第156話:天狗の隠れ蓑

 なぁなぁ、前に山で天狗さんに会った話をしたことあるの覚えてる?

 俺さ、またあの山に行ったんだよ。


 前に行った時はジェルの体力が限界で、看板全部見られなかったからな。

 気になってお兄ちゃん、もう一回行ってみた。

 そしたらまた天狗さんに会えたんだ。


「ほう、あの時の人間か。どうした? 天狗見習いになりたいのか?」


「いやいや、そういうわけじゃねぇんだけど。あ、俺、アレクサンドルって名前なんだ。よろしく!」


 俺は天狗さんに挨拶をして、残りの看板を見に来た話をした。


「そうか。まぁここで会ったのも何かの縁だ。ひとつアレクサンドルに聞きたいのだが。――もし自分が透明になったとしたら、何をしたい?」


「えっ? 透明?」


 いきなり変なこと聞くなぁ。

 でも天狗さんの顔は冗談を言っている感じには見えない。


「うむ。どんなことをしても他人には見えないから、何でもできるぞ。それこそ、金を盗もうが人を殺そうがわかりはしない」


「そんなことしねぇし! そうだなぁ……あえて言うなら、ジェルを驚かせたいかな」


「そんなことでいいのか。思った以上に無欲な人間だ、ちょうど良い」


「何がちょうど良いんだ?」


「まぁ付いてくればわかる」


 そう言って天狗さんは、持っていたでっかい葉っぱみたいなうちわでバサバサと俺に風を送った。

 すると俺の体は、びゅんって空を飛んで、気が付けば山の頂上に立ってたんだ。


「うわ、すげぇ! ジェルの転送魔術みてぇだな」


「アレクサンドルよ、これを見ろ」


 目の前には、腰の部分にスマホみたいなサイズの箱型の機械がついた全身タイツみたいなのがある。


「なんだこれ?」


「これが新素材で開発された天狗の隠れみのだ。難燃性でスタイリッシュでナウなヤングにもグッドルッキングだ」


「天狗さん、無理して横文字使わなくていいぞ」


 俺は隠れ蓑を手にとってみた。薄くて黒い布が全身だけでなく顔の部分まで覆うようにできている。


「今から、その隠れ蓑をそなたに着てもらう」


「えっ、この全身タイツ、俺が着るのか?」


「この隠れ蓑はまだ試作段階でな。ちょうど被験者を探していたのだ。どうだ、透明になってみたくないか?」


 確かに透明になってみるのは楽しそうだ。俺は喜んで協力することにした。


「じゃあ、早速着てみるか……うわ、これ結構キツそうだな」


「実は、服を脱いで着用してもらわねばならんのだ」


「マジかよ。パンツは、はいてていいのか?」


「そのぐらいなら大丈夫だ。おおっ、そなたの下着はこれはまたずいぶんと派手であるな……近頃のヤングにはそのような下着が人気なのか」


 天狗さんは、キラキラと光り輝くビキニパンツを眩しそうに見ながら、着替えを手伝ってくれた。

 全身タイツみたいなデザインのくせに予想以上に伸縮性がいまいちで、自分だけで脱ぎ着するのは難しそうだ。

 十分くらいかけてどうにか着ることができた。


「では、その腰に付いている機械のスイッチを入れてみてくれ」


 指示通りボタンを押すと、俺の手足の先がどんどん見えなくなっていく。

 それはあっという間に全身に広がっていった。


「おお、成功だ! アレクサンドルの姿が完全に透明になったぞ!」


「すげぇ……それで、この後はどうしたらいいんだ?」


「服はワシが預かっておくゆえ、自由に行動してもらえればいい。ただし、ひとつだけ気をつけてもらわねばならんことがある」


「なんだ?」


「それは電力で動いている。バッテリーの残量が無くなるまでに帰って来るのだ」


 どうやら、腰の小さな箱がバッテリーらしい。

 それが切れると透明じゃなくなってしまうということか。


「充電したばかりなので、おそらく五時間はもつであろう。透明化が切れそうになったら自動的にこの山に戻されるようになっておるので心配無い」


 まぁ五時間もあればいろいろ遊べそうだし、大丈夫そうだな。


「じゃあ、ジェルのところに行ってくる!」


「そなたの家か? ――ならば送ってしんぜよう」


 天狗さんは俺の声がした方向に向かって、うちわで風を送った。

 風を受けた俺の体は、またびゅんっと空を飛んで、一瞬で自宅の前に戻っていた。   

 どういう理屈かわからないけど、便利な力だなぁ。


「さて、ジェルを驚かせてやるとするか……」

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