弐.人形が……動いた
私が五年生でクラス替えがあった時、担任の先生は今年新任の先生だったそうだ。
その先生は
生徒にも保護者にも好かれていたが、ある日を境に人が変わったそうだ。
それは、他のクラスの男性教員と不倫をしているという噂が流れたからだ。
保護者から冷たい目で見られたり、酷い言葉を投げかけられる事もあったらしい。
それでも懸命に頑張っていたのだが、ある日事件が起きた。
それは私が出会ったあの建物、取り壊し予定だった団地だという。
昔は三棟まであったのだが、老朽化が激しくて二棟は取り壊されたのだという。
ただ、最後の一棟は取り壊そうとする度に事故が起きてしまい、延期していたのだという。
その日、先生は結婚する予定だった婚約者に婚約破棄を申し出られたそうだ。
学校からも今年度までと言われて絶望に耐え切れず、自殺しようと団地に来たのだという。
「へぇー。でも、先生は笑顔で私を見送ってくれたんだけどね」
私がそう言うと、母親は視線を落としボソッと言った。
「あんた……忘れてるだけで、怖い目に遭ったのよ」
母親はそう言うと、話を続けた。
私の記憶通りであれば、先生はポストに頭を打ち付けており、その後は私を追いかけて屋上まで追い詰めたのだ。
そして、その後屋上を開けてくれて綺麗な夕焼けを見せてくれたのだ。
その後、私に家に帰るよう先生は促し私が階段を下りようとした時、先生は私を力強く押したそうだ。
そのままゆっくり、ガタガタという音を立てて落ちていったそうだ。
そして、先生は屋上のフェンスを越えてから、元婚約者に電話をしたそうだ。
――担当のクラスの子を殺した
――この世に生きるすべての人間を許さない
そう言い残し飛び降りたそうだ。
ちょうど落ちたところは団地の入り口だった。
落ちた衝撃で身体は折れ曲がり、酷い音が聞こえたそうだ。
だが、まだ息はあったらしい。
近くの人が集まってくる中、先生は団地の入り口に手を伸ばして言ったそうだ。
「ニガサナイカラ」
口から血が噴き出て上手く喋る事ができないようだが、そう言っていたと野次馬の人達は言っていたそうだ。
先生の見つめる先には、私が立っていたそうだ。
飛び降り自殺を目の前で見たと言うのに、私は平然としていたそうだ。
先生が自殺した後に分かった事だが、不倫をしていたのは私のクラスにいた子の母親だったそうだ。
不倫相手が先生に優しくしている姿が許せなかったのと、旦那にバレそうになったので、嘘をついて先生を陥れようとしたのだという。
結局はバレて泥沼になってしまい、離婚となったそうだ。
そのため、先生の潔白は証明されたのだ。
だが、そうなるのが遅かったのだ。
「階段から落ちたって言うのに記憶はないし、飛び降り自殺も記憶にないって言うから酷いショック状態かと思ったら……もうね」
「ほぇー。私、ヤバかったんだね」
「本当に……あんたは他人事よね」
母親はため息をついた。
「その後はおばあちゃんの葬儀やらなんやらで慌ただしくしていたから、あんたももう記憶にないのかと思ったわ」
「えっ⁉おばあちゃん、死んじゃったの⁇」
母親が言うには、私が階段から落ちた時間帯に、急変して亡くなったそうだ。
そう言えば、いつの間にかおばあちゃんが写真になっていたのは記憶にあった。
そこら辺の記憶が事件のせいで
「私はその後の方がショックよ」
「えっ⁇」
母親は深くため息をつき、市松人形を指差した。
「おばあちゃんに貰ったこの人形が、階段を落ちた衝撃でバラバラになったの。なのに、あんたがどうやったのかわからないけど、修理してそれをお友達の誕生日プレゼントで渡すから……」
「うぇ⁇」
何やら微妙に記憶のある事を言われた。
この市松人形…確かにクラスの人気者の子の誕生日プレゼントとしてあげた。
……ベランダから投げられたけど、元々壊れていたなんて知らなかった。
「あげた子に捨てられたってブツブツ言いながら、取れた腕をつけたりしてたけど、母さんはね、その子の親に菓子折り持って謝りに行ったのよ⁉まったく……」
純粋に可愛いと思うのだが、壊れたりして中古だったから駄目だったのだろう。
そこまで頭が回らなかったのか、直せばいいと思っていたのか。真相は闇の中である。
「あぁ、もういいわね⁇夜食にしましょ」
そう言うと、母親はキッチンへ向かった。
夜ごはんも食べ終えて、お風呂に入った。
後は……寝るだけだ。
私は部屋の電気を消そうと立ち上がると、机の上にある市松人形に目が留まった。
肩を少し隠すくらいの髪はパサついていそうだ。
櫛とかで梳かしてあげれば良いだろうが、古いから抜けてしまうかもしれない。
「……おやすみ」
そう呟くと、私は部屋の明かりを消し布団に入った。
久しぶりの実家で衝撃的な話を聞く事となったが、モリモリと私を追い詰めたあの女……先生が笑っていたのはそう言う事だったのかと納得した。
『今度は逃がさない』
私は布団を被り、声を殺しながら泣いた。
どうして涙が零れるのかはわからないが、胸を何かに押し潰されるような感じがして苦しい。
別に先生に思い入れはない。
階段から落とされたところで、記憶になければどうって事はない。
おばあちゃんは……大好きだったけど、悲しむには遅い気がする。
涙は私が眠りにつくまで溢れ出ていた。
もう深夜をまわったのだろうか。部屋は真っ暗で静寂に包まれている。
そんな中、カタカタと音がした。
『いたい……』
何か声がした気がした。
その後また、カタカタと音がした。
何かが私の方にゆっくり向かってきている気がする。
『痛いの……』
次はだいぶ近くで声が聞こえる。
私は腫れ上がった重い
ぼやけている視界の前に何かがあった。
目を細めながらじっとみると、目の前には市松人形があった。
『痛いよ……』
「……そうか、痛いか」
そう言うと私はゆっくりと目を瞑った。
これは夢だ。
まだ母親に聞きたい事があるし、とりあえず朝まで熟睡して元気を取り戻さなくてはいけない。
私は頭の中で羊を数え始めた。
『……』
『……』
『いってぇっていっとんじゃぁぁぁぁぁいっっっっっっ!!!!』
大きな声と共に私は頭を何かに蹴飛ばされて、ベットから落とされた。
「いだぁっっっ!⁉」
しりもちをついてしまい、衝撃で覚醒してしまった。
痛いお尻を押さえながら、私は部屋の明かりを点けた。
明るくなった部屋、私のベットの上に市松人形がふんぞり返って座っていた。
『はい!!そこに正座!!』
「はいっ⁉」
市松人形に床を指差されて、私は驚きつつ床に正座をした。
『人が話しかけてるのに、無視はいかんじゃろ⁇大人になってもこんなんじゃお先真っ暗じゃ!!』
「す、すみません……」
何が起きているのかよくわからない。
だが今わかる事は、市松人形が喋って動いているのだ。
そして、ブツブツと最近の若者はと文句を垂れているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます