陸.思った通りの人だから

「はっ!!」

 目を覚ました私は、勢いよく起き上がった。

 そして、辺りを見渡すと、先ほどと同じ浜辺にいるのだ。

「何とか……戻ってこれた⁇」

 安心したのも束の間、私はダリーがいないことに気付いたのだ。

 辺りを見渡しても、どこにもいないのだ。

 もしかしたらと海を見ると、あのバケモノが海に入り始めていたのだ。

 その足元には、ダリーがぐったりとした状態で引きずられていた。


「ダリー!!!!」

 私は駆け足でダリーに近づいた。

 バケモノの足に白いひげのようなものが生えており、そこにダリーは絡まっていたのだ。

「ちょっ、何これ⁉」

 ムニムニとした触感に粘膜みたいなのが付いているのだろうか、ヌメヌメしていて気持ち悪い。

 徐々にダリーは海の中に引きずられていった。

 どす黒い海の水を見て、私は入るのに躊躇ちゅうちょしてしまった。

 どんだけ汚染されたら、こんなに黒い水になるんだとゾッとして足がすくんでしまったのだ。

 その間にも、バケモノはダリーを連れてどんどん海に入って行ってしまうのだ。


「……命が大事!!!!」

 そう決意をした私はどす黒い海に足を入れて、ダリーの元に向かったのだ。

 人間は危機に陥ると、火事場の馬鹿力を発揮するという。

 もしかしたら、今の私がそうなのかもしれない。

 浮き輪が無いと泳げないはずなのに、犬かきができたのだ。

 思ったよりもバケモノの移動は遅いので、すぐにダリーに追いついた。

 ダリーの顔辺りまで沈みかけていたが、まだ大丈夫そうだ。

 私はダリーに絡まっている白いひげのようなものを片手で避けながら、ダリーを引っ張り出した。

 ダリーはズルっと抜け出れたので、私はダリーを抱えながら浜辺に泳いで戻った。


「はぁ……はぁ…。ふぅ……人間、やればできるのね」

 そう言いながら、砂浜にダリーを転がした。

 思った以上に泳げた自分を褒めてあげたい。

 だが、その前に終わらせなければならない呪いがある。

 私はダリーの倒れている方を見て、ダリーの顔を叩く。

「ダリー!!ダリー!!⁇起きて!!さっさと起きて、愛を語り合うのよ!!!!」

 とにかくダリーを幻覚から目覚めさせて、バケモノに私達の愛を認めさせなければならない。


『アイナンテナイクセニ』


 バケモノも浜辺まで戻ってきたようだ。

 このままだとダリーがまたさらわれてしまう。

 一刻も早く目覚めさせなければならない。

「ダリー!!起きてダリー!!!!」


『ムリムリ。オマエラハニアワナインダヨ』


 横から野次を飛ばしてくるバケモノに、私はイライラしてしまう。

 何でコイツにそんなことを言われなければならない。

「ダリー!!さっき私達、誓い合ったでしょ!!!!」


『アンタヨリスキナオンナガイルンダヨ』


 ドラマでも化けて出た婚約者の母親は、こんな感じで馬鹿にしていたのだ。

 恋に恋してるとか、子どもの恋愛とか、どうしてお前にそこまで言われなければならないと子どもながらに思っていた。


『コンナブスジャ、イチニチモモタナイワ』


「うっせぇぇぇっ!!!!人様の恋愛事情に、他人が口出ししてんじゃねぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!!!」

 私はバケモノにブチギレた。

 そう言えば、バケモノと言えどコイツの元は人間だ。

 怒鳴られた時にビクッと反応をして、黙り込んだのだ。

 野次がいない今がチャンスだ。

「ダリー⁇私と約束したよね⁇ひと夏の愛するって言ったよね⁉」

 ダリーの身体をガクガクと揺らしてみるが、反応がない。

「私を愛してくれるんでしょ⁇愛してるってさっきみたいに言いなさいよ!!!!!!」

「あっ……」


 その瞬間、ダリーが目を開けたのだ。

 何かに驚いたような顔をして、こちらを見てきたのだ。

「ダリー!!さぁ、私とひと夏の愛!!しましょうよ!!!!」

「あっ……」

 まだ意識が朦朧もうろうとしているようだ。

 彼は上手く言葉を出すことができないのだ。

「ダリー!!私を愛するんでしょ!!⁇」

「あっ……愛し……ます」

 ダリーが放った言葉と同時に、バケモノの身体が輝きだした。


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!』


 バケモノの光が徐々に強くなり、辺り一面を照らした。

 私達は目の前が真っ白になり、意識が途切れたのだ。


「……んっ⁇」

 目を開けると、空はだいぶ日が暮れてきたようだ。

 赤い夕焼けの色が、空を覆い始めていた。

 私は最初にいた浅瀬にいるようだ。

 浮き輪の上に乗ったまま、戻ってこれたようだ。

「……あれ⁇ダリーは⁇」

 近くにダリーがいないことに気付いた私は、慌てて辺りを見渡すと浜辺にダリーが倒れているのが見えた。

「ダリー!!」

 そう言って、私は浮き輪から身体を下ろした。

 その瞬間、身体が海に沈んだのだ。

「ブヴェヴェッッッ!!⁇」

 幸い、足が付くほどの浅瀬なので、焦らなければ立ち上がることができる。

 私は急いで地面に足を付けて、身体を起き上がらせた。

「ぶはっ!!!!……泳げないのかよ」

 私は浮き輪を掴みつつ、ゆっくりと浜辺に歩き始めた。

 ダリーも目が覚めたようで、ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡していた。


「ダリー!!」

 私の声に気付いたのか、ダリーはこちらを見て手を振ってきた。

 私はゆっくりとダリーに向かって歩いている時だった。

 ダリーの元に近づいていく女がいた。

 ダリーに声をかけて、ダリーも驚いたような顔をしていた。

「……何⁇」

 二人は小さな声で話していたのだが、ダリーは何か意を決したような顔をした。

「ダ……」

「ずっと前から好きでした!!!!」

 ダリーの大きな声が海に響く。

 私はその声にピタリと足を止めた。

 相手の女はコクリと頷き、二人は手を繋ぎ合ったのだ。

「……はっ⁇」


「みのみのー!!お疲れ様でーす!!」

 砂浜で黄昏たそがれている私のところに、モリモリがやってきた。

 私が何に疲れたと言うのだ。

 モリモリからすれば、ただ海の上に浮き輪で浮いていただけの人間だ。

「あれ⁇みのみのー⁇生きてます―⁇」

 そう言いながら、モリモリは私の顔の前で手を振ってきた。

 黄昏の邪魔をしやがってと思いつつ、ゆっくりとモリモリの方へ顔を向けた。

「あはっ!!みのみの、顔まる焼けっすよー。日焼け止め塗りました⁇」

「……塗ってない」


 あの後、ダリーとその想い人であろう女性は、仲良く二人で帰って行った。

 海の中で佇む私に大きな声でお礼を言って、幸せそうな顔で二人は帰って行ったのだ。

 別にダリーと本物の愛を語ろうと言ったわけではないが、去り方が軽すぎて切なくなったのだ。

 もっとドラマティックな終わり方にしてほしかった。


「さぁ、みのみの。帰りましょ」

 そう言って、モリモリは私に手を差し伸ばしてきた。

 私はその手に掴まり、立ち上がった。

 モリモリは私から浮き輪を取って歩き始めたのだ。

「まぁまぁ!!今日は疲れたと思いますんで、ゆっくり休んでください!!」

 いつも通りのモリモリを見て、さっきまでの悲壮感は薄れていったようだ。


「……あっ、モリモリ⁇」

「んっ⁇なんですかー⁇」

 私は海を見ながら、先ほどの言葉を思いだしたのだ。

 聞いていいのかわからないけど、胸に閉まっておくにはモヤモヤが半端ないからだ。

「モリモリって、なんで合コンに行くの⁇」

 その言葉に、モリモリは上を向きながらうーんと言って悩んでいた。

 そして、思いついたのかこちらに顔を向けて、にこりと笑った。

「わいわいするのが楽しいからっすかね⁇」

「ですよねー」

 あの幻覚と違った答えに、私は安心したのかもしれない。

 やはりこれぞモリモリだと、笑うしかなかった。

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