第85話:妖精との約束
「ノッカーさん。こっちのパスティ(肉や野菜を包んだパイのような物)も美味しいぜ。コーンウォールの美味いレストランのを取り寄せたんだ」
アレクはノッカーの隣に座って料理を取り分けながら、親しみをこめて話しかけます。
「なぁなぁ、ノッカーさんは長い間ずっと鉱山にいたんだろ? 昔の鉱山の暮らしってどんな感じだったんだ?」
たくさんのご馳走に囲まれ機嫌が良いのか、ノッカーは笑顔を見せて軽い調子で話し始めました。
「そうだなぁ。ここも昔は人が多くて活気があったんだ。俺も人間に混ざって鉱山で働いてたんだよ。落盤しそうな場所を教えたり、坑道の中で迷子になった鉱夫を助けたり……あとはそうだなぁ。鉱石がまったく採れない運の悪い奴に鉱石を分け与えたりもしたもんだ」
「へぇ、優しいんだな」
アレクが
「だがな、俺のことを利用しようとする悪い奴もいたよ。中には俺を捕まえてお宝を横取りしよう、なんて考える奴までいたんだ。――でも俺は先回りして、そいつに足が不自由になる呪いをかけてやったのさ」
「はは……ノッカーさん意外とおっかないね」
「俺に限らず、妖精ってのはそういうもんだ。だから皆、怒りに触れないように妖精には敬意を払う。あんたの妹はそれをよくわかっているのだろう、とても賢い娘だ」
「……恐れ入ります」
ワタクシは静かに頭を下げました。
正直“利用しようとする悪い奴”と言われた時はドキッとしましたが、どうやらノッカーにそう思われなかったようで安心しました。
「さて、ご馳走の礼をせねばならんな。何か困っていることがあって俺を呼んだんだろう?」
「はい。実は……」
ワタクシがこれまでの経緯を話すと、ノッカーはワタクシ達に坑道の奥へ付いて来るように言いました。
坑道の奥に到達すると、彼は岩盤を手にしていたつるはしでコツコツと叩き始めます。
――なるほど、ノッカー(叩く者)という呼び名の由来はこの音なんですねぇ。
文献で読んだ通りの行動を見て感心していると、彼はある方角を指差してこの先を二十ヤードほど掘り進めれば良い鉱脈がある、と教えてくれました。
「ありがとうございます」
「ありがとう、ノッカーさん!」
「今回は特別だ。……ただし必要な分だけ持っていけ。いいな、約束だぞ?」
ノッカーはそう言い残すと消えてしまいました。
その後、アレクが借金してきたお金で機材や人を雇い、言われたところを掘ってみると、ノッカーの言った通り良質の錫鉱石が大量に採掘できました。
さらにそれだけではなく、錫よりもっと高価な鉱石まで発見されたのです。
「これはありがたい、予想より早く借金が返せそうです!」
「やったなジェル! これで大金持ちだ!」
大喜びするアレクに対し、ワタクシは
「ノッカーは“必要な分だけ持っていけ”と言ったでしょう? だから借金を全部返したら元通りにして閉山しましょうね」
「えー、もったいねぇなぁ」
アレクは残念がりましたが、約束を守る、これは妖精と付き合う上でとても重要なことなのです。
過去の文献を見ても、妖精との約束を破って不幸になった話はいくらでもあるのですから。
こうして大金を稼いだことにより、アンティークの店「蜃気楼」は問題なく存続することとなりました。
ちゃんと約束を守ったのがよかったのか、特に呪いが降りかかることはなかったのですが、後日鉱山に現れたノッカーから「キミはまるで
そこでまた山ほどのご馳走とミルクを用意してもてなし、ワタクシが男性であることを説明してなんとか納得してもらったのです。
「妖精と上手に付き合う、というのは難しいものですねぇ。できればもうこんな金策は勘弁したいものです」
ワタクシは払い終えた税金の書類を見て、苦笑いしたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます