13縛 圧倒的な暴力
秋津さんが猛スピードでブッ飛ばしたおかげで、三十分も掛からずに目的地へ辿り着いた。警察に目を付けられなかったのが、マジで不思議で仕方ない。
「ここです」
それは、巨大な鉄の扉で閉ざされた、荷物のない倉庫だった。対岸では、フォークリフトがコンテナを運んでいる。低い船の汽笛と、カモメの声。なんだか、現実から隔離されたような空間だ。こんな場所、本当にあるんだな。
「京は、この中に?」
「はい」
「なら、行きましょう」
錆びついた通行口の扉を開け、ゆっくりと中へ入っていく。そして、目に飛び込んできた光景のは、黒いスーツに身を包んだガラの悪い男が二人に、震えて座り込んでいる件の5人。そして、それを見下ろしてダラリと立ち尽くす、冷たい目をした京の姿だった。
「……帰るぞ、京」
「あは。来て早々、何を言うんですか?時生さん。まだ、何もしていないというのに」
どうやら、間に合ったようだ。
「そいつらの事は、もうとっくに終わってるんだ。だから、関わるな」
「終わっていませんよ。ねぇ?
煤で汚れた、優月学園の制服。無理やり投げ倒されたのか、かつて俺が恋していた
「や、薬師。あ、あ、あんただったのね。まさか、矢箕さんに力を借りてるなんて。どうして、こんな事――」
「なぜ、時生さんに言うんですか?違いますよ。先ほど言った通り、あなた方を攫ったのは私ですし、何をしてもタダで済むと思っていますし、あなたたちは無事に帰ることが出来ないんです。まだ、お分かりになってないんですね」
言って、スカートを抱えてからしゃがむと、京は古谷の顔をジッと見た。その色の無さに驚いたのか、彼らだけでなく、黒スーツの二人も少し身を引いたように見えた。
「なぁ、や、薬師。頼むよ、許してくれよ。俺たち、まさかそんなにお前が傷付いてたとは思ってなかったんだよ!出来心だったんだよ!」
「……うるさいので、黙らせてください」
呟いた瞬間、黒スーツの一人が彼、
「止めてください、相手は高校生です」
振りかぶった瞬間、俺はその手を掴んでいた。
「お嬢様の知り合いか何か知らんですが、止めないでください。自分ら、その為の人間ですから」
「俺は、やめろと言ってるんです。俺とこいつらの話に、首突っ込まないでもらえますか」
「なんだ?テメェ」
殺される。そう思った。でも、もう引くワケにはいかない。
「京、やめさせろ。そんで、帰ってラジオを聞きながら飯でも食おう」
「ダメですよ、時生さん。私は、許せません。絶対に」
……このままじゃ、平行線だ。しかし、もう握力が持たない。引き剥がされて、藤間がブチのめされてしまう。
「どうして、そんなに穏やかでいられるんですか?だって、彼らは時生さんを騙したんですよ?あなたの優しさを逆手に取って、
「分かってる」
「あなたが孤独で恵まれないからと言う理由だけで、自分たちの『暇潰し』に使ったんですよ?このゴミ共は、あなたに追い討ちをかけるようなマネをしたんですよ!?」
「分かってるよ」
「なら……っ!」
初めての、京の怒鳴り声と。
「なら、このゴミ共の家や両親の仕事もすべて奪ってしまいましょうよ。大丈夫です、犯罪にはなりませんから」
凍えそうな、冷たい声だった。
「うふふ。次の仕事を、ちゃんと用意してあげるんです。扱いとしては、出向になるんでしょうか。そうですね、彼女たちの両親には、ゴミを世に生み出した罪として、世界各国の原子力発電所へ送って、廃人になるまで廃棄物処理でもさせましょう」
許して。誰かが、呟いた。
「本人たちには社会勉強のために、紛争地域のボランティアでもさせるのがいいですよ。……いえ、もっといいことを思いつきました。ブラジルで、薬品開発に携わってもらうんです。あそこでは、マラリアなどの疫病を防ぐ為に、危険な虫に体を刺させて、血清を打ち続ける仕事があるんです。10代の日本人のサンプルは貴重でしょうから、必ず重宝されますよ」
嫌だ。確かに、そう聞こえた。
「反応でジュクジュクと膨れ上がった皮膚は、歩くたびに地面に張り付いて捲れるんですって。ですから、そのうち痛みで歩くのを諦めると、今度は塞がらない血管から漏れ出した凝固因子で神経ごと地面に接着するそうです」
助けて。間違いなく、そう言われた。
「それでも、効き目が切れた頃に再び別の疫病を貰い血清を打ち込まれて。やがて、手の付けられない危険なギャングの方でも、変わり果てた自分の容姿の醜さと、沸騰する血液の熱さで、『今すぐ殺して欲しい』と懇願するんですって」
大丈夫だ。俺は、最初からそのつもりで来てる。
心配するなよ、京。
「ふふ、うふふふふ。そんな仕事です。よかったですね、社会の役に立てて」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲痛な叫び。あまり、気分のいいモノではない。
「……まぁ、あなた方の結末なんて知った事ではないですが。そうなる前に、やってもらう事があります」
言って、京は立ち上がり、俺に振り向いた。男の手を見ると、手汗が滲んで拳を開いている。多分、京の話に意識を奪われたせいだ。もう、殴るような真似はしないだろう。
「謝罪です。あなた方の言葉や土下座になんの価値もない事は分かっていますが、それでも気持ちは伝わるハズです。さぁ、時生さんに、誠心誠意を込めて謝ってください」
もう、歯の根も合わないくらい、震えてしまっている。彼らは、矢箕家の力を知っている。それを実現する事が可能だと理解している。だから、その未来を想像出来てしまう。恐れてしまう。
「さぁ、額をこすり付けて――」
でも、貧民の俺は、その話にまったく現実味を感じられなかった。だから。
「もういいよ、京」
なんの迷いもなく、話をする事ができたのだ。
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