十七【呪符】(2021/12/17)

「ユノさん、グーナ婆」


 シュリンがタンザの隣で手を振ると、祭の市場で朝早くから店を開いていた母と祖母が揃って手を振り返してきた。

 祭市の中心に位置するこの場所は、人通りも多く目につきやすい。

 今年はくじ運がよかったと、この場所を引きあてた伯母に誘われ、母のユノも祖母と伯母の占い店に並んで、店を出させて貰っていた。

 店の前には、所狭しと色とりどりの衣や布、小物が並ぶ。どれもユノがはたで織った布でこしらえたものだ。

 これだけは渡せないと死守した機織機はたおりきで作ったものだった。


「どう? 母さん」

「まだ全然だめやねぇ。観光客もちらほら見かけたし、祭前に揃えたい人もいるだろうし、いつも通りいくらかはけるだろうけど」

「おれも予定通り、修理必要ないか回ってみるけど、全然駄目だったらごめんな」

「あんたたちが作ったもん、そう壊れても困るでしょ。そん時はそん時よ」


 返すあてがないのは困るけどね、とユノは大らかに笑い、「笑い事じゃないわね」と溜息をついた。

 まぁまぁとユノの肩を叩いたのは、伯母のコマだ。グーナの娘であるコマは占者ではないものの、ちょっとした縁起物や呪符を取り扱っている。

 ユノの商品の隣には今日もタンザにはただの石にしか思えない色石や何やら訳のわからない文字が書かれた紙札が並んでいた。


「あんたんちにお金がないの、うちの母さんが半分原因みたいなもんだもん。今年の祭の売り上げは、そっくりそのまま譲るって、さっき母さんにもユノちゃんにも納得させたとこなんよ。借金の方もあんたの父さんとは言え、うちの弟が原因やしねぇ」


 まったく二人共うちのかわいいユノちゃんに迷惑かけて、とコマは細腕をまわして、自分よりも大柄なユノの頭を抱きしめた。

 ユノが「コマ義姉さん」と人目を気にして恥ずかしそうに声を上げるも、抱きしめるコマは気にした風がない。

 タンザにしてみれば伯母が母に甘いのはいつものことであるし、返済期限が迫っている分、伯母の申し出は素直にありがたかった。


「だから、タンザは気にせず必要なとこだけまわっといで」

「ありがと、コマ伯母さん。助かる」

「結構、結構。それでいいわ」


 コマは満足そうに頷いて、にやりと口の端をあげた。


「にしても、母さんから聞いてたけどシュリンちゃんて、ほんとユノちゃんが好きそうな感じやねぇ。クマがユノちゃんをお嫁さんって言って連れてきた時もそりゃびっくりしたけど、タンザもよくあんな子見つけたねぇ」


 でね、とコマはタンザを手招いた。

 コマがちらと向けた目線の先で、シュリンはグーナと並んで卓の前に座り、何やら筆を持たされている。


「……コマ伯母さん。シュリン、さっきからあれ、何やってんの?」

「だからその話をしようとしてんの。母さんと話しててさ。宝珠で前王朝の巫女なんでしょ、あの子。たぶん、呪符作れると思うんよね」

「「え」」


 タンザとユノが揃って声を上げると、二人の勘違いに気づいたコマは「あ、違うよ」と、しゃらしゃらと腕飾りを鳴らして手を振った。


「さすがに売り物にしようってんじゃないよ? でも、何ができるか知っておいた方がいいかと思って。あの子にとっても、いつか何かの拍子で役に立つかもしんないでしょ。そういうの売り物として売れるっていうのは、うちらの見せて教えとけるしね。あと、できるんだったら、あの子が作れる呪符と効果が気になってね」

「……コマ伯母さん」

「……コマ義姉さん」


 にっこりと微笑むコマを前に、タンザとユノは最後のがむしろ彼女たちの本音じゃないかと思った。

 大丈夫なのだろうか、と顔を向けた先で、目があったシュリンが筆と紙を手に立ち上がった。


「タンザ! ユノさん! 欲しい呪符はありますか?」


 やって来たシュリンが心なしか嬉しそうで、タンザとユノは戸惑う。


「シュリン、作れる、の……?」

「はい。見習いの頃ですが、力を込める練習として作ったことがあります。今も作ることはできると思います。何かありますか? 作ってみます」

「えっ……と、なら、一攫千金????」


 困惑しながらも思わず口にしてしまったタンザの頭は、ユノに素早く叩かれた。


「あたしらはいいの。シュリンちゃんが欲しい作りたいものはないの?」

「ユノさんとタンザが嬉しいものがいいです」


 そう、とユノは頷いた。

 眉間に皺を寄せ、唸りながら頼んでよいものかと考え込む。

 その間も、シュリンはじっと待っていた。

 黒目がちな目が、期待に満ちているようにすら見えた。

 ユノは家の財政状況の不甲斐なさに悲しくなりながら、無垢な眼差しに折れた。


「…………商売繁盛で、お願いできる?」



***


 その夕。

 予定先をまわり終え、結果を報告に来たタンザは、店先に何も品物が残ってないのを見て愕然とした。

 手放しで喜んでもよさそうなものの、商品を売り切ったユノは、信じきれないといった様子で珍妙な顔をしている。

 伯母のコマが、母の背をさすって「大丈夫。現実だからね」と励ましていた。

 シュリンは祖母のグーナの指示を受けながら、熱心に片づけの手伝いをしてるようだった。


「……母さん、なんかこっちもすごくって……」


 過去に売った商品の修理を頼まれることこそ少なかったが、「ちょうどいいところに来た」とちょっとした物の修繕や頼まれごとをされることがやたらと多かった。

 まわる先から引き止められて対応すれば、いつも世話になってるからと、謝礼を多めに持たされることも多々あった。

 ついには、母の店に来る道すがら、もう少し店の台に角度をつけたいと悩んでいた店主に行き合い手伝ったところ、料金ばかりか昼間買えなかった売り物の龍の飴まで持たされた。

 おかげで懐はいつになく温かく、代わりに、全部夢で瞬く間に消えやしないかと大分恐い。


「いやぁ、なんかすごかったね?」


 放心しているユノの背をさすりながら、コマがからからと笑った。


「残念だけど、あの子の呪符は使えそうにないわ。あの子のこと考えると、この先もあんま使わない方が無難やねぇ。自分自身のためにならまだしも、他人のためには絶対やめた方がいい」


 力が強すぎて作った分だけ騒ぎになりそう、と伯母は至極他人事のように言う。


「タンザ!」


 ぱっと表情を明るくし、無垢そのものみたいに駆け寄ってきたシュリンの頭を、タンザはなんだか申し訳ない気持ちを抱えて撫でた。

 くすぐったそうにするシュリンに、貰った龍の飴を手渡せば彼女は「龍です」と目を輝かせる。


「店番、ありがとうね。困ったことはなかった?」

「お客さんたくさん来ました。ユノさんの布がきれいって。皆さん喜んでくださって、嬉しかったです」

「そっか。シュリンが楽しかったんなら、とりあえずよかったけど」

「タンザ。わたし、呪符、もっと書きますか?」

「ううん。もう充分だよ。充分助かったから、もう呪符は大丈夫。それより今度、ノーエとルーから魚の獲り方一緒に習おうな? 楽しかったんなら、また母さんの店番も手伝ってやって。そうしてくれると嬉しい」


 はい、とシュリンは頷く。

 道に鈴なりに連なる燈會ランタンが夕焼けを灯して赤く揺れていた。


(せめて来年はこののためだけに龍の飴が買えたらいい)


 大切そうに握られた龍の飴を見ながら、タンザは思った。

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