第158話:大きなユリノキの下で

 ――まさかアレクが女の子とデートするだなんて。


 それは木々の緑が目にしみるある日の出来事でした。


 ワタクシは、兄のアレクサンドルと居候いそうろうのキリトがヒソヒソ話をしているのを立ち聞きしてしまったのです。


「……アレク氏、女の子とデートでありますか⁉ モテ期到来でありますね!」


「しっ、キリト。声がでかい。ジェルにバレたら面倒だからナイショだぞ」


「モテない男の僻みは怖いであります。早くジェル氏も二次元の良さを理解するといいであります」


 ――なっ、失敬な。


 ワタクシがモテない男とはまったく失礼な話です。ワタクシはあえて独り身を選んでいるだけの孤高の天才錬金術師なのです。

 オタク幽霊のテディベアには、その高潔さがわからないのでしょう。


 しかし、アレクが一人だけモテているというのは許しがたいことです。

 これは詳しく調査せねばなりません。


 どうやらこの後、アレクはその女性に会いに出かけるようです。

 ワタクシは友人の氏神のシロを誘って、彼を尾行することにしました。


「アレク兄ちゃん、彼女作る気無いって言ってたのになぁ~。なんか意外だよねぇ」


「とりあえずどんな人が確認しないと。もしアレクが変な女に騙されているとかだったら大変です」


「あー、あるよねぇ。宗教の勧誘されたり、マルチ商法だったり」


「その場合は警察に通報しないといけませんね!」


 待ち合わせ相手は、我が家から少し離れた道にある、大きな木の根元に立っていました。

 黒髪の可愛らしい小柄な女の子です。

 おそらく小学校低学年くらいでしょうか。清楚なグリーンのワンピースが良く似合っています。

 アレクが何か言うたびにキャッキャと親しげに笑っているので、おそらく以前からの知り合いなのでしょう。


「どうしよう? 通報する?」


「どう見ても捕まるのはアレクの方じゃないですか!」


「あの子、人間じゃないね……」


 シロがまるで目の悪い人が文字を読む時のように目を細めています。

 ワタクシには普通の少女に見えますが、神様であるシロには何か違うものが見えているのかもしれません。


「まさか、あの娘は妖怪か何かですか?」


「たぶん木の精霊みたいなもんだよ。ほら、後ろに木があるでしょ」


 確かに彼女の背後には、真っ直ぐ伸びた大きな木が、鮮やかな緑色の葉を広げていました。おそらくユリノキでしょう。


「まさか、植物のくせにアレクをたぶらかして生命力を吸い取っていたりするんじゃないでしょうね⁉ 許せません!」


「あっ、ちょっとジェル!」


 ワタクシはアレクの元へ駆け寄りました。


「――でさぁ、その砂の下にはなんと、でっかい遺跡があったんだよ。だから俺は…………えっ、ジェル⁉ シロまで⁉」


「妖怪め! 少女の姿でアレクに取り入って何をするつもりですか⁉」


 ワタクシがアレクと少女の間に割って入ると、彼女は小さく悲鳴をあげました。


「おい、ジェル! 急になんだよ。ユリちゃんが怖がってるじゃねぇか」


「アレク兄ちゃん。その子はどういう知り合い?」


「ユリちゃんとは、最近ここで知り合ってさ。俺の旅行の話を聞きたいって言うから、たまに来て話をしてたんだ」


「本当にそれだけですか?」


「それだけだけど、どうかしたのか?」


 見た感じアレクはいつも通りで、何も変わったところはないようです。


「どうやら誤解だったようですね」


 ホッとしたワタクシの代わりに、シロが少女にたずねました。


「君は、この木の精霊だよね?」


「はい……昔この木によく来てくれていた方にアレクさんがそっくりで、つい離れがたくて、お引き止めしてしまっておりました」


「昔よく来てくれていた方?」


 少女はワタクシの問いに、可愛らしい声で丁寧に述べます。


「はい、青い瞳がとても綺麗で……毎日、散歩でこの木へやってきて、根元におしっこをしていくんです」


「は? おしっこ?」


「尻尾もふわふわで本当に可愛らしくて、赤い首輪がよくお似合いでした」


「それ確実に犬ですよね……」


「俺、犬と同じだと思われてたのか」


 背後でアレクが少しショックを受けていました。


「私は木の精霊で自由にあちこちに行けないから、アレクさんの世界を旅するお話がとても面白かったんです」


「そっかぁ、こんな話でよければいつでも聞かせてやるぞ!」


「ありがとう……でももう、今日でお別れなんです。私、明日には切り倒されてしまうから」


「えっ――」


「なんとかならねぇのか? 俺、偉い人に言って止めてもらうように言うよ!」


「ありがとう、でも道路を広くする為に必要だから……」


 確かにこの木があるせいで、道路の見通しが悪くなっています。

 これでは遅かれ早かれ、切り倒されることになるでしょう。


 言葉を失ったワタクシ達に、少女は微笑みかけます。


「最期に楽しい話が聞けてうれしかったです。本当にありがとう。さようなら……」


 そう言い残して、彼女の姿は木に溶けるように消えてしまいました。


 ワタクシは木を見上げました。大きな葉の間には小さなつぼみが見えます。

 これから花を咲かせるというのに切り倒されてしまうとは、なんと残酷な運命でしょうか。


「移植ができればいいんですけどねぇ……」


「そうだよ! 移植すればいいんだ! どこか良い場所ねぇかな?」

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