肆.親孝行
『ほらっ!!力を入れて!!』
市松人形が私を鼓舞している。
私は気合を入れて、廊下を走る。
『こらこら、そこ全然だめじゃ!!やり直し!!』
「はいっっっ!!!!」
私は身体を反転し、また廊下を反対に走る。
ドタドタと四つん這いに近い状態で走り回っている。
私は今、廊下を雑巾がけしている。
市松人形は姑のように埃が残っていると文句を言ってくるのだ。
「そんなに頑張ってやらなくていいわよ⁇」
そんな私を母親はリビングから見ていた。
最初、雑巾がどこにあるか母親に聞いた時は変な儀式でもするのかと怪しまれたが、掃除を始めたので驚いていた。
そして、今は感心しているようだ。
『家の汚れは心の汚れ!!』
「家の汚れは心の汚れ!!」
市松人形が放った言葉を復唱する。
次はあっち、こっちと市松人形に指示されながら、私は家中を雑巾がけをして走り回った。
お風呂場やトイレは雑巾じゃなくて専用の掃除用具でやれと、母親に怒られつつ大掃除を終えた。
全速力で走り回ったため、息が上がっている。
ゼーハーと息が苦しいが、これでやる事は終わった。
「……おっ……終わったよ……」
『おぉっ、次は買い出しじゃ!!』
「……マジかよ」
言う事を聞くと言ってしまった手前、嫌だと言えない。
いつになったら、恩返しをしてくれるのだろうか。
私は息を整えて、母親に買い出しに必要なものを聞きに行った。
母親は目を丸くしながらも、必要なものをメモに書いて渡してくれた。
私はメモとお財布、市松人形を肩に乗せて商店街へ向かった。
「ねぇ、いつになったら恩返ししてくれるの??」
『ほっほーっ。何事にも準備が必要じゃよ』
市松人形は私の方に乗りながら、辺りを見渡している。
あれはまだあるのかとか、あそこは
久しぶりに外へ出れたのが嬉しいのか、家の中にいた時より興奮している。
声が高くなっているのが何よりの証拠だ。
商店街の道に入る直前、市松人形が私の肩を叩いた。
『ほーっ……あれは何じゃ??』
そう言うと市松人形が何かを指差した。
私は指差す先を確認すると、電気屋さんがあった。
「あー電気屋さんだよ」
そう言いながら私は、商店街入口の反対にある電気屋へ近づいた。
ガラス張りで、お店の中がよく見える。
ディスプレイには、テレビがズラリと並んでいる。
「あーもしかして、テレビを知らないの??」
『いや……テレビにしては
そう言うと市松人形は、まじまじとテレビの画面を見つめていた。
市松人形からしたら、浦島太郎状態なのだろう。
確かに昔はゴツくてデカいテレビだったのだから、こんなに薄いと別物に見えるのかもしれない。
テレビにはニュース番組が映っていた。
明日の天気は晴れだそうだ。
年末最後も天気が良いので、明日もゆっくり家で寝ていたいものだ。
『明日は大晦日なのじゃな。教えてくれてありがとう』
ふむふむと市松人形は頷いている。
昔、おばあちゃんもテレビに
なんとなく話し方もおばあさんっぽいし、持ち主に似たのかもしれない。
『今日はやる事がいっぱいじゃのー。さぁ、はよ行くぞ!!』
そう言って市松人形は、急げと言わんばかりに私の肩を叩いて買い出しの催促してきた。
私は苦笑いをしながら、
「これで全部買えたかな⁇」
『そうじゃな。しっかりと買い
両手に大きな袋を持ちながら、家への帰路を歩き始めた。
「年末だからってこんなに買わなくていいのにねー」
『新しい年がやってくるからの。お出迎えせねばならぬから準備が多いのじゃ』
両腕に荷物が重い上に、市松人形が肩に乗っているからさらに重く感じる。
「ねぇ、歩いてくれてもいいんだよ⁇」
『人に見られてるからの。歩けんのじゃ。因みに、お主は周りから不審な者として見られておるぞ』
道理で視線が痛いはずだ。
いい歳をした大人が人形を肩に乗せているなんてと思われているだろう。
さらに、市松人形に話しかけている姿を見た人は、私の事を危ない人だと思ってしまうに違いない。
私は口を閉ざした。
『なんじゃ⁇もう話さんのか⁇』
市松人形声をかけてくるが、私は無言で家に向かった。
『……おっ⁇大変じゃ!!』
人目があると言うのに、また市松人形が声をかけてきた。
私は返事をせずに歩いていた。
『おい!!急いで家に帰るぞ!!母親のピンチじゃぞ!!』
「えっ⁇」
私は足を止めて、市松人形を見た。
『善は急げ。全速力で走るぞい!!』
「うっ、うん!!」
返事と共に、私は全速力で走り始めた。
家に辿り着いて、玄関に飛び込むように入る。
『そこに荷物を置いて!!急ぎベランダへ向かうのじゃ!!』
「はぁっはぁっ……ベランダ⁇」
急げ急げと言われて、私はベランダに向かった。
実家は一軒家だが、庭の無い場所だ。
そのため、二階にしかベランダは存在しないのだ。
ベランダは階段を上った目の前の扉から出るところにしかないので、そこを目指せばいい。
私は階段を上り切って、扉を開けてベランダに出た。
「お母さん⁉」
私は辺りを見渡すが、母親の姿が見当たらない。
『ほれ!!はよ洗濯物を入れよ!!』
「…………あっ⁇」
私は市松人形にゆっくりと視線を合わせる。
まさか……母親のピンチとは。
『通り雨が来るぞい!!はよ取り込むのじゃ!!』
私は大きなため息をつきながら、洗濯物を洗濯籠に取り込んだ。
そんなに量が無かったので、すぐに取り込む事ができた。
ベランダに入った途端、外は土砂降りになった。
「うはぁ……」
私は扉のガラスからベランダを見つめていると、バタバタと階段を上る音が聞こえてきた。
私は階段を見ていると、母親が上ってきた。
私を見て少し驚いたものの、手に洗濯籠を持っていたので目を丸くしていた。
「……美乃利。あんた、洗濯物を取り込んでくれたの⁇」
「……運悪く」
そう言うと、私は母親に洗濯籠を渡した。
そして一緒に階段を下りた。
私の部屋は一階なので、そのまま部屋に行こうとすると母親に呼び止められた。
「美乃利、ありがとう。あんた、今日はばあちゃんみたいね」
「えっ⁇」
「ばあちゃんは天気が崩れるのがすぐわかってね。今みたいに雨が降る前に取り込んでくれてたのよ」
そう言いながら母親は笑った。
笑った顔が、何となく寂しそうに見えた。
私はそっかと言う事しかできず、部屋に戻った。
部屋に戻ると、市松人形をベットの上に座らせて私はその前に座った。
『親孝行するのも気分がええじゃろ⁇』
市松人形はにこりと笑いかけてきた。
笑い方がどや顔に見えて少しムカついた。
「……で、いつ恩返ししてくれるの⁇」
私が睨むように市松人形を見ると、やれやれと言わんばかりに首を振って私と視線を合わせてきた。
『ったく……仕方ない。これよりお主に恩返しをしてやるかの』
そう言うと、市松人形は腕を上げて伸びをした。
その瞬間、壊れていた手が取れてしまったのだ。
『ああああああああっ!!!!手が!!手が!!』
バタバタとベットの上で暴れるせいで、足もポロリと取れてしまった。
昨日からあれだけ暴れていたのだ。
取れても仕方ないだろう。
『あああああっ!!!!足が!!足が!!……おい!!見てないで、早う直してくれ!!』
私は呆れた目で市松人形を見ながら、修理道具を探すのだった。
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