第141話:注文の多い弟
問題は肖像画を誰に描かせるかなのですが、幸いアレクは絵が上手いので彼に任せれば問題ないでしょう。
以前、彼は魔女の護符の絵を描いて神様を大満足させた経験があります。
その画力は折り紙付きと言えるでしょう。
「ねぇ、アレク。ワタクシの肖像画を描いてくれたら、今日の晩御飯を特大ハンバーグにしてあげますよ」
「ホントか! じゃあ描く!」
彼はハンバーグに釣られて、あっさり承諾しました。
「それじゃ、出来上がったらギャラリーに直接納品してちょうだい。後はよろしくねぇ♪」
「おう、お兄ちゃんに任せろ!」
――こうして、アレクがワタクシの肖像画を描くことになったのですが。
「ちょっとアレク、なんですかその肌の色は。ワタクシはもっと透明感のある美しい肌だと思うのですが」
「いや、こんなもんだと思うけどなぁ」
アレクの描く絵は、ワタクシの美しさを適切に表現しているとはいいがたいものでした。
「ワタクシの目はもっと大きくて、キラキラしていてまつ毛が多いと思うんですが」
「これ以上キラキラのバサバサにしたら気持ち悪いだろ。鏡見て言え」
ワタクシは言われた通り、自分の姿を鏡に映して見つめました。
宝石のような青い瞳に、この世の美をすべて集めたような気品のある顔。
神に祝福されたかのようなしなやかで美しい金髪。陶器のように滑らかな肌。触れたら壊れてしまいそうな繊細な体つきに、華奢な手足。
いかに絵の上手いアレクといえども、絶世の美青年と言っても過言ではないパーフェクトなワタクシの姿を正確に描くのは、やはり難しいのでしょうか。
「じゃあ、まつ毛と目はそれで良いとして。もっと高貴な感じにしてください」
「高貴ってどんなのだ」
「なんというか、主役感のある圧倒的オーラで」
「そんな曖昧なこと言われても、お兄ちゃんよくわかんねぇんだが……」
困惑しながらも、アレクはキャンバスに筆を走らせていきます。
その後も何度も修正を要求することになり、試行錯誤した結果、なんとか肖像画が完成しました。
「お疲れ様です、アレク」
「あー、疲れた! リテイク地獄のクソクライアントめ! もうこれ以上は描かねぇからな! 報酬にアイスとプリンも追加しろ!」
アレクは完全にふてくされた様子で、リビングのソファーにごろんと横になりました。
さすがにちょっと無理を言いましたかねぇ。
でも夕食の巨大ハンバーグ見た瞬間、彼は即座に機嫌を直してガツガツと食べ、デザートのアイスとプリンも笑顔で綺麗に平らげていたのできっと大丈夫でしょう。
後日、豪華に額装した肖像画はアレクの手によって梱包され、オープンしたばかりのギャラリーへと運ばれて行きました。
――とりあえず、これで今回の案件は終わったわけですが。
ワタクシには気になることがひとつありました。
肖像画の評判です。
アレクは絵が上手いですし、何よりも美しいワタクシがモデルですから、きっと大好評に違いありません。
その様子を実際に見てみたい。そう思うのはいたって当然のことだったのです。
「……なるほど、ここがギャラリーですか」
ワタクシはジンに教えてもらった、街の小さなギャラリーにこっそり足を運びました。
ギャラリーの中は既に先客が何組か居て、静かに絵を鑑賞しています。
ワタクシの肖像画は、その中で一番目立つ場所に置かれていました。
きっと皆、その絵を見てワタクシの美しさに思いを馳せていることでしょう。
しかし、お客さん達は絵を見て、なぜかクスクスと笑っているではありませんか。
「何がそんなにおかしいんですかねぇ……」
お客さんが出て行った後で絵に近づくと、すぐ下にタイトルと解説文が一緒に飾られていました。
『注文の多い弟の肖像画』
『見栄っ張りな弟に頼まれてお兄ちゃんが描いた似顔絵。でも盛りすぎて正直別人!』
「なっ……! 失敬な!」
――今夜もアレクにアイスとプリンをあげる予定だったのですが、無しでいいですよね。
ワタクシは無言でギャラリーを後にしたのでした。
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