その14

「何を聞かれるかと思えば……はは、まさか私のことをお疑いになっているわけじゃないでしょうね?」

 二郎氏は慌てているようには見えなかった。この人も相当に面の皮が厚いに違いない。今ここでインチキ霊能力者と、やり手ビジネスマンとの戦いが始まろうとしている……おれは思わず生唾を飲んだ。

 が、先生の口調は案外柔らかかった。

「とんでもない。ただ、二郎さんの後ろにおられる一郎さんが、とても心配そうな顔をしておられますのでね」

 おれは強烈な違和感を覚えた。一郎氏が心配そうな顔をしているだって? そんな関係には思えないのだが。

 だが、そう言われた途端、二郎の顔がぴくっと引き攣った。

「兄がですか? まさか……」

「私は見たままを申し上げているだけです」

 先生はよく通る声で、ビシッと言い切った。「お兄さんはあなたのことを、大変心配しておられる。ここのところお忙しいせいかもしれないが、しかしそれだけではないでしょう。何か特別な理由があるはずだ」

 うわぁ、ハッタリだ。禅士院雨息斎のハッタリ劇場が始まった。こうなっては違和感があろうがなかろうが、おれの出る幕はない。

 こういうときの先生ときたら、ものすごい自信満々に見えるのだ。とても当てずっぽうを言っている人間の表情ではない。その証拠に、あの二郎氏ですらちょっとたじろいでいる。どうやら面の皮は先生の方がいくらか余計にぶ厚いようだ。

「はぁ……まるで兄がここにいるかのような口ぶりですね……」

「いらっしゃいますよ」

 先生はびしりと決めつけた。ついさっき、幽霊なんぞいないと言い放った人間の言葉とは思えない。

「二郎さん……お兄さんのためにも、少々お話をお伺いできませんか。このままでは一郎さんは、安心してお休みになることができませんよ」

 いやもうこのときの先生の顔つきといったら……すごく真摯な表情に見えるだろ? あれ嘘ついてる顔なんだぜ。

 二郎氏はふっとため息をついた。

「そうですか……ここでは何ですから、私の部屋にいらしてください」

 おお、と思わず声を出しかけてしまった。なんというか、敵地潜入の趣が出てきた気がする。

 いやしかし、迂闊に行ってしまって大丈夫なのだろうか? なんの心の準備もしていないのだが……などと戸惑っている間に、先生と二郎氏がさっさと歩き出してしまったので、おれも慌てて追いかけた。

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