第3話 共同生活?
翌朝。
顔を洗って、歯を磨いてから一緒に朝食を食べる。
ちょうどこの前新しい歯ブラシを買い付けておいたので、それをウィンに与えた。
食事は、市場で安売りしていたジャガイモをふかしたものと、トマトを焼いたやつだけの簡単の物。そこでもウィンはおいしいと言ってくれる。
「ご、ごちそうさまです……」
ちゃんと手を合わせて頭を下げる。貧しくても、しっかり教育はされているようだ。
そして、食器を洗い終えると出発。
平日で人通りの多い街並みを歩いて、奴隷商人のところへ。場所は、ウィンからすでに聞いた。
大通りから治安が悪そうな裏路地に入る。
怪しげな夜の店が並んでいる、街でも治安が悪いとされるエリア。
すれ違う人はいずれも目つきが悪かったり、服がボロボロだったり、いかにも貧困層だったり、悪そうな人ばかり。
そんなアングラな通りの中に、ウィンがいた店はあった。
石造りで、古びている建物。ノックをして入ると、朝だというのに薄暗く、ところどころに蜘蛛の巣が張っている。
「らっしゃい。こんな朝っぱらに、何のようだい」
カウンターにいるのは、プカプカとキセルを吸っている、茶色いコートを着た男の人。
ウィンが、耳打ちしてきた。
「この人が、マスターです」
なるほどね。俺がまず向かったのはウィンを所有している人の元。
あくまでウィンの所有権は、奴隷商人にある。放置していたら、何かと難癖をつけられるかもしれない。
当然、ウィンの事が第一だ。ウィンに対して彼がどんな扱いをするか聞くしかない。
どうするかはそれ次第だ。
こいつの態度次第では、返却を断ってぶん殴ることだってあり得る。
どうなるかは商人の態度次第だ。
「すいません、この子のことですが……」
奴隷商人はぶっきらぼうな口調で、言葉を返して来た。
「返しに来たってのかい」
「そ、そういうわけではなくて……」
奴隷商人は大きく煙を吐く。
「そいつなんだけどねぇ、いらない。もう場所がないんだよ」
「え……」
予想もしなかった言葉に俺は言葉を失ってしまう。
商人の人は大きくため息をつき、遠目に外へ視線を向け、話し始めた。
「こいつがもともと冒険者だったってことは知ってるだろ」
「はい」
「トラウマを持っちまって、魔法を使いたがらないんだ。何度もパーティーに推薦して、首になって罵倒されていくうちにな」
昨日は悲惨な境遇に話題にするのを避けていたが、そんなことになっていたとは……。
それからも、商人の人は彼女の過去を話す。
ウィンはこの街生まれではなく、ここから南にあるタツワナ地方というとても貧しい地方で生まれた。
家族は貧しい下級貴族で借金を抱えていた。その中でウィンに強い魔力があることを知った父親が彼女をまだ魔王軍との戦いに明け暮れていたこの街に売り飛ばしたのだ。
しかし、その時に人の売買を担当していたブローカーが悪質な人物で大量の手数料を要求してきたこと。
すぐに金が欲しかった父親は売り飛ばす際ウィンの活躍を見込んで、彼女の稼ぎを担保に借金をしてしまった。
それらの負債は全てウィンが背負うことになるが、ウィンはこの通り戦うことができなくなった。
「戦えないなら、お前は奴隷行きだ! ゴミ」
おじさんが、思わずそう言ったらしい。
「ブローカーに払う手数料や家族の借金が払えなくなり、奴隷行きってことになったってことだ」
そんなことになってしまったのか。ブローカーもウィンの父親も、こんな小さな子に借金を背負わせて、奴隷にさせて、本当にひどい。
ただ、もう一つ気になることがある。
「ウィンの居場所がないというのは?」
その言葉におじさんは、奥にある奴隷部屋に視線を向け、大きくため息をしてから話し始めた。
「魔王軍と戦ってた時は、いっぱい冒険者が来てよぉ。娼婦も奴隷たちも需要が多くて繁盛してたんだ」
確かに、あの時は夜の繁華街はハーレムを作って飲んだくれたり、飲み屋で捕まえた娼婦と共に一夜を過ごしている人がいっぱいいた。
彼らは過酷な戦いや知らない土地ということからくるストレスや激戦だったり、いつ死ぬかわからないという絶望感が彼らを享楽的にさせていた。そして、せめて一時だけでもそんな気分を忘れようと、彼らは夜の街で酒と女に浸っていたのだ。
「けど、それも終わっちまって売り上げががくんと減っちまった。んでショバ代や人件費が払えなくなって、土地を売って設備を縮小することになってね、こいつのスペース、無いんだよ。兄ちゃん、国家魔術師だったんだろ。それなりに裕福なんだから引き取ってくれよ」
「そんな、簡単に……」
確かに、この街の中では比較的余裕のある身分ではある。
「こいつ。おまけにいい身体つきだからって体目的で買い付ける人が多いんだが、肝心のこいつがそれを嫌がっちまうんだ。ちょっと変な目を向けられるだけで怯えていやだいやだと泣きついて帰ってきてよ……。もう維持費ばっかりかかる無駄飯ぐらいなんだこいつは」
大きくため息をついて、呆れる。
当然だろ……。まだ大人になり切ってない年齢。おまけに、ちょっと会話してわかるくらいの人見知り。
それで性的な視線を向けられたら、怖がってしまうに決まってる。
確かにウィンは黒髪でかわいらしい顔つき。子供っぽい体系なのに胸は掴み切れないくらい大きい。男からしたら喉から手が出るほど一緒にいたい存在だろう。
ウィンを物の様に扱う商人にイラっときて舌打ちしそうになった。
「引き取ってくれないなら、道端にすてるしかねぇなあ。どの道俺に言ったって、どうにもならないよ」
「あ……」
ウィンの体が、震えているのがわかる。
当然だ。ウィンの帰る場所がなくなったんだから。
見た感じ、この人自体も裕福な身分じゃなさそうだ。
無理にウィンを押し付けて、養えなくなって共倒れになっても結局彼女は居場所を失ってしまう。
そもそも俺にそんな権限ないし……。
もしウィンが野垂れ死にしたら、一生後悔するだろう。
まだ少女の身。本当であれば、両親の愛を受けたり、友達たちと遊んだりしていた年齢。
それが、貧しい村に生まれて、家族のために一人この街に来て……こんな身分になってしまった。
俺がこんな事出来るかわからないけれど、せめて少しでも報われるようにしてあげたい。
「わかりました。彼女は、俺が引き取ります」
そう言ってウィンの肩に優しく手を置いた。
ウィンは、わずかに瞳に光を宿し、はっとした表情になる。
奴隷商人は、大きく息を吐いて言葉を返した。
「ありがとよ。幸せになんな、嬢ちゃん」
「……はい」
すぐに、ウィンの奴隷の首輪は外された。多分、彼もウィンが少しでも報われるのを願ってるのだろう。
その言葉に、少しでも答えられるようになりたい。
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