伸ばせるのは一本だけなんだろ?」

「サク!?」


 針を“大鋏”で受け止める。


 右手の“鋭爪”で受け止めた針を上方に弾きあげて、地面を蹴った。

 接近し、“刃尾”を伸ばす。


「長い刺突武器ならこっちにもあるんだよ!」


 “刃尾”なら傷ついても一度スキルを解除してもう一度発動すれば戻っているので、身体を覆う針は気にしなくていい。少し痛いけど。


 “刃尾”は見事リーフアーチンに届き、突き刺さった。大穴が空き、動きが止まる。


「ん……? そうだ、もしかして……“リーフスターの星口”」


 右手にヒトデの口を出現させるスキルを発動し、“鋭爪”を解除。

 その右手を、“刃尾”によってこじ開けた穴の中に突っ込む。


「喰らえ」


 右手の口が、アーチンの中身を喰らった。


『スキル“リーフアーチンの黒針”を取得しました』


 即座に、旅神の声が聞こえる。


「やっぱりか!!」


 必要ないスキル? とんでもない!

 俺にとって一番使い道のあるスキルじゃないか。


「“星口”で食べてもスキルを取得できるんだ! しかも味を感じない!」


 生きている魔物に顔を近づけるのはリスクがあったので、これは助かる!

 手からものを食べるとか、いよいよ人間どころか動物かどうかも怪しくなってきたけど!


「さて、これはどんなスキルかな……。“リーフアーチンの黒針”」


 今度のスキルは分かりやすかった。


 スキルを発動した瞬間、両肩から大量の針が生えてきたからだ。まるで、肩の骨がウニになってしまったかのよう。


 全部外側に向いているから、顔には刺さらない。


「なんだろう……無性にヒャッハー! って言いたくなるな」


 一応、肩鎧みたいなものか……?

 初めての防御スキルなのに、非常に微妙な気持ちになった。


 あと、服が穴だらけだ。


「……まあ、“潮騒の岩礁”の魔物も無事攻略できたな!」

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