参.呪いに打ち勝つ

 あの日も今と同じくらい暖かくも寒くもない、そんな時期だった。

 高校生になった私は、新しくできたカフェに一人で訪れていた。

 大人っぽい高校生はカフェで勉強すると言う勝手な妄想でここに来たのだ。


 決して友人がいないのではない。

 入学式当日に風邪を引きやっと学校へ行った時には、周りは既にグループが出来上がっていただけだ。

「ご注文は何にしますか??」

 店に入ってからずっと座ってるだけの私にしびれを切らしたのか、店員さんが声をかけてきた。

 明るく可愛い大人のような女性だ。

 私はアイスミルクをそっと指差した。


 アイスミルクがすべて水になった頃、私は勉強……どころではなかった。

 全く進んでいないのだ。

 休んだ分の宿題として、担任の先生に渡された内容が理解できない。

 進学校でもないのにどうしてこんなに難しいのかと絶望している時だった。

「ねぇ、かーくん」

「なんだい、るみたん」

 私の斜め前にいつの間にかカップルが座っていた。

 女は横巻きロールの金髪にアートのような顔面、男はハリネズミのような茶髪頭にジャージと思われる後ろ姿だった。

 陽キャのリア充に怯んだものの、今までなら即気付いて来世まで呪うのに、そんな事をしない自分に驚いたのだ。

 これが大人の高校生の余裕なのかと一人で感激していた。

「あそこのボッチ、やばくない??」

 感動は一瞬にして、妬みと憎しみに変わった。

「るみたん、指差さないの」

 るみたんと呼ばれる女はあろう事か私を指差していた。

 それを彼氏のかーくんが遮って恋人繋ぎを始めたのだ。

 なんとも羨ま許せん状態に、ピークが来ていた。

「だって、あの人一ミリも文字書かないで止まってんだよぉ??オバケか超おバカじゃん。やっばー」


 その言葉は心臓に直撃をした。

 あの見た目からしてバカそうな女に私は超おバカ認定されたのだ。

 あまりの衝撃に涙が零れそうだったが、必死に抑え込んで手元にあるアイスミルクだった水を一気に飲み込んだ。

 さっさと家に帰って、鬱憤うっぷんを晴らしてやると心に決めて。

「るみたん、ダメだよ」

 ……なんと、かーくんが諌めたのだ。

 彼女と同調するのでは無く、私を庇ったのだ。

 これは……もしかして始まっている??略奪の愛が始まっているのかと、心臓がドキドキしてきた。

「なんでよ、るみたんは間違ってないよ??」

 自分で自分をるみたんとか言ってしまう女より、大人の私のほうが良いに決まってるだろう。

 なんだろう、この気持ち……これが恋なのかしらと思った時だった。

「るみたん、俺以外を見るのはダメだよ」

 ……呪い殺してやろうかと思った。

 そうしてバカップルはお店を後にし、私は閉店まで涙ながらにあのバカップルを題材に作品を作った。

 なぜ海を題材にしたかと言うと、最後にバカップルは近場の岬へ愛の逃避行がどうのこうの言っていたからだ。

 カップルの愛の肥料にされた私は、怒り狂っていた。

 誰が見ても危険な人物だと思うくらいに険しい顔をしていたのだ。

 その日以降の放課後、美術部の部員ではないのに美術室に入り浸るようになった。

 バカップルへの憎しみを糧に彫刻を掘っていた。

 呪いのオブジェクトが完成したのは二年後で、完成と同時にバカップルへの憎しみはすっと消えたのだった。


 そう、あのバカップルを呪う丁度いい岩が欲しくて、無いから自分で作ったのだ。今まさに岬の崖ギリギリに存在する、あの白っぽいヤツだ。

 私は目の前にいるバカップルの後ろを、忍者のごとく忍んで岬まで付いて行った。

「ゆうくん……本当にあるんだね」

「そうだね、ここだね」

 ベタベタくっついているバカップルを睨みつつ、その先にある呪いのオブジェクトを見つめた。

 あの呪いのオブジェクトは、ある女性をイメージして作ったのだ。

 それは行方不明になった女性だ。

 両親を亡くした金持ちの女性が葬式帰りに、仲の良い友人と恋人に連れられて岬に訪れる。

 名目は海を見て傷心を癒そうとかなんとか。

 そんな言葉に騙されて女性は岬の崖に立ち、両親の冥福を祈るのだ。

 二人の優しさに慰められた彼女は笑顔で振り返るのだが、友人と恋人に突き落とされて絶望の中死んでいくと言う……

 その後、死んだはずの彼女が崖をいずり上り、恨めしく片腕をこちらに伸ばした状態で結晶、つまりは呪いのオブジェクト化したのだ。


 以降は恋人同士であの岩に手を付けて呪文を唱えると、その女性の死霊の呪いが発動し、呪文を唱えた恋人たちは無惨な死を遂げるのだ。

 まぁ、今回は私に関係ないし、見ておこうと眺めているが……長い!!さっきからイチャイチャと何の話をしているのだと言うくらい進まない。

 イラつきを心に隠しつつ、バカップルの話に聞き耳を立てる。


「ゆうくん、本当に私でいいの??」

「うん、あいたん…愛佳あいかがいいんだ。いや、愛佳じゃなきゃダメなんだ!!」

 なんか物語を思いだしている間に、こっちはクライマックスだ。

「ありがとう。でも私……この病気がある限り、ゆうくんを苦しめちゃうの……すぐ発作を起こしちゃうし、生死を彷徨さまよう事も多いし……」


 (えっ、何このプラス要素、知らないんだけど……てか呪いの前に生死を彷徨うってどんな状況!?)


「少しの……たった一秒でもいいんだ。愛佳といる事が何よりも幸せなんだ」

「ゆうくん……子どもも産めないかもしれないんだよ⁇ゆうくん、子どもがいっぱいいる家庭を持ちたいってよく言ってたじゃん……」

「そうだね、家族団らんは僕の夢だった……だけど、もう愛佳のいない世界なんて僕には有り得ないんだ!!この先もずっと……ずっと一緒にいてください!!」

「……はいっ」

 そう言うと二人は身体を寄せ合い抱きしめあっていた。

 私は目から大量の涙が出てきていた。

 何かよくわからないけど、恋愛もののドラマって初めこそヒロインにイケメンヒーローが存在するのが許せないけど、途中からお母さんになった気分で見守ってしまうのだ。

 今もその時と同様の気持ちだ。

 二人の幸せを邪魔しちゃいけないと、この場から去ろうと後ろを向いた。

「じゃあ、愛佳……」

「うん、ゆうくん」

 仲良く呪文を唱え始めた。もう幸せになれよと……って!!

「だぁめぇぇぇぇぇぇっ!!それやっちゃいけないやつぅぅぅぅっ!!!!」

 振り返り、全速力で二人に襲い掛かる。

 二人の繋いでる手を掴み岩から離れるように後ろに引っ張った。

「きゃぁぁぁっ!!」

「うわっ、なっ何するんだ!!」

 ゆうくんと呼ばれた男に弾き飛ばされて地面に転がってしまった。

 ゆうくんは咄嗟とっさにあいたんを引き寄せて抱きしめていた。

 あいたんは震えながらこちらを見ていた。

「ゆうくん、あいたん!!ここは呪われた岬だ!!急ぎ離れよ!!」

 勢いよく言った言葉は、インチキ占い師のような言い方だったが、効果はあったようだ。

 二人は青ざめた顔で急いでその場を去っていった。

「ふはははははははっ、これで呪いは去ったのだぁぁぁぁぁっ!!」

 ゆうくんとあいたんを守り、呪いに打ち勝った事に歓喜して大声で笑い、叫んでしまった。


 だが、ここは海。

 すべて波と共に流れ消えていった。

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