第89話:アレクVS巨大ネズミ

 ワタクシが自分の部屋に戻ると、机の上で小さなネズミが宝石の周囲をチョロチョロしているではありませんか。宝石を片付けずに外に出たのはうかつでした。


「うわっ、ネズミっ! ちょっと、その宝石に触らないでください!」


 思わず手を伸ばすと、ネズミはびっくりしたのか逃げ出そうとして、近くにあった薬瓶を倒してしまいました。

 そのひょうしに瓶の蓋が外れて赤い液体がこぼれ、ネズミの顔をビシャっと濡らします。

 そしてそのままネズミは、ワタクシの足元をすり抜けて廊下の方へ逃走してしまいました。 


 ワタクシも慌てて廊下に出ると、リビングへ向かう茶色い後ろ姿が見えます。


 ――あれ? なんだかさっきよりネズミが大きいような。


 気のせいかと思いながらリビングへ行くと、そこには――

 巨大な獣の背中がありました。

 獣はテーブルの上のビスケットを齧っているらしく、ポリポリという音が聞こえます。


「く、熊? いや、これはもしかして……」


 キュッキューッ、という甲高い鳴き声に細くて長い尻尾。フサフサの毛で覆われた頭には赤い液体が付いていました。

 間違いありません、先ほどのネズミです。

 机の上に置いてあった魔力供給の薬をひっ被った結果、副作用で巨大化してしまったのでしょう。


「ひっ……ぁ……あ……アレクっ! アレク~!!!!」


「どうしたジェル!」


 アレクは自室に居たらしく、ワタクシの声を聞いてすぐに駆けつけて来ました。


「――なんだこの化け物は⁉」


「ネズミです!」


「いくらなんでもでかすぎだろ!」


「ワタクシが作った薬のせいで大きくなっちゃったんですよ……ひゃぁっ!」


 ビスケットを食べ終えたネズミは、急にこっちを向いてワタクシに襲い掛かってきたのです。


「ジェル!」


 とっさにアレクが前に出て、ベストの裏側にいつも仕舞っているナイフを素早く取り出し、刃でネズミの攻撃を受け流しました。


 ネズミはアレクを敵と認識したようで、彼に標的を変えて襲い掛かります。


「ジェル、危ないから逃げろ!」


「でもこのままじゃアレクが……」


「お兄ちゃんは大丈夫だから、早く逃げろ!」


 アレクはナイフで応戦していますが、動きの素早さに苦戦しているようです。なんとかしないと。


 後になって思えば、物理攻撃を完全に弾く障壁しょうへきをワタクシが張ればよかった話なんですが、その時はすっかり気が動転していて思いつきませんでした。

 とにかくネズミをどうにかしないと、ということしか頭に無かったのです。


「何か方法は……そうだ、確か倉庫に――」


 ワタクシは急いで店の倉庫へ行って、クラリネットのような形の笛を持ってリビングへ戻りました。

 これはかつてドイツでネズミが大量発生した時に、笛の音でネズミを操ったとされるハーメルンの笛吹き男が持っていた笛なのです。


「この笛があれば、あの化け物ネズミを操ることができるはず……!」


 リビングに戻ると、アレクが息を弾ませながらもネズミの攻撃を素早くかわしています。


「ジェル⁉ なんで戻ってきたんだ!」


「ふふふ……さぁ、このハーメルンの笛の威力をお目にかけましょう!」


 ――ぱ~ぷ~♪ ぷわぁぁぁ~ん♪


 アレクを援護するつもりで勢いよく笛を吹くと、リビングに間の抜けた情けない音が響きました。

 そういえばワタクシ、楽器は聴く専門で演奏経験がまったくありませんでしたね……


 当然、効果があるはずもなく。ネズミは何事も無かったかのようにアレクに襲い掛かっています。


「あぁぁぁぁぁぁぁ! もうダメです~!」


 ワタクシが叫んだその時、ネズミの動きがビクッと止まったかと思うと、あれよあれよという間にその体が小さくなっていったではありませんか。


「なんだ? 急に小さくなったぞ。どういうことだ?」


「――助かった。どうやら薬の効果が切れたみたいですね。これでもう、ただのネズミですよ」


 ネズミはすばやく壁を登って、ドアの方へ逃げていきました。

 慌ててアレクがその後を追いましたが、窓のすきまから外に逃げ出してしまい見つかりません。


 アレクはしばらく注意深く窓の外を見ていましたが、ふと上の方に目をやって「あっ!」と叫ぶとワタクシを呼び寄せました。


「どうしたんですか? 窓の外に何か……あっ!」


 窓から見える大きな木の上にはカラスの巣があって、そこにはギラギラと光る素材で作られた悪趣味なパンツが垂れ下がっています。


「ちくしょう、俺のおニューのパンツが……!」


「カラスは光りモノが好きって言いますけど、本当なんですねぇ」


 ワタクシ達はこれ以上やっかいな動物が入ってこないように、早急に結界を張りなおすことを決意したのでした。

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