カップル岬の呪い

壱.海と言ったらジャージ

 あの事件からまだ半日しか経っていない。

 私、海藤かいどう美乃利みのりは家の中でゴロゴロと転がっていた。

 とても怖い経験をしたがために、仕事よりも休息が必要と部屋から一歩も出ずにいるのだ。


「あーなんであの時気付かなかったんだろう」

 トンネルに召喚された本来の主人公は、スクールカバンからスマホを出してトンネルの中に入るのだ。

 自分も同じように入ればよかったと帰宅途中に考えていたが、玄関まで来て気付いたのだ。


 ……ドアノブに自分のカバンがかかっている事に。


 最初は自分がボケたのかと思ってカバンを取ったのだが、ひらりと落ちた紙の内容を読んで驚愕した。


『お疲れ様です。忘れ物かけときます。 山田』


 なんと、山田が私の荷物を玄関まで届けてくれていたのだ。

 最初は山田の優しさに感動していたが、ゴロゴロしながら考えていると違った考えが出てきた。

「届けてくれたスマホや財布、家の鍵が入っているカバン……それをドアノブにかけて帰るものか……⁇普通」

 もし、私のストーカーや不審者がカバンを見つけてしまった場合、私の身がピンチになるとは思わなかっただろうか。

 カバンを忘れてるって気付いたのなら私に届けてくれるか、帰ってくるまで待ってくれるとかしないのかといろいろと考えてしまう。

「いや待て、そもそも出版社を出て家に帰るまでそんなに時間がかかっていないはず……もしかしたら、山田は私を抜いて辿り着いたのか……⁇」

 優しい山田から疑惑の山田にレベルが上がってきたのと同時に、イライラが募り始めた。

「そもそも!!山田がムカつく事を言わなければ、私は裸足で帰らずに済んだし、あんな怖い思いもする必要がなかったんじゃない⁉」

 山田に対するイライラがマックスになった時、私は無我夢中でスマホを握りしめながらある場所に電話をかけた。


 ――山田のいる出版社である。


「はぁい、森山総合出版っでーす」

 なんとも軽い感じの声が電話口から聞こえてきて、一瞬固まってしまった。

 以前電話した際は受付嬢かと思うくらいきりっとしつつ、可愛らしい声の女性が出たのだ。

 その時は緊張しながら山田に取り次いでもらったのだが、今回は……なんというのかチャラい。

 うぃーっすって言いだしそうな感じで、陰キャの私にはかなりきつい。

 ってか、出版社の名前ってそんなんだったっけ⁇


「あっ……あの、……や……山、……山田……いますか⁇……さん」

 電話越しだというのに緊張してしまい、上手く話せていない。

 だが、以前も何とかなったのだから大丈夫だろう。

「えー⁇やまだいますかさん⁇えーっと、当社にはそのようなものはおりまっせーん」

 なんと無慈悲むじひな奴だ。

 このような陰キャに酷い仕打ちをしやがると思いつつ、なんとか話をつづけた。


「ちがっ、や……まださんを!!……お願いします」

「えーっ、ちがやまださん⁇その人もいないっすねー」

 そろそろ、泣いても良いだろうか。

 もしかしたら、このチャラ男は私が陰キャだとわかってバカにしているのだろうか……


「や……ま……だ……」

「あー、山田さん⁇いますよー。ちょっと待っててくだっさーい」

 即保留にされ、虚しく保留音だけが流れる。

 なんとも言えない気持ちで保留が途切れるのを待っていた。

「お待たせしました、山田です」

 保留音が切れて、山田の声が聞こえた。

 山田の声を聞いて、安心したせいなのかチャラ男の事を忘れて大きな声で叫んだ。

「お疲れ様です、海藤です!!!!」

 電話越しで山田のため息が聞こえた気はしたが、気にせず話し始めた。

「鞄を届けてくれてありがとうございました。その件について、確認したい事があります」

「はい、なんでしょう」

「私の家に行く途中で私を見かけませんでしたか⁇」


 少し沈黙の後に山田が答えた。

「……はい、見ましたが忙しそうだったので家に届けて帰った次第です」

 やはり、山田は私の姿を見ていたのだ。

 段々と怒りがき出てきて次から次へと文句が口から出てきた。

 もしかしたらストーカーに家に入られたり、合鍵を作られて侵入されてしまうだろうとか、不審者や隣人、近隣住民の談話室になるとか、できる限りの妄想を山田に小一時間くらい説教した。


 ――はぁ


 ――そうですね


 ――すみません


 山田はそれ以外喋っていない気はしたが、そんなものは気にしない。

 今回ばかりは山田が悪い。

「……今後は気を付けてください。そのせいで私は大変な目にあったんですよ⁇」

「でも、もう大丈夫でしょ⁇」

 電話越しですっとぼけた返事をする山田に、私はさらに怒りが込み上げてきた。

 大変な目にあったというのに、今電話しているから大丈夫だと言いたいのか。

 今までの話は序幕で、これからが本題だというのに。

「あのですね!!今の話は……」

「あっ、電話が遠いようですね……」

 はぁっと切れ気味に言うが、確かに電話がザーザーとノイズが聞こえ始めてきた。

「こ……で、……気を……さい、で……は」

 その言葉と共に電話が切れた。

 やりきれない怒りが胸に詰まった。


「山田のバッカヤロー!!!!」

 いつもなら、部屋の中で反響する声が遠くに行ってしまったような気がした。

 辺りを見ると、綺麗な夕焼けに海と砂浜が見える。

 波のザーッという音は荒れた心を癒してくれそうだ。

「……って違うわ!!」

 そう、ここで綺麗とか癒しとか言っている場合ではない。

 私はさっきまで自分の部屋で電話をしていたのだ。

 それなのに、電話が終わったら海にいますってどんな状況なのかっていう話である。

「……また、召喚的なやつ⁇」

 今日は家から一歩も出る気が無かったので、ボサボサの頭に眉毛のない顔、上下穴あきジャージの姿で裸足の状態である。

「もう、なんなのよ……」

 私の声は虚しく波の音に消え去っていった。

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